捧げ物 | ナノ



「ミューちゃん、だーい好きっ!」


寿の奴がふざけたことを言い始めたのは、今から約半年前のことだった。


「…………」
「うわっ!やだやだ!そんな怖い目で見ないでミューちゃん!」
「……貴様、何のつもりだ」


それはつまり、俺たち4人がQUARTET NIGHTを組んでから一年ほどが過ぎようとしていたときのことだ。グループでの仕事のあと、たまたま楽屋で二人きりになった寿が突然俺に愛の告白をしてきた。


「どういうって、そのままの意味だよ?ミューちゃん大好き、愛してる」
「ふざけるな」
「ひっど〜い!ふざけてなんかないよ!」


寿はそうは言うものの、口調はふざけている様子そのものだ。大体、俺のことが好き、だと?これがふざけている以外のなんだと言うのだ。

俺のデータによるとこいつは同性愛者ではない。その上、雑誌などのインタビューで聞かれると決まって答える「好みのタイプ」は、俺には全く当てはまらない。知り合ってからもそんな素振りは微塵にも感じたことはないし、信じろと言う方が無茶だ。


「ふんっ…馬鹿馬鹿しい」
「あーんもうミューちゃんったら〜」


その時はただのつまらない悪ふざけだろうと思って軽く受け流していた。──しかし、どうだろうか。これが半年間ずっと続いても、冗談だとは言えるのだろうか。


「ミューちゃんっ!今日も大好きだよ!」
「そうか」


寿は今日も飽きずに好きだと言ってきた。最初のあの日から今日まで、ずっとだ。1日も欠かしたことはない。会わない日はメールで来る。

1日目は悪ふざけだと思った。2日目はしつこいと思った。3日目は何かの罰ゲームかと疑った。1週間経って、こいつはもしかしたら元の寿と同一人物では無いのかと思った(しかしそんな事実はなかった)。さらに1週間経ち、通院をすすめてみた。1ヶ月後には恋愛心理学について学び始めた。

そして今日で半年目。正直もう、慣れてしまった。

俺が寿の言葉に何かを返さずとも、こいつはしつこく言ってくるわけではない。それに、一応人目があるところでは言わないことにしているらしい。つまり、実害がないのだ。放っておく方が楽なのである。


「それじゃあ、カルナイ新曲の会議!はっじめっるよ〜!」
「うるせぇ」
「レイジうるさい」
「えぇー!?二人とも酷くない!?」


今日も寿は、会議室に黒崎と美風が入ってくる前に、俺に好きだと言った。決して人前では言わない。それが「好き」の意味を決定づけているように思えるが、やはり冗談のようにしか聞こえなかった。だから俺は今日も、特に気に留めはしない。


「ちょっとミューちゃん!何とか言ってやってよ!」
「…そうだな。今まではポップス、ロック調が多かったから、今回は少しクラシカルにしてもいいのではないか」
「僕スルーなの!?いや良いけど!会議進むからいいけど!」


たとえこいつの言葉が本気だったとしても、しつこ過ぎる冗談だったとしても、俺に被害がなければどうでも良い。俺の日本での芸能活動、及び調査に影響がなければ。──このときは、そう思っていた。



しかし



「…………」
「ふんふ〜ふんふ〜ふーふー♪」


これはどういうことだ。

明くる日。今日も仕事で寿と一緒になった。それも今日はバラエティー番組のゲストとして、二人での出演だ。故に楽屋でも二人きりである。…にもかかわらず、


「…………」
「ふんふ〜♪ふっふ〜♪」


今日は寿が、何も言ってこない。

いつもなら二人きりのときに顔を合わせると、真っ先に「好き」だの「愛してる」だのと言ってくる。なのに今日は俺が楽屋に入っても、あいさつをしただけだった。楽屋には俺と寿の二人だけで、まだ出演まで充分な時間もあり、廊下にひとけも無いのにだ。まさかいつぞやの時のように楽屋にどっきりカメラでも仕掛けているのではないかと疑ったが、そんな様子もなかった。誰かが隠れている気配もしない。


(そんな…なぜだ…?)


帰り際にでも言うつもり、だろうか?しかし今までなら会って一番に言ってきたのだ。会わない日も朝一でメールが来た。なぜ今日に限って…


(──っ、こんなことを考えて、どうする!)


