企画 | ナノ



「──神宮寺っ!!無事か!?」
「え?」


ばあんっ

荒々しくリビングの扉が開いたかと思うと、途端に焦りきった男の声が部屋中に響き渡る。この声はマスターコースでも自分の同室となった、聖川真斗のものだ。そちらを見やれば、彼は物凄い剣幕でこちらを凝視していた。息も荒い。一体どうしたというのか。


「おい、なに…」
「神宮寺!」
「っ、な…!?」


急いでこちらへ来たかと思えば、彼はソファーに座る俺をじろじろと見つめて、そのまま俺を抱き締めた。妙に力がこもっている。驚くと共に不覚にも胸がどきどきと高鳴ったが、彼の様子を見ると、今はそれどころじゃないんだろう。


「はあ…はあ……間に合ったか…頼むから、早まるでないぞ…」
「だっ、だから、一体何の話だよ」


なぜだか安堵した様子の聖川にそう聞けば、彼は抱き締める腕の力を弱めて、一端荒い息を整え始めた。「早まるな」?本当に何のなんだ。この、まるで自殺でもしようとしている人を見つけたときのような反応は。

聖川がある程度落ち着いてきたところで、ようやくその腕から解放される。彼はギッとこちらを睨め付けてきたかと思うと、右手にもっていたらしい、ぐしゃぐしゃになった雑誌を俺の目の前に突き出した。近過ぎて何も見えない。少し後ずさると、それには見覚えがあった。


「これ…俺のじゃない。何してくれてんの」
「はっ!す、すまん……ではない!なんだこの記事は!」
「はあ?」


聖川が握りしめていたのは、俺が部屋に置いていたはずの男性用ヘアカタログだった。せっかく髪も伸びてきたし、アレンジでもしようかなと思って最近買ったやつだ。言われて、開かれたページをもう一度よく見る。「カラーリング特集!イケてる男はこれで決まり!」なんて見出しの記事。これがどうかしたのか。


「………?」
「だから…お前は、染髪しようとしていたのではないのか…?」
「はあ!?」


聖川の素っ頓狂な答えに、思わず気の抜けた声が出てしまった。ああ…なるほど。そういうことか。俺がこの記事を開いて部屋に置いていたから、それを見つけた聖川が勝手に勘違いしたらしい。

つまりは、俺が髪を染めるのに猛烈に反対してたってわけだ。それであんなに必死に走ってきて、「早まるな」なんて…。


「ふっ、ふふ、あっはははは!」
「な…!お、俺は本気で心配して…!」
「あっはははは!いやあ…何、聖川。そんなに染めてほしくなかったの?」


先ほどの必死の形相を思い出すと、おかしくて堪らない。つい声に出して笑ってしまう俺を見て、聖川は呆然としていた。

ちゃかすつもりでそう尋ねたのに、聖川は途端に真剣な表情でこちらを見つめる。思わずこちらも笑いが止まった。じっと凝視してくるその視線に、頬の熱が上がってくる。


「当たり前だ。こんなに綺麗な髪を手放した上、傷つけるなど…あり得ない話だ」
「…っ…な、なんだよ、それ…」
「頼むから染めてなどくれるな」


聖川の長い指が俺の髪に触れる。腫れ物にでも触るように。愛おしむような視線が妙に恥ずかしい。思わずうつむく俺に聖川はふっと微笑すると、ぎゅうっと俺の頭を抱き締めた。指が髪に絡められる。俺の好きな、しなやか指先が頭をなぞって、ここぞとばかりに髪を撫でてきた。その感触が気持ちいい。さらに顔を深く埋められて、何度も口づけられる。その度に揺れる髪が、耳をかすめてくすぐったい。


「こんなに美しい髪は、他にないのだからな」


そう言う聖川の声は真剣そのものだった。おかげで余計に熱が上がる。確かに髪を誉められることは稀ではないが、言い過ぎだ。こちらが恥ずかしくなるじゃないか。こんなことを真顔で言ってのけるから、この男は困る。…それに、そんな言葉は聞き捨てならなかった。


「……うそ。あるよ」
「えっ?」


ああもう。やられてばかりだと何となく癪に触る。だから少し仕返しだ。不思議そうに返答する聖川を引き剥がして、その顔と向かい合い、そして、切り揃えられたその毛先にキスをひとつ落とした。


「……!」
「こんなに綺麗な青い髪が、あるだろここに」
「神宮寺…」
「……」
「…ふっ、はははは」


すると聖川は頬を赤らめて一瞬きょとんとしてから、嬉しそうに目を細めて笑い出した。その顔があんまり嬉しそうなので、こちらもつられて笑ってしまう。そうやって二人して笑った後、不意に頬を両手で包まれた。そして、コツンと額同士がぶつけられる。


「好きだ、レン。お前も…」


そのまま唇に、触れるだけのキスをひとつ。続けて前髪をかきわけ、生え際あたりにもうひとつ、唇を落とされた。


「お前の、髪もな」
「…俺もだよ、真斗」


それから俺たちはもう一度抱き合うと、お互いの口からは自然と幸せそうな笑い声が漏れた。そんな、やけに穏やかな昼下がり。窓から入ってきた初夏の風が、二人の髪を揺らしていった。

















「……っつーことがあったんだ…」
「へえ〜!」
「へえ〜!じゃねえよ!もう怒る気にもなれねえ…」
「いーじゃない、後輩同士の関係が良好ってことで」
「良好過ぎるわ!」





──────
マサレンそのいち。ネタ帳に「レンの髪大好きな真斗でマサレン」みたいなことが書いてあったので、引っ張ってきました。最後はれいちゃんと蘭丸氏です。マスターコース時のマサレンだと、どうしても蘭丸さんがかわいそうになって申し訳ないです。

それでは、リクエストしてくださった方、ありがとうございました!





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