早乙女学園。ここに入って約9ヶ月が経ち、俺は晴れて同室の神宮寺レンと恋人の関係になっていた。
神宮寺と付き合うなど、最初は大変な困難を予測していたのだが、いざ恋人になってみると少し違った。奴は相も変わらず周りに女子を連れてはいるが、浮気をしている様子はなく、案外信頼してもよいのだろうかと考え始めていた。
のだが
(…あれは…どういうことだ…)
視線の先、Sクラスの教室内では俺が迎えに来た人物、神宮寺レンと、もう一人──七海春歌という女生徒がいた。彼女は俺と同じクラスの友人だ。と言っても俺自身との交友はあまり無く、友人の友人とでもいった方が妥当だろうか。
そんな彼女が、神宮寺と話している…というのはまだ問題ではないのだが、その様子が少し引っ掛かる。話の内容までは聞こえないが、彼女は楽しそうに笑みを浮かべ、それに対する神宮寺はなんと、顔をひどく赤らめて困ったような表情をしていたのだ。
一体何の話をしているのだろうか。神宮寺が女子と話しているときに──もっと言うと、俺と二人きりのとき以外で──あんな表情をしているのは見たことがない。七海の方だって、それなりに愛想の良い人物だったとは記憶しているが、普段からあのような満面の笑みを頻繁に見せる者ではなかったはずだ。しかも彼女はそこまで社交的でもなかったはずだし、今まで神宮寺と一緒にいるところも見た覚えはない。
俺が知らなかっただけで、あの二人は既に親しい友人関係だったのだろうか?
それとも…
「……っ!」
嫌な想像をしてしまい、俺は思わず急いでその場を離れた。
☆☆☆
「はあ…」
放課後。同室者、もとい恋人がまだ帰らない部屋で一人ため息をつく。今日は疲れた。ベッドに腰掛けるとスプリングまでが疲れたようにギシリと音を立てた。
まったく。思い出しただけで顔が熱くなる。まさか、レディにあんなことを聞かれるなんて…。
───
「神宮寺さんっ」
「ん?君は確か…」
「七海春歌です。あの、今日は神宮寺さんに聞きたいことがあって…」
放課後、教室で帰り支度をしていると、1人のレディがこちらに駆け寄ってきた。名前は七海春歌。ああそうだ、見たことあるなと思ったら、確か聖川たちと一緒にいることがあるレディだね。
「何かな?レディの頼みなら、なんでも答えるよ」
頬を染めて、もじもじとした態度でこちらを伺う様子は、恋愛感情が無くとも単純に可愛らしいと思った。──だからといって、そう言ってしまったのが、間違いだったんだ。
俺の言葉を聞いた途端、レディの顔が文字通り豹変した。一瞬獣の目を見た気がした。
「本当ですか!?じゃあ、じゃああの!」
「っ!? うっ、うん。何だい?」
「神宮寺さんって、聖川さんと付き合ってるんですよね!?」
…………
「ぶっ!げほっ、ごほっ!……えっ?え!?なっ 何を言ってるんだいレディ…っ!」
「うっふふ!隠さなくてもいいんですよ!一十木くんに吐かせ…聞きましたから!」
「吐かせ…!?」
「で、神宮寺さんは受けですか?攻めですか?」
「え…」
「ぱっと見の印象でいくとやっぱり神宮寺さんの方が攻め攻めしいんですけど、私はどっちでもいいと思います!」
「あ、あのレディ…何の話…」
「あっ、すいません私ったら!もっと分かりやすく言いますね!神宮寺さんは突っ込む方ですか?突っ込まれる方ですか?」
「!?っ、なっ、な」
「あれ?もしかしてまだしてませんでしたか?意外!神宮寺さんなら攻めにしろ受けにしろもうしてるかなって思ってたんですけど…もしかして実は純情受けですか!?それとも本命には手が出せない系攻めですか!?」
「わ、わけがわからないよ…!」
「やだ神宮寺さん、赤くなってますよ?うふふ!かわいいですね!でもやめませんよぉ。さあ答えてください!さあ!聖川さんとはどこまでいったんですか?」
「どこまで、って…」
「A?B?それともやっぱりCまで?」
「だ、だからそんな…!」
「さあさあ神宮寺さんは喘ぐ側ですか?喘がせる側ですか?でも今の様子を見てるととても受け受けしいですね!ごちそうさまです!」
「レディっ!もうやめっ…!」
そう。レディから聖川とのことで怒涛の質問責めにあったのだ。なぜこんなに俺たちの恋愛沙汰に興味津々なのかは知らないが、レディはこんな性格だっただろうか。遠目に見てるとおとなしい子に見えたんだけどな。
「さあ、答えてください?」
「いや…いくらレディの頼みでも…さすがに…ね?」
「うふふ!」
「……あぅ…」
なんとか言い逃れようと思ったのだが、レディの笑顔の威圧は凄まじかった。結果的に俺はすべてを告白させられたのだ。これまでに至る経緯から、性事情まで、すべて。
「ありがとうございます神宮寺さん!とっても参考になりました!」
「もうやだ…お婿にいけない…」
──と、まあこういう経緯で俺は今非常に疲労しているのである。精神的に。
────
「神宮寺…?」
放課後。俺が気晴らしに行ったレコーディングルームから帰ってくると、神宮寺は部屋のベッドで眠っていた。今日のことを問いただそうと意気込んできたというのに、気が抜けてしまったではないか。
眠っている神宮寺に近づくと、何やら疲れている様子が伺える。先ほどまで少し気を張っていたのだが、思わず力が抜けて、微笑がもれた。うむ、先ほど教室で見たあれは──きっと勘違いなのだろう。着くずした制服のまま眠る、どこかあどけない姿を見ていたら、そんな気がした。
「まったく…」
また事情は明日にでも聞くことにしよう。俺はオレンジ色の長い前髪をかきわけて、額にひとつ口付けを落とすと、少し身じろぎをした神宮寺をそのままに、夕食の準備に取り掛かった。
────
2013.6/25〜7/19までの拍手お礼文でした。結構気に入ってます。
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