そうだ。別に寿が俺に告白まがいのことをしなくなったって、何も問題は無いではないか。むしろせいせいするだろう。……しかし、なぜだろうか。自分を無視されているような、ある種の苛立ちを覚える。俺がこんなことを考えている間も、当の本人はソファーに寝そべってずっと鼻歌まじりに台本を読んでいて、このことさえも何故だか妙に腹立たしかった。


(……そんなにその台本が面白いか)


俺は既に覚えてしまった番組の台本を、寿は何度もパラパラとめくる。…しかも、先ほどから鼻歌で歌っている曲は確か、以前に一十木とかいう後輩と二人で歌っていた曲ではないか。


(なんだ…胸がモヤモヤとする…)


いや落ち着け。半年前から続いていたことだから、いつの間にか習慣のようになっていたのかもしれない。きっとそうだ。いつもあったことが今日ないから、少し動揺しているだけ。1週間もあればまた慣れる。


そう思っていたのだが


(……今日で7日目か)


あれから結局帰りにも何も言われず別れ、1週間が経った。メールも電話も一切なし。事務所ですれ違ったときも仕事で会ったときも、あいさつだけで寿は何も言わない。


「……っ…」


別に、構わないだろう。寿に好きだと言われなくなったからといって、何が問題か。寿が悪ふざけに飽きたって、何が…。


「ミューちゃん?」
「! なっ…なっなんだ!」


俺としたことがいつの間にか思案に陥ってしまっていたようで、背後から近づく人物に気がつかなかった。寿嶺二。今俺を悩ませている張本人である。


「大丈夫?なんか、ひどい表情してるよ」
「なっ、なんだ。ひどい表情とは…」
「…泣きそうな顔してる」


結構な身長差から、自然俺を見上げることになる寿にそう指摘され、心臓が跳ねた。泣きそうだって?そんなわけがあるか。何故俺が寿のことを考えて泣きそうにならなければならない。しかし、そう言われると本当に涙が出てきてしまいそうになって、必死に堪えてまた表情が歪んでしまう。

そんな俺を見て寿まで怪訝な表情をし──何も言わず、俺の手を取った。


「あっ…」


その瞬間、よく分からないけれど、胸の鼓動がひときわ大きく速くなった。どきどき、どきどきと心臓が早鐘を打つ。ぎゅっと握られたそのてのひらから甘い熱が広がるように、全身がほの熱くなっていく。


(なんだこれは…っ)


必死に堪えても涙が出そうになる。胸が苦しい。切ない。なのに、寿の手に触れている事実を悪く思っていない自分がいる。こんな感覚はしらない。知らないけれど…嫌でも分かる。


ああ、そうか。好きだったのは──寿を好きだったのは、俺の方だったのか。


「大丈夫?…顔、真っ赤だよ」
「…っ…放っておけ…」
「……ねえ、やっと気がついた?」


寿から放たれたそのセリフに弾かれたように目を合わせると、奴はにこりと笑みを浮かべた。しかしその笑顔はいつもの愛想の良いものとは少し違って、何か含みをもっているように見える。気のせいか、背筋が一瞬冷たくなったような気がした。

まさか、いや、そうか。もしや全て、


「貴様…っ!」
「あははっ!でも、好きなんでしょ?僕のこと」
「──っ」
「僕もだよ、」


大好き、ミューちゃん。


1週間ぶりのその言葉を聞いて、非常に不覚ながらも、とても喜んでいる自分がいた。それはもう──今まで毎日告白してきて、さらに突然それをしなくなったことが、全て俺を意識させるためだということを許せるくらいには。


「振り回しちゃってごめんね?でもミューちゃんを意識させるには、ちょっと強引なくらいじゃないと無理かなって」


見事にはめられた。普段は何も考えていないような素振りをするくせに、この男は本当にずるい。しかし、頬を染めて心底嬉しそうに笑うこの顔を見ていると、もうどうでもよくなった。


「ね、許して?」
「……条件が1つある」
「何々?僕ミューちゃんのためならなんだってしちゃうよ〜!」


これからは毎日、好きだと言い続けろ。

気のせいかいつもよりテンションの高い寿にそう告げれば、奴は一瞬ぱちくりと目を見開き、そしてこれでもかと言うほど顔を綻ばせて俺に抱きついてきた。


「もう!!ミューちゃんったらかわいいんだから!!」
「うっ、うるさい!調子に乗るな!」


悪くないと思えるスキンシップも、いちいち速くなる心音も初めての感覚で。仕方がないから、今までのこいつの洗脳まがいのアプローチには目を瞑ってやろうと思った。




洗脳?いいえ、誘惑です。






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「Side Center」との相互記念に、央さまへ捧げます。嶺カミュとのことで「ニュータイプだ!」と大変張り切って書いたのですが、分かりづらい上にまとまりの無い文章になってしまったような気がしないでもないです。これが今の全力全壊全開です…。

相互リンクありがとうございました!(^^)こんな者ですがこれからよろしくお願いします!





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