昔から、かわいいものが大好きだった。それはうさぎやクマのぬいぐるみだったり、フリルやリボンのついた服だったり、道端に咲いた花だったり。
だけどそのどれも、自分には似合わない。それは自分が成長するに従って顕著に表れた。小さい頃は面白がって自分を可愛く着飾らせていた母親も、服のサイズが縮むにつれてそんなことはしなくなっていった。自分の好きなかわいいものが、自分には似合わないのだと気付いたときは、大好きなものたちに自分を否定されたような錯覚に陥った。
それからは、他人に代わりを求めるようになった。愛でる対象は自分よりもずっと小さくてかわいい女の子たちになっていった。
かわいいねと言うと決まって嬉しそうな顔をする彼女たちが純粋に好きだった。しかし、だからといって恋の意識に目覚めることはなかった。いままで人形や服に向いていた愛情が女の子に向いただけなので、それは当たり前といえば当たり前なのだが、過去に一度こんな体験をしたことがあるのだ。
ある日、女の子に告白をされた。顔を真っ赤にしてすき、と言った彼女を自分はやはりかわいいと思った。よく分からないまま成り行きで付き合うことになったのだが、彼女は嫉妬深かったのだ。いや今考えればそれは至極当然の、それ相応の感情だったのだろうが、当時の自分は空恐ろしく感じたものだった。
付き合い始めてからも自分は変わらず目につく女の子たちにかわいいねと言っていた。その頃にはほとんどの女子たちが、自分はただかわいいものが好きなだけで、自分の言う言葉に特別な意味はないと分かっていたのだが、それでも彼女は気に入らなかったらしい。
ある日痺れを切らした彼女は自分に言った。
どうして皆に可愛いなんて言うの?信じられない!私たち付き合ってるんでしょ?私だけを見てよ!
嫉妬なんて、今思えば可愛らしいものなのだが、自分はその時初めて彼女を、女の子を嫌悪した。なんて醜いのだろう、と。
そんなこともあって、自分は今の年齢になるまで恋をしたことがなかった。口では相変わらず女の子にかわいいと言いながら、本当はそんなことを思っていなかったのかもしれない。深入りしてまた知ってしまうのは怖かった。あの醜さを。
しかし、今度は自分の中にそれを見つけてしまうことになる。
早乙女学園に入学してから知り合った、同室の来栖翔くん…翔ちゃんは、すごくかわいい人だった。小さい背丈に、丸い大きな目。見た目はさることながら、かわいいと言うと躍起になって否定するところもかわいいと思った。
だけど彼はかわいいだけじゃなかった。かっこいい。翔ちゃんを見ていて、初めてこんなに人をかっこいいと思った。
翔ちゃんは人が困っていると助けずにはいられないお人好しで、いつも明るくて、元気で、おしゃれさんで、歌もダンスも出来て、上手く言えないけど、そんなところがすごく、格好いいんだ。
だけど口ではいつもかわいいとしか言えなかった。どうしてなんだろう?そう考えている時、見つけてしまった。女の子と仲良く喋っている翔ちゃんと、それに──その女の子たちに、嫉妬している自分を。
自分の中にもこんな醜い感情があるなんてびっくりした。嫌だった。だけど、だけど翔ちゃんのことが好きなんだと、そう思うと胸がきゅうっと締め付けられて、堪らなく嬉しいような切ないような気持ちになった。それが恋を知った瞬間だったのだ。
そして同時に嫉妬も知ってしまった。女の子になりたい。女の子たちみたいにかわいくなりたい。大好きな翔ちゃん、あなたに、愛されたい。いやだ仲良くしないで、他の人と。僕だけを見てよ──。
翔ちゃんへの愛おしさが強くなっていく度に、その奥の嫉妬心も深くなっていった。
「──つき…おい那月!」
「………、…翔…ちゃん…」
大丈夫かよ、うなされてたぞ。そう言ってこちらを覗き込んでいる翔ちゃんの顔は心配そうに歪んでいた。
あれ?どうして自分は自室にいるのだろう。学校からここへ戻ってきた記憶はない。なのになぜこうして寝ているのだろう。
「翔ちゃん…僕、なんで…」
「──このっ、バカ!」
こつん、と、翔ちゃんの指が僕の額を弾いた。それは全然痛いものじゃなかったけれど、びっくりして言葉の続きが出なかった。すると「倒れたんだよ、馬鹿。」ああ…だから、こうしていたのか。
