捧げ物 | ナノ



レンがデビューして一年と少し。つまりマスターコースが終わってから約一年。俺とレンは付き合っていた。どういう経緯でこうなったのかも良く覚えていないが、同室になって再会したレンはいつからか俺の視界をちらつくようになり、気付けば連絡先を交換していて、おごるからと言われ一緒に食事へ行く仲になり、よく分からないうちにときめきを覚えるようになっていた。いつしか彼を肉欲の目で見ていると気付いたとき、自分はひどいショックを受けた。本当にいつの間に好きになっていたか分からないのだ。

そうして自分の気持ちは自覚したものの、レンが俺をどう思っているかは全く分からなくて、結局告白は酒の席で酔ったレンに先を越されてしまった。そうだ。こんな経緯で俺たちは付き合うことになったのだった。しかし俺にしてみれば本当に、気付いたら付き合ってたという感覚だ。

ところが恋人という関係にはなったものの、マスターコースが終わってから会う機会は格段に減ってしまった。これもレンが順調に仕事を増やし、俺は俺で好調なおかげだろう。おかげと言うのは少しおかしいかもしれないが、仕事があるのは有り難いことだ。とどのつまり、最近忙しくてなかなか会えていないのだ。その上恋人らしいことを何もしていない。しかしレンは、それでも不満を見せたりしなかった。メールでも電話でもいつも通りで、何というか、お前は本当に俺のことが好きなのかと女々しい質問を投げたくなるときがある。


「………」


こうしてあまり会う機会が無くなってから気付いたが、俺は自分の想像以上にレンのことが好きらしい。だから少し、温度差を感じるのだ。俺がレンを好きなほど、レンは俺のことを好きじゃない気がして。…こんなことを考えるのが非常に女々しくて、実にロックじゃないことは分かっている。


しかし俺は今日、久々に会うレンに対して、ある決意をすることにした。これが受け入れられなければそれでおしまいだ。俺はパーカーのポケットの中でぐっと右手を握り締めた。
















ピーンポーン


部屋に来客を知らせるチャイムが鳴った。時刻は15時。メールで来た時間と全く同じ。扉を開けると、やはりそこには相変わらず綺麗なオレンジ色の髪をした男が立っていた。


「やあランちゃん、久しぶりだね」


そう言って浮かべたレンの笑顔は、いつだかの女性向け雑誌に載っていたそれを彷彿とさせる綺麗なものだ。なんとかというコートを羽織っていて、格好もファッションモデルさながらである。帽子は変装も兼ねているのだろうが、服装と合わせていて何ら違和感の無いものだった。


「ん、上がれ」
「お邪魔します」


──レンは、あまり感情を表に出さない。いや、こう言うと語弊があるか。なんというか、淡白なところがあるのだ。もちろん普段から愛想は良い。だけどそれは誰にでも同じことで、さらには恋人という特別な関係になった俺に対してもそうだった。

「好きだよ」とは頻繁に言われるものの、こいつの赤面した顔など久しく見ていない(それこそ告白されたときくらいだ)し、嫉妬されるようなこともない。仕事の予定でドタキャンしても、メールひとつで許される。別に縛られたいわけではないが、あまりにも手がかからなさ過ぎて──俺は本命ではないのではないか、とかいう悪い想像さえしてしまうのだ。

そんなレンは、久しぶりに会った今日も様子は変わらない。相変わらず愛想の良い笑みを浮かべ、部屋へ上がると「そういえば、良いコーヒー豆もらったんだよね」なんて言ってキッチンへ消えていった。


「………ちっ」


こちらは、全然余裕など無いというのに。


なんなんだ。あいつ見ない間に洒落た格好するようになりやがって。いや前からそうだったかもしれないが。そういえば、最近ではファッションモデルの仕事も増えていたから、その影響かもしれない。

それに、一段と綺麗になっていた。久しぶりに会って余計にそう感じるせいかもしれないが、さらさらとなびく髪に、不意にふわりと香る香水の匂いに、心臓がもちそうにない。


「くっそ…」


久々に会っただけでこうなってしまう自分が情けない。いつからこんなにレンを好きになっていたんだ。…とにかく、この情けない顔をなんとかするため、ひとまずCDプレイヤーへと手を伸ばした。








***



「お待たせ、ランちゃん」


しばらくソファーに座って気持ちを落ち着かせていると、コーヒーのいい薫りと共にレンが戻ってきた。


「ん、悪いな」
「いーえ。はい、どうぞ」


レンから受け取ったコーヒーカップを見ると、ああ、確かに良い豆のようだ。薫りもインスタントとは比べものにならない。


「この豆、マネージャーさんに貰ったんだよね」
「ふーん」
「そうそう、そのお土産話がすごいんだよ」


それからレンは楽しげに近況を話し始めた。仕事でジャングルの奥地に行っただとか、どのプロデューサーと仲良くなっただとか、グループでの仕事は大変な所もあるけど楽しいだとか、モデルの仕事が増えて服を安く買えるようになっただとか。仕事の話も他愛ない話も、ペラペラとよく喋る。多分俺があまり自分の話をしたがらないのを知ってのことだろう。こいつもトークのスキルはなかなかだからな。

しかし今日はそんなレンの話を聞きながらも、今朝決意したことをいつ話そうかとずっと考えていた。


「それで、結局お開きになったんだけど…。……」
「……ん?あ、ああどうした?」
「あっ、いや、それで共演者の人が…」


そうしてコーヒーカップを片手にレンの話を聞いていたのだが、時々、不意にその言葉が途切れることがあった。といってもすぐに話は再開されるのだが、時間が経つにつれ、詰まる頻度が高くなってきている気がする。いつものレンでは無かったことだ。


