うたプリ | ナノ



「あ、切れちゃった」


ある日のことだった。秋もそろそろ終わり、気温的にはもう冬と言ってもいい日。その日は天気がすこぶる悪くて、大雨に雷まで鳴りだす始末。これではオフの日と言えど、どこかに遊びに行けるはずもなく。部屋で大人しくしているしかなかった。

しばらくして、イヤホン越しに気付いた着信音。確認すると「ランちゃん」の文字。ランちゃんは今仕事中のはずだけど、何かあったのかなと通話に切り替えようとした途端、着信音がピーピーという音に変わった。画面には「充電してください」の文字。ああ、しまったな。


「充電器どこにやったっけ…」


引き出しにはない。カバンの中にも、ベッドの上にもない。そうこうしている間に液晶画面は真っ暗になって、音も完全に途絶えた。あーあ。ランちゃん怒るかな。


「無いな…仕方ない」


聖川に借りるか…。あいつに頼るなんて少々尺に触るが、まあ、俺とあいつの関係も最近では少しずつ柔和になってきたものだ。それこそ、早乙女学園で再会した直後よりはずっと。充電器を借りるくらい大したことはない。ちなみにあいつと俺は同じケータイ会社だったりする。


「聖川ー」


リビングに居るはずの聖川に声をかけると、ちょうど彼も携帯電話を触っていたところだった。しかも今まさに充電器を片手に持っている。何てタイミングが悪いんだ。


「何だ、神宮寺」
「…ケータイの充電器、貸してくれない?」
「ふむ、なんともタイムリーな頼みだな。しかし出来ない相談だ」


俺も今切れたところなんだと、聖川が真っ暗な画面のケータイを見せる。


「悪いんだけど、ランちゃんから着信があったんだ。通話中だけでいいから貸してくれ」
「む、黒崎さんから?実は俺も今しがた着信が…」


その時だった。ピカッと暗い夜空に光が差したと思うと、ゴロゴロゴロッという大きな音が外から響いてきて、ふっと部屋の明かりが全て消えた。突然の出来事に驚いたものの、ああ雷かと脳内では冷静に判断を下す。


「……停電、か」
「そう見たいだね」
「…充電、できないな」
「ああ。ランちゃん怒るかもね」


でも仕方ない。そんな妙に淡々と会話をした後、どうしようかという話になり、とりあえず聖川が普段から用意していたろうそくで暗闇を過ごすことになった。何かあっては危険だから、リビングで二人一緒に。

…柄にもなく緊張してしまうのは、仕方ないと思っていいかな。


「うむ。これでいい」
「…意外と、明るいもんだね」
「そうだな」


リビングのテーブルで向かい合って、間にろうそくを立てる。こうして何をするでもなく対面しているなんて、少しシュールな光景かもしれないなんて思った。ろうそくの光は案外明るくて、向かいに座る聖川の顔をはっきりと見取ることができた。

ああ、どうしよう。こんな暗闇で二人きり、なんて。しかもきっと俺の顔もはっきり見られているのだろう。なんとなく、気恥ずかしい。そもそも最近では二人きりになる機会自体あまり多くなくて、何を話したらいいかすら分からない。


──俺と聖川の関係は、とても曖昧なものだ。

俺は聖川のことが好きだ。そしてきっと聖川も俺のことが好き。言及されたわけではないが、なんとなくそうなんだろうと感じられる。そしてそれは聖川も同じなんだろう。

聖川が料理をしているとき、それが見える位置で雑誌を読んでみたり。逆に俺がテレビを見ているときに、聖川はさりげなく隣に座って台本をチェックしたりする。──これが、再会したときよりずっと柔和になった、俺たちの関係。

決して恋人ではない。けれどお互いの気持ちには気が付いてる。淡い桃色のこの関係が、いつからかずっと続いていた。


「…ランちゃん、大丈夫かな」
「さあな。しかしこの天気だ。もしかしたら、今夜は帰れないという電話だったのかもしれん」


未だに鳴り止まない雷と雨の音を遠くに聞きながら、努めていつも通りの会話をしてみるけれど、ゆらゆらと揺れるオレンジ色の炎越しに聖川を見ていると、なんだか全てを吐露してしまいたい気持ちに駆られた。

別に話したっていいのだけれど、今まで暗黙の了解のようにお互いその話題は避けていたから。もう少しだけとこの関係を引きずっている内に、全て告白して素直なるには今更のような感じがしてきていた。


「…雨、止まないね」
「ああ…」


心臓がばくばくとうるさく鳴り始めた。風もないのに小さな炎は揺らめいて、溶けたろうがゆっくりと皿に垂れていく。

聖川の方を見ると、彼は頬杖を付いて少し俯いていた。伏せがちな目から頬にかけて、まつ毛の影が伸びている。やっぱり好きだ。日に日に好きが膨れ上がっていくから、キスもできないこの関係がいい加減いじらしい。だけど素直になれないから。だから、俺は少し卑怯な行動に出ることにするよ。


「…聖川」
「何だ」
「寒い」
「ああ…暖房も落ちているからな」
「そっち行っていい?」


そう言うと聖川は分かりやすく動揺して、ばっと顔を上げた。しばらく無言でこちらを見つめた後、はあ、とため息をつきながらも了承する。

隣の椅子に座って肩を寄せると、何となくとても温かい感じがした。触れ合った肩から聖川の緊張が伝わってくるよう。なんて、俺も大概緊張しているんだけどね。

だけど温かいろうそくの炎をぼうっと見つめていると、恋人じゃないんだとかそんなことは、どうでもよくなって。そっと聖川の肩に頭を乗せると、彼もこちらに頭も傾けて寄り添った。


「あったかいね」
「…そう、だな」


明日からはきっとまた、曖昧な関係が続くのだろう。だけどいつかきっと素直になってみせるから。だから、ねえ、今だけは、このろうそくに火が揺らめいている間だけは、恋人でいさせて。

そう願いを込めて俺たちは、どちらからともなく、そっと唇を合わせた。











───
そしてびしょ濡れで帰ってくるランちゃん。大慌てで我に返る二人。後で思い出して顔真っ赤にする。そんな雰囲気重視のマサレンでした。一緒にオレンジ色の火を灯そうとしたらこんな文が出来上がりました。





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