空は快晴。澄み切った青空に照る太陽が眩し過ぎるくらいの良い天気の日。セミの鳴き声が響く中ゆるゆると歩を進めていると、汗が額を伝う頃ようやく目的地にたどり着いた。
ジェットコースターが滑り降りる音と共に聞こえる悲鳴。太陽の光を反射して緩やかに回る観覧車。きゃあきゃあと楽しげな声で満ちた、ここはそう、遊園地だ。受付を済ませて中へ入ると、さすがに世間は夏休みということだけあって、家族連れに友人と見える集団、それにカップルの姿ばかりだった。
「おはようブッキー」
「レンレン!」
入園して少し経つと、待つ間もなくして僕の愛しい人──神宮寺レンがやって来た。彼も自分と同じように帽子を被っていて、さらに髪もサイドでまとめている。それに肩を出した中性的な服装をしており、いつもと違う雰囲気に少しドキッとした。
「なんか…いつもと違うね、レンレン」
「ん?ああ、変装を兼ねてね。少し違う雰囲気にしてみたんだ」
似合う?と、そう言って笑うレンレンの顔は、変装していても分かるくらいやっぱり綺麗だ。しかし今は見惚れている場合じゃない。はっとして気を取り戻し、手にあるこの遊園地の見取り図に目をやった。
「じゃあ、行こうか」
「う、うん!レンレンはどこに行きたい?」
──実は、レンレンのお家の会社が経営するテーマパークがとあるキャンペーンを始めたらしい。あるジュースを買って懸賞に応募すると、抽選でペアチケットが当たるというやつだ。それでレンレンのお兄さんが気を利かせて、チケットを送ってくれたとか。せっかくだから、オフの日があれば行かない?と誘われたのが2週間ほど前のこと。
「じゃあ、ジェットコースター乗りたいな」
「おー、いきなり行くねぇレンレン!」
ようやく2人して休みを取れた今日は、思い切り楽しむつもりだ。そもそも恋人としての逢瀬も何週間かぶりなのである。今日は張り切って良いところをみせて、レンレンを惚れ直させちゃうよ!
心の中でそう意気込んで、僕たちは照りつける日差しの中を歩いていった。
☆☆☆
「結構並ばなきゃいけないけど、平気?」
「うん、大丈夫」
僕たちはまずこのテーマパークで一番人気のジェットコースターにやってきた。さすが一番人気とだけあって、すごい行列である。こうして並んでいる間も、僕たちがアイドルであること、ましてや付き合っていることなどがばれないように気をつけなければいけない。
なるべく普通の会話をして、オーラは消して、努めて一般人になりきる。久しぶりのデートなのに手も繋げないことをもどかしく思い始めたとき、ようやく順番が回ってきた。
こういうのはやっぱり年上の僕が余裕を持っていかないとね。レンレンが怖がってたら手をつないであげたり。他の乗客だって、乗っている間はそこまでこちらを見ていないだろうから、大丈夫だろう。
「それにしても、ジェットコースターなんて久しぶりだな〜」
「え?そうなの?……ブッキー大丈夫?」
「え?」
「このジェットコースターね、無茶苦茶怖いって評判なんだ。兄貴も特に力をいれたって言ってたし」
「えー?でもたかがジェットコースターでしょ?」
「…ちょっと周り見てごらん」
乗り込みながらレンレンにそんなことを言われて、周りの人々を見渡してみると、なんとなく違和感があった。なんていうか…女の子が少ない?それに家族連れもいない。というか子どもがいないのだ。なんとなく屈強なお兄さん方の姿が目立つ気がする。
「これ、身長制限160センチなんだよ…」
「えぇ!?高!?なにそれ!?」
「本当に大丈夫?今からでも降り…」
「はあーい!それでは出発いたしまーす!」
レンレンの言葉を遮って悪意のないお姉さんの声が響く。安全確認のあと、ガタガタと音を立てていよいよコースターが動き出した。そう言われてみればこのシートだって──久々に乗るから気付かなかったが──普通のものよりもやけに重装備のような気がする。え?何?そんなに激しいの?
さーっと血の気が引いて額に冷や汗が流れ始めた。しかしそうしている間にもコースターが段々と上に向かい出す。
「ブッキー…あ、安全だけは保証するから!」
「うん…だだだ、大丈夫だよ…」
ゆっくりと高度があがっていく中、レンレンの言葉に返事をする余裕もなくなってくる。だって、これいつまで上がるの?高過ぎない?ゆるゆると上り詰めてレールのてっぺん近くまで来たとき、恐る恐る向こう側を見ると、背筋が凍った。無い。向こう側が無い。いや、あるけどこんなの…!