「…っ…」
「おい、レン…?どうした」


また不意に言葉が切れて、レンは空になったコーヒーカップを置いて、顔を少し俯かせた。様子がおかしい。


「……その…ランちゃん」


レンは、カップを置いて掴む物が無くなったその手を胸の前でさ迷わせながら、静かに俺の名前を呼んだ。その声色は、いつもの自信に満ちたものとは違っている。


「何だ?」
「…っ…あのね……えっと…」
「おい、どうしたんだよ。どっか悪いのか?」


さらに顔を俯かせたせいで表情は分からないが、声は擦れ気味に少し震えている。具合でも悪いのかと声をかけると、レンは静かに頭を横に振って、俺の手を取った。

そしてその手を、レン自身の胸に押し当てる。その行動を不思議に思うよりも早く、レンの胸の奥から伝わってきた鼓動は──少し緊張気味で早くなっている俺のものよりも、ずっと──うるさく高鳴っていた。


「……レン…?」
「…………」


レンが胸をこんなに高鳴らせている。ドキドキしている。さっきまであんなに普通の態度を取っていたのに。なぜだ。驚くとともに不思議に思って、先ほどから俯いているレンの顔を覗き込む。すると、


「…っ!?レン…!?」
「っ…!ちが…っ、ごめ、」


レンは涙を流していた。顔を真っ赤にして、次から次へと涙をこぼす。さすがに焦り、本当にどこか痛むのかと慌てたが、レンは震える声で「違うんだ」と言って俺を制止し、話を始めた。


「これは、嬉しくて…」
「……は?」
「ランちゃんに…ホントに久しぶりに二人で会えたから、嬉しくって…。ずっと、いつも通りに振る舞ってたけど、やっぱり我慢…できなかった…」
「…っ…!お前…!」


頬を染めながらぽつりぽつりと話すその姿は、いつもの様子からは想像できないほどかわいらしいものだった。思わず、お前は本当に神宮寺レンかと問いたくなる。だけど、未だに握られたままのてのひらから伝わる温度は、確かに愛おしい恋人のそれだ。


「……実を、言うとね」
「ん?」
「本当は…ちょっと、無理してたんだ」
「……」
「…ランちゃんと付き合うことになって、すっごく嬉しくて。でも、ランちゃんは大人だから…俺も、釣り合うようにって…。本当は甘えたかったんだけど、どうしたらいいか、わかんないし…」


その言葉を聞いて、俺は──心底安心した。これがこいつの本音だったのか。

なんだ。レンは、こんなにも俺のことが、好きなんじゃないか。


「ごめん、こんな…!」
「…もういい」
「!」


辛そうに眉を下げるレンを腕の中に閉じ込める。どくどくと伝わる鼓動がどちらのものかも分からなくなって、それを感じたのか、戸惑っていたレンも恐る恐る俺の背中へ腕を回した。


こいつは、淡白なわけでも、ましてや俺のことが好きじゃないわけでもなかった。ただ、無理して大人ぶっていただけ。無理して俺に合わせたりなんかして、そして、甘え方を知らなかっただけだ。


「ラン…ちゃん…」
「……ん、」


座ったままの状態で抱きしめて、右手でレンの首の後ろを撫でる。びくりと体を震わせたレンもそのままに、右手を後頭部へやって、そのまま唇を合わせた。驚いたのか、ひときわ体が跳ねたレンの腰を左手で押さえつける。


「んっ…!はあ…あ、…!」


激しくしたい衝動を必死で飲み込んで、できるだけ甘い口付けをすると、レンの口からは切なげな吐息混じりの声が漏れた。その吐息も飲み込んで、何度も何度も唇で好きだと伝える。


「ランちゃん…っ、はあっ、らんちゃん、すきっ…!」
「…!んっ、…レ、ン…」


レンは段々と身を乗り出して、こちらのキスに応えようとする。劣情を煽るその声に、熱っぽいその吐息に、いやらしく濡れたその唇に、思わず本能のまま押し倒してしまいそうになるが、涙目のレンを見てぐっと衝動をこらえた。


「はあっ…はあ…、ランちゃん…」
「…レン…いいか、よく聞け。」


無理も我慢もしなくていい。俺に合わせなくてもいい。年相応でいい。むしろ俺のが年上なんだから色々と頼れ。それと、甘え方がわかんねえってんなら言え。たっぷり甘やかしてやる。


俺が一息にそう言うと、レンは一瞬惚けたような表情をしたが、また涙を溜めて、嬉しそうに顔を綻ばせた。そして俺の胸にその顔を埋めて、再び抱きつく。

ああ、レンがこんなに嬉しそうに屈託なく笑うのを見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。


「…わかったか」
「うん…ありがとう、ランちゃん…!」


こんなことでこんなに喜ぶなら、今日決意したことを話したら、レンは一体どんな反応をするだろうか。──そう考えながら俺は、パーカーのポケットに入れたこの家の合鍵を、優しく握りしめた。









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5000hit時、満月さまよりキリリクいただきました蘭レンです。リクエストありがとうございました!遅くなりましてすみません…しかも…リクエスト内容に沿えてない感が否めません…!すいません!お気に召さなければ返品してください(´;ω;`)

ちなみにタイトルは散々迷走した結果こんなものになってしまいました。





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