うたプリ | ナノ



夕陽の差し込む教室。すっかりオレンジ色に染まったそこには、私と彼以外には誰もいない。不意に舞い込んだ風がカーテンを揺らす。さっきまでしていた談笑の声は消えて、ただ、己の心臓の音だけがずっと大きく鳴り響いていた。

窓際に立つ私を、彼が追い詰める。私の背後の窓に手をついて言った。


「…ずっと好きだった」


その声に、その真剣な表情に、思わずくらりと思考が揺れた。「私も」と、衝動的にそう言ってしまいそうになるのを必死にこらえる。

駄目。ああ早く、早く言わないと。言うべきセリフを探すけれど見つからない。ただ胸がドキドキして、どうしたらいいか──












「はいカットぉ!」


現場に何度目かの声が響き渡ったその瞬間、はっと呪いを解かれたように思考を取り戻した。そして我に返る。そうだ今は──ドラマの撮影の、途中ではないか。


「ちょっと一ノ瀬くん…これで8回目だけど…どうしたの?大丈夫?」
「すっすいません…!」


そう。これは私と聖川さんたちが主演を演じるドラマの撮影だ。教室もセット。先ほどの告白も演技。分かっている。分かっているはずなのに…


「ん〜…一ノ瀬くんも疲れてるのかねぇ。セリフ飛ぶなんてらしくない」
「本当にすいません!次は…」
「あー、今日はもう撮影は無理かな。お開きにしようか」


そう言われて、罪悪感と自己嫌悪に苛まれる。そして心中で己を叱咤した。この監督はずっとお世話になっている人だからまだ良かったが、これが初めての人だったりしたら、最悪降ろされていたかもしれない。

本当にしっかりしなければ。動揺してはいけない。いくら私が聖川さんと──私の、片思いの相手と──ラブシーンを演じることになったからといって。


そう。私は聖川さんのことが好きなのだ。このことを自覚したのはつい最近で、今でもまだ混乱している。ST☆RISHとしてデビューしてから今まで、タイプが似ていることもあってか、聖川さんとの仕事が増えていた。その中で彼をよく知って、いつの間にか惹かれていたのだ。

そんな中出演が決まったのが、このドラマだ。基本的に男女数名の高校生による青春恋愛ものなのだが、それを巡る人間関係の中で、ある男子生徒が幼なじみの男子に恋心を抱いている、というものがあるのだ。そして今日の撮影シーンは、聖川さん演じる男子生徒が、私の役である幼なじみに迫るというもの。

『ずっと好きだった』『…え?』『お前のことが好きなんだ』『そんな…え…?』『愛してる』『ははっ…冗談…だよな…?』

こんな熱烈なセリフで聖川さんに迫られて、落ちない輩がいるだろうか。少なくとも私は無理だ。『冗談だよな』なんて言えるはずがない。


「はあ…」
「いっ、一ノ瀬」
「っ!」


ため息をついて私が楽屋へ向かっていると、背後から声を掛けられた。振り向くとそこに居たのは、今まさに心中で考えていたその人。


「聖川、さんっ!どっ、どうしたんですか?」
「いや…あの…一ノ瀬こそどうしたんだ?」
「わっ私は別に何も…」


ああ、聖川さんに声を掛けてもらえるのはとても嬉しいのだが、正直気まずい。あんなシーンを演じることになった上、こちらの度重なるミスで撮影を中止させてしまったのだ。

私がどう対応するべきか言い淀んでいると、聖川さんも気まずそうに俯いて視線を下げた。その表情はなぜだか申し訳なさそうに見える。


「…やはり…俺とあのようなシーンを演じるのは…嫌だろうか…」
「え…!?」
「いや、すまない。分かってるんだ。一ノ瀬が嫌がるのも…」
「ちがっ…違います!」


聖川さんはどうやらそんな誤解をしていたらしい。いやでも、私があそこまで演じるのを躊躇していたら、そう見えてしまうのかもしれない。しかし違うのだ。嫌いなんじゃない。逆だ。好きだから、困ってるのに。


「違うんです…!聖川さんのことが嫌いなんて、そんなこと、あるはずないっ…!」
「い、一ノ瀬?」
「嫌いなんかじゃなくて、私はっ、聖川さんのことが…!」


好きだって、そう、言えたら。

廊下は今人通りが少なくて、私たちの他は誰もいない。窓からは真っ赤になった夕陽の光が私たちを照らしている。言ってしまおうか。全てを告白したら、楽になる?まさか、そんなことできるわけない。