「垂直ぅ!?……っぎゃああああああああああああ!!!!」
ああ、大人の余裕なんてものは、心の底からの悲鳴と一緒にどこかへ飛んでいってしまったようだ。
☆☆☆
「あぁー楽しかった!さすが兄貴が力を入れただけはあるなぁ…って、ブッキー…大丈夫?」
「やっ、あっははー…だ、大丈夫だよ!うん!れいちゃん元気!」
あれからどれくらいしただろうか。コースターは最初からほぼ垂直に落下して、ぐるんぐるんと何回転もレールを回った後、逆さまになったり逆走したりで、もはや途中からは悲鳴を上げる余裕すらなかった。あんなのを楽しいだなんて…レンレン…やるね…。
「本当に?じゃあ次はあれ乗ろう!」
「い、いいよぉ〜…ってまたジェットコースター!?」
「うん」
(レンレンの体力舐めてたァー!)
しかしこんなきらきらした目で見つめられては、ノーだなんて言えるはずもない。ああ、ごめんね、僕の三半規管…。
こうして僕らは、言葉通り片っ端から絶叫系を乗り尽くしていった。さすがの僕もこれはきつかったのだが、可愛い恋人に言われては──そして何より格好がつかないので──断ることなどできなかった。
「んー♪楽しかったね」
「あ、はは…レンレンが楽しそうで何よりだよ…」
そして結局僕たちは絶叫系を制覇してしまった。正直もう身も心もボロボロである。しかし逆に言えばこれでもう絶叫マシーンには乗らなくて良いということだ。そうなれば、これからが挽回のとき!僕のターン!
「ね!次あれ入らない?」
「あれ…って、ホラーハウス?」
遊園地、カップルと言えばやっぱりこれ、お化け屋敷でしょ!暗闇で2人きりになるわけだから周りの目を気にしなくていいし。手とか繋いじゃったり、抱きつかれたりなどというイベントが発生しちゃっても構わない場所というわけだ。
「うん…ちょうどいいかな…」
「? 何か言った?」
「ううん何も。じゃあ行こうか」
よーし、ジェットコースターでは散々カッコ悪いところを見せちゃったから、ここらで僕ちんの大人の余裕を見せないとね!
☆☆☆
「ひぎゃああああああああああ!!」
「わっ、お、落ち着いてブッキー!」
何このホラーハウス!雰囲気ありすぎでしょ!
舞台は廃校という設定。あくまで設定だが、大きさも実際のそれと変わらないくらい広くて、中はここだけが夜のように真っ暗。光源は、時々壊れかけた電球のちかちかと揺れている明かりだけだ。
しかも演出もやたら凝っている。扉の向こうの青白い光が、実は首吊り死体(を模したマネキン)だったり。突然床がガタガタと揺れだしたと思ったら、そこから大量のネズミ(型のロボット)に紛れて人が這いずり出てきたり。「ホラー系」と「ビックリ系」を兼ね備えている、隙のないお化け屋敷だ。
もちろん僕は仕掛けの度に飛び上がっている。…しかも、レンレンの腕に抱きついている状態だ。いや、確かに暗闇で密着はしてるんだけども。何か違う…よね。あはは…。
そして、当のレンレンはというと。
「ほら…お化けの正体は、こんなにかわいらしいレディじゃないか。怖がらせてごめんね、子羊ちゃん」
「え…?」
「レンレン…さ、さすがだね…」
大して怖がることもなく、この調子である。さすがとしか言い様がない。…と、そんな様子に関心していると、今度は首筋から背中にひやりとした感覚が。
「っ、うっわああああああああ!!!」
「あ!待ってブッキー!」
まあ、そんなこんなで、結局ホラーハウスでも格好をつけることはできなかったのである。
☆☆☆
「無理しないで、俺飲み物買ってくるよ」
「あ、ありがとう…」
ホラーハウスを出て、外のベンチで一息すると、ようやく落ち着きを取り戻してきた。体がひどく重く感じられて、ベンチに深くもたれかかる。さすがに体力的にもきつかったかもしれない。…情けない、なあ。
「あはは…カッコ悪…」
ジェットコースターでもホラーハウスでも僕ばかり怖がってるし、おまけに気まで使わせて。年上なのはこちらだと言うのに。本当、情けないや。
楽しげな家族やカップルの声が余計に悲しさを増幅させて、目を背けるように空を仰ぐと、ギラギラと光る傾きかけの太陽が眩しくて、思わずまぶたの上に手をかざした。したたる汗と共に涙まで落ちてしまいそうだ。いけない。こんなことで泣いていたら、それこそ本当にカッコ悪いだろう。
背もたれから体を起こしてふるふると頭を振る。もう夕方だけど、大人の時間はむしろこれからだ。パレードだってあるし、まだ行ってないところだって…。
「……あ!」
そうだ。まだ乗っていない定番のアトラクションがあるじゃないか。あれならきっと大丈夫だろう。そう考えたところでちょうどレンレンも戻ってきたので、僕はレンレンの手を取ると、急かすように歩き出した。
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