「ねえ、トキヤ」
ある日の夜。仕事現場が一緒だった私と音也はそのまま一緒に帰ることにした。最近では喜ばしいことに、個々としてもST☆RISHとしても仕事が増えてきたので音也と二人というのは久々だ。
恋人でありながら、この頃は二人きりで話す機会もめっきり減ってしまった。積もる話もあるので今日は色々と話が弾むだろうと思っていたのが、何故だか音也は先ほどからずっと口を開こうとしなかった。普段はうるさいほどよく喋るのに、一体どうしたのだろうか。そう思案していると、音也がようやく口を開いた。
「何ですか?」
「あのね…あれ」
あれ、と言って音也が指を差したのは、すっかり暗くなった頭上の空。そしてもっと言うと、その空を照らしている月のことだろう。
「月…ですね」
「う、うん。……で、」
「……?」
音也はそのまま特に何も言うことなく、私をじっと見つめる。月明かりくらいしか光源のない道を通っているので気のせいかもしれないが──その頬は若干赤く染まっているように見えた。正直、音也の意図が全くわからない。
「…だから、どうしたんですか?」
「もうっ!なんか無いの?月見て!」
「え?ああ、…満月ですね」
「うんうん!でしょ?…で?」
「?」
「──っ、」
不思議に思いながらもそんな会話をしても、音也は依然として納得できないような表情でこちらを見る。先ほどからずっと黙ったままだったのは、これを言うためなのだろうか?でも一体どういうことなのか。
「? だから何なんですか」
「だから…っ感想とか、ないの?」
「は?」
「もうっ!」
音也はやはり赤い顔をして、困ったような表情でこちらを見る。月を見て、感想?綺麗だとかそういうのでしょうか。だけど、なぜわざわざそんなことを私に言わせるのか。やはり分からない。
「はあ…綺麗ですね」
「! うん!な、何が?」
「はあ!?」
何が、ってそんなの月に決まってるでしょう。自分から言わせておいて何を……ん?月が、綺麗…。「綺麗ですね」?
「あなた…もしかして…」
ああ──やっとわかった。音也が私に何を言わせたいのか。そして音也の顔が妙に赤い理由も。音也が私に言わせたいのは、月の感想なんかじゃなくて…
「音也、」
一旦立ち止まって、ぐいと音也の手を引く。少し驚いた音也に顔を近づけて、その耳を隠す髪を分ける。そして、
「…愛してます」
「…っ…!トキヤ…!」
とびきり甘い声を意識してそう囁けば、音也はびくりと肩を揺らして、驚いたようにこちらを見つめる。その顔が赤くなっているのが、さっきよりもはっきり分かった。なんで分かったの?とでも言いたげに視線を送る音也を見て、思わずため息が漏れる。
「と、トキヤ…」
「何…嫌でしたか?」
「うっ、ううん!違うよ!」
『月が綺麗ですね』。音也は私にこう言わせようとしていた。これがいわゆるI love youを暗示するというのは、有名な話である。まあこのような文学的なことを、この音也が知っているのは少々意外でしたが──要は、私に「愛してる」と言ってほしかったということなのだろう。
そう、最近は音也と二人きりになる時間がなかったから、自然と愛を囁くこともなかった。寂しかったのだろうか、なんて考えると、この恋人が愛おしくてたまらなくなる。
「……ま、マサから聞いてさ、なんか、ロマンチックだなって…」
「ああ、なるほど聖川さんが…。…で?」
「えっ?」
「あなたは何か、言うことはないんですか?」
ほら、早くしないと雲に隠れてしまいますよ。そう促せば音也は夜空に浮かぶ満月を見て、意図を分かったように笑う。それから私を振り返り、似合わない丁寧語を使って言った。
月が、綺麗ですね!
───
2013.6/13〜6/25までの拍手お礼文でした。トキ音ちゃんかわいい!かわいい!
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