「四ノ宮さん」
「四ノ宮さん、ちょっといいですか」
「すいません四ノ宮さん」
「四ノ宮さん、」
最近、トキヤくんがいっぱい僕のことを呼んでくれる。それにはもちろん理由があって、今度の文化祭のことでの話があるからというのが大半だ。
文化祭、僕たちは6人でステージをすることになったのだ。それでトキヤくんとは相談や報告をするために、お話する機会が多くなった。
「四ノ宮さん、」
だけど…このあいだ一度、トキヤくんがそれ以外でも話し掛けてくれたことがあった。それは廊下でたまたますれ違ったときのこと。
「トキヤくん。なんですかぁ?」
「あ、いえ…」
トキヤくんに呼び止められて、何の用だろうかと立ち止まると、彼はハッとしたように言葉を詰まらせた。どうしたんだろうと言葉を待っていると、彼はやわらかく微笑んでこう言った。
何だか楽しそうにしているなと思って──つい声を掛けてしまいました。
──そのトキヤくんの笑顔はとても素敵で、思わず見惚れてしまった。胸の鼓動が早くなる。まるで時が止まったみたいに、映画のワンシーンみたいに、トキヤくん以外が見えなくなった。
「引き止めてしまってすいません、ではまた」
「はっ、はいそうですね」
はっとして我に返ると、彼は廊下の反対側を歩いて行った。その背中を、少しだけ振り向いてちらりと盗み見る。──何なんでしょう?この気持ち。
「おーい那月?どうしたんだよ?」
寮へ帰っても、今日のことが頭から離れなくて。課題に取りかかろうとしても全然集中できなかった。
何だろう…トキヤくんに名前を呼ばれるのはとっても嬉しいのだけれど、何か足りないような。そんなことばかり考えてしまう。
「おい那月!な・つ・き!?」
「えっ、あ はい。何ですかぁ?」
「お前な…どんだけ俺が名前呼んだと思ってんだよ!」
「え、そうだったの?ごめんね翔ちゃん」
名前…その言葉がなんとなく自分の中で繰り返される。そして気付いた。
「あっ…そうか」
「ん?」
「ありがとう翔ちゃん!」
「はあ!?」
そっか。そうなんだ。やっと気が付いた──。明日、トキヤくんに会ったら言ってみよう。でも…どんな反応をされるだろう。少し楽しみだけど、不安だ。
(僕って欲張りなのかもしれない)
「四ノ宮さん」
そして次の日、やっぱりトキヤくんに名前を呼ばれて、とくんと胸がはねる。
(どうしよう、何だか…緊張しちゃいます)
そう、今日は昨夜決めたことを言わなければならない。ちゃんと上手く言えるだろうか。緊張でどきどきと胸が高鳴る。
「ここの演出なんですが、やはりここは………って四ノ宮さん?」
「あっ、はっはい!ええと…」
「…大丈夫ですか?」
「!」
ぴとりと、トキヤくんの右手が僕の前髪をかきわけて、おでこに触れた。そのてのひらが、僕を見上げる視線が、あつくてたまらない。とくんとくんと鳴る音が、また激しくなる。
「四ノ宮さん…?」
どうしよう。どきどきと胸の鼓動が高まって、顔が熱くなって、気持ちがせりあがってくる。
「あっ、あの…!トキヤくん」
「はい、何でしょうか」
「あの…」
言えない。恥ずかしい。でも、やっぱり、言って欲しくて。
「…な、名前…」
「……はい?」
「名前で……、那月って、呼んでくれませんか?」
ああ、言ってしまった。
そう、トキヤくんに名前を呼んでもらえるのは、とっても嬉しいのだけれど──彼は今まで自分のことを、ずっと名字で呼んでいたのだ。
翔、レン、音也…って、前から特に仲が良い人たちは下の名前で呼ばれているのに、四ノ宮さんと呼ばれることが少しだけ寂しかった。
彼が自分のことを名前で──那月と呼んでくれたらどんなに素敵だろうと、ずっと無意識に思っていたようで。そのことに昨日気が付いたのだ。
「ダメ…でしょうか」
目の前の彼はぽかんとしている。それもそうかも知れない。こんなに大げさに伝えることではないだろう。だけど自分にとってはとても大切なことだ。
「……ふふっ」
「と、トキヤくん?」
「あはははっ、あなた…本当に、かわいい人ですね」
少しだけ頬を赤くして、呆れたように笑うトキヤくん。その笑顔は普段見るようなものとは全然違って、だけどやっぱりとても素敵だ。
「…那月、さん」
「!」
その名前を呼ばれた途端、込み上げてきたのは純粋な喜び。その響きは思っていたよりもずっと甘く素敵で、どうしよう、嬉しくてたまらない。そしてトキヤくんまで嬉しそうに笑うから、何だか涙が出そうになって、動けなくなってしまう。
「那月さん」
「……っ」
「那月さん、」
「は…っ…はい!」
彼がその声で紡ぐだけで、10年以上付き合ってきた自分の名前がとても素敵な響きになる。これからもずっと、彼に名前を呼んでもらえたら。そう願ってしまうほどに。
──彼の声はまるで、魔法のようだ。
君の声が紡ぐ魔法
────
トキ那!トキ那大好きです!もう公式がかわいすぎて…!これがマイナーだなんて私は…認めません…
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