眼鏡が外された視界で翔ちゃんの方を見ると、不満げにこちらを睨んでいた。ああどうしよう、僕はまた、
「ごめんね…迷惑かけちゃって…」
「っ…ちっげぇーよ馬鹿那月!」
「?…翔…ちゃん…?」
僕が謝っても翔ちゃんは不機嫌なままで。どうしよう、何かしてしまったのだろうか。まさか朦朧とした意識の中で何か言ってしまったのか。そんな不安がぐるぐると頭の中を巡って、涙を必死にこらえなければいけなかった。
「…倒れた原因、心因的なストレスだって」
「………それは」
「保健室行って、そのまま医者に診てもらった。」
「………」
「お前な……」
翔ちゃんは依然表情を歪めたまま、いつも被ってる帽子も取って、僕の方を向く。
「俺じゃ頼りねーかも知れねーけどよ」
やめて。やめて翔ちゃんそんな風に言わないで。翔ちゃんは誰よりも素敵で、悪いのは、僕の方だから。
「何か悩みとかあるんだったらさ、話してくれよ……頼むから」
一人で抱え込まないでくれ。泣きそうな顔をして翔ちゃんがそう言う。違う、違うんだ。僕は、僕が……僕は翔ちゃんが、
「──…っ…ううう…」
「那月!?」
翔ちゃんが辛そうな顔をしていて、もう耐えられなかった。次から次へと涙が溢れ出てくる。両手で押さえても無意味だった。
「おい、那月!?」
「翔ちゃ…翔、ちゃん、僕…っ、」
翔ちゃん、翔ちゃん、翔ちゃん。
好き。翔ちゃんが好き。大好き。いつもかわいいとしか言えないけれど、もちろんそれも本心だけれど、本当は、ずっと格好いいって思ってるんだ。本当に本当に大好きなの。翔ちゃん、ねぇ、
こんなにも想いは溢れてくるのに、上手く言葉にできない。どうしよう。翔ちゃん、言いたいのに。言えないよ。
「…っ…」
「──あああっもう!」
両手で覆った視界の隙間から、翔ちゃんが僕の居るベッドの上に乗ったのが分かった。そのまま僕の手を取って、そして
(え…?)
僕に、キスを、
「──っ…!?」
「あぁもう…泣くなよな…」
翔ちゃんの困り果てたような、けれど真っ赤な顔が、僕のすぐ目の前にある。指で涙を拭われて、はっとして我に返った。
顔がとても熱い。胸が、どきどきどきどきする。
「しょ、翔ちゃん…い、いまっ、」
「那月」
いつになく真剣な表情をした翔ちゃんが、僕の名前を呼ぶ。その顔があまりにも格好よくて、恥ずかしくて、わけがわからなくて、だけど、目を逸らせない。
「俺はずっと、お前のことが好きだったんだよ」
だから、お前が辛そうなところや泣いてるところは、見たくない。
そう言って翔ちゃんはそのまま、僕を抱きしめた。
「え……え…?」
「聞こえなかったかよ」
「ち、ちがっ、だって、そんな、」
「好きだ」
「──っ!」
「大好きだ、那月」
うそ。うそ。本当に?翔ちゃんが、僕を?
だって、信じられない。僕は、女の子みたいにかわいくも、翔ちゃんみたいにかっこよくも、ないのに…。
「しょ、翔ちゃ…!」
「あーあー、だから泣くなって」
そんな。嬉しい。うれしいうれしい。どうしよう、夢じゃないかな。
「うれしい…うれしいの、翔ちゃん…!」
「……ああもうお前かわいすぎ!」
翔ちゃんはそう言ってまた僕を抱きしめてくれた。かわいい?そんな、翔ちゃんは僕のこと、かわいいなんて思ってくれるの?
「那月…」
「あ、まっ待って!」
翔ちゃんに頬を掴まれて、また唇が触れそうになる。うれしくて幸せでどきどきする。だけど、駄目だ。今はそれよりも、
てのひらでキスを制止すると、なんだよ、と翔ちゃんが問う。
言わなきゃいけないことがある。緊張してどきどきしてたまらない。ああ、だけどやっと、やっと言えるよ翔ちゃん。
「あのね、僕っ…!翔ちゃんのことが、」
好きって言って、言わせて。
ああ、やっと言えた。
───
ああもう翔那大好きです!なっちゃん!なっちゃんかわいい!(*´∇`)
無自覚に自己嫌悪して遠慮がちになってしまうなっちゃんを、ぜひ男前な翔ちゃんにリードしてもらいたいです。翔那書けて幸せです。
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