だけど


「……っ…!」
「一ノ瀬…!泣いているのか…?」


結局その言葉の続きを言えないまま、必死にこらえた思いは涙になって目を濡らし頬を伝った。悔しい。聖川さんは何も知らないのだ。こんなに苦しくて切ない、私の気持ちを。

だからせめて、少しでも私の気持ちを知って、困ったらいいんだ。

私はあたふたしてる聖川さんに寄りかかって、そのまま唇を塞いだ。


「んっ…」
「っ………!」


ほんの少しだけ自分よりも高い位置にある彼の唇に、自分のそれを重ね合わせる。聖川さんは驚いたようにびくりと体を震わせた。それもそうだ。突然こんなことをされたら誰だって驚くだろう。何をやっているんだろう私は。もう、どうにでもなってしまえ。

半ば自棄になっている自分を自覚しながら、そっと唇を離した。…その瞬間、


「んむ…、っ!んん、ん、ふ…っ!」


離した唇が再び重ね合わされた。後頭部を押さえつけられる感覚。力強く合わさった唇から、情けない自分の声が漏れる。何をされているのか分からない。何?どうして?……どうして、聖川さんが私に、キスを?


「んんんん──……っ!」
「ふ…っ、はあ…」
「あっ、はあっ、はあ、はあ…」


しばらくして頭を掴まれていた手が離された。熱い頬、整わない呼吸。目の前には私と同じような状態の、聖川さんの顔。


「はあ、はあ、はあ…」
「──っ、すまん、一ノ瀬!」
「は…、えっ、えっと…」
「一ノ瀬は…知っていたのか?俺の気持ちを…」
「え……えっ、え?」


一体何から言ったらいいのかと、混乱した頭で考えていると、聖川さんに頭を下げて謝られてしまった。そしてこの言葉。何のことか分からずにただ困惑していると、聖川さんが続けた。


「その…俺が、一ノ瀬のことを、好きだと…いうことだ」
「………えっ…?」


好き?…聖川さんが、私の、ことを?


「ほっ…本当ですか!?」
「! いっいや…気付いていたから気まずくて演技ができなかったのでは…?」
「ちがっ、違います!あれは、私が聖川さんを好きだから…!」
「え…?」


突然のことであまりよく理解できない。というか、信じられない。だけど何となくお互いの言葉の意味が分かってきたのか、二人して頬を赤くして、ただ黙ったまま見つめあった。


「…私たち、」
「両思いだったのか…?」


次に出た声は何とも素っ頓狂で、お互い見つめあったまま吹き出してしまった。

なんだ。ずっとお互いに、思い合っていただなんて。聞くと、聖川さんは私とラブシーンを演じることになって、随分と葛藤したらしい。嬉しいけれど最終的に振られるだけに複雑で、下手をしたら自分の気持ちがばれるのではと、ヒヤヒヤしていたようだ。


「…それで、一ノ瀬は俺のことが好きで…緊張してセリフが出なかったと?」
「…そういうことです」
「それは…なんとも可愛らしいな」
「かわいっ…!?」
「それならば、緊張しないようにしたらいいのだ」
「え…?」
「…これは、演技ではないぞ」


それから楽屋に戻って、二人とも気持ちを整理してから、問題のシーンの話になった。どうしたら私がきちんと演技をできるか。そこで聖川さんがこんな提案をしたのである。

何だろうと思っていると、窓際に立つ私を、聖川さんが追い詰める。そして私の背後の窓に手をついて言った。


「…ずっと好きだった。一ノ瀬」


夕陽に照らされながら、真剣な顔つきで彼が言う。ああ、これは──ドラマと同じシーン。だけどこれは演技じゃない。聖川さんが私に向かって、言っているのだ。


「…私も。私もあなたが好きです、聖川さん」


ああ、やっと──やっと言えた。ずっと応えたかった言葉。涙が出てしまいそうなほどに嬉しい。聖川さんはそっと微笑んで、私を抱き締めた。


明日に延期になった撮影で、ようやく例のシーンを撮り終えることができたのは、言うまでもないことである。




Don't be in actors
in front of me









─────
タイトル、下手な英語ですいません。パッとネタが閃いてずるずる書いてたマサトキです。寒色ならマサトキ、マサトキ。2p差おいしいですもぐもぐ。マサトキのときはトキヤを思い切り乙女にして泣かせたい。そんな願望が如実に出たマサトキです。

冒頭の「夕陽が差し込む教室」を悪ふざけで「夕陽が舞う教室」にしてやろうかと思いましたがやめました。ノッカーゥ☆





←prev* #next→


戻る
トップ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -