早乙女学園寮内。今日は忙しいトキヤも部屋にいて課題にいそしんでいるようだった。でも最近の俺には課題も手に付かないくらい気になることがあって、その日も机には向かったもののずっとそのことを考えていた。
そうだ!今日はトキヤもいるんだから、トキヤに言ってみよう!
「ねえねえトキヤ!」
「なんですか」
「俺ね、ちゅーしたい!」
俺がそういうとトキヤは座っていた椅子からガターンと音をたてて転げ落ちた。
「トキヤ!?大丈夫!?」
「大丈夫…じゃないないですよ!何言ってるんですか貴方は…!」
「え?」
だって俺、ちゅーしたことないから。ってそう言うとトキヤは顔を真っ赤にして口籠もった。どうしたんだろう?
「と…とにかく…そういうことを他の人には…」
「他の人…あっ、そっか!皆に頼んでみるね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!こら!音也ーー!」
☆☆☆
ということで、俺は皆を探しに早乙女学園に来たよ。今は放課後だから、とりあえずグラウンドに向かってみる。
するとそこにはサッカーをしてる翔が居た。どうやら試合中のようで、翔がドリブルで何人か抜いた後、キーパーをかわしてシュートを決める。
「翔!ナイッシュー!」
「ん?音也!お前もサッカーしに来たのか?」
すると翔が汗を拭いながらこちらへやって来た。試合も一段落したみたいだし、いいかな。そう思って水を飲みに行く翔に着いて行きながら話を切り出す。
「ううん、あのさ、翔とちゅうしたいなあって」
「へー、ちゅう…って…………ええええぇ!?」
俺がそう言うと、翔はびっくりしたように大声を上げた。あれ?何か変なこと言ったかな?
「おまっ…ちゅーって…お前…!」
「だめ?」
「…っ!いや、あの、その……そういうのは、好きな奴とだな…」
「俺、翔のこと好きだよ!」
俺がそう言うと翔は真っ赤になって驚いたようにこちらを見る。でもすぐにうつむいて何か呟いていた。
「っ…そういう好きじゃねえだろ…」
「え?」
「だ、だからな…そういうことは…」
「翔は、俺のこと嫌いなの…?」
「い、いやそりゃあ……好き、だけどよ…」
翔はうつむいて何か口籠もってしまった。ダメ、かな。翔は俺とキスするの嫌なのかなぁ…。そう思うと少し悲しくなる。
「俺は翔とキスしたいけど…翔は、嫌…?」
「──っ、あああ!もう!目ぇつぶれ音也!」
俺が翔を見つめて言うと、突然大声で翔にそう言われ、半ば反射的に目をぎゅっとつむる。すると翔が俺の左手を取って、もう片方の手を俺の頭に回した。そして、
ちゅっ
「っ…」
「ん…っ」
ぐいと頭を寄せられて、一瞬だけ唇が触れた。
「……おら、これで満足かよ」
手を離されて目を開けると、赤い顔した翔がそう言った。なんだかホントに一瞬のことで、思わずぽかんとしてしまう。でも…
「えへへ…なんか甘酸っぱいね!」
「…っ!!」
「ありがとう翔!またね!」
そう言って俺はグラウンドを後にした。キスって、甘酸っぱいのかな?
☆☆☆
「キス…ですか?」
「い、いいい一十木!お前…」
それから校舎に行ってみると、マサと那月が教室に残っていた。二人にも頼んでみると、マサがびっくりして俺の肩をがしっと掴んだ。
「あのな、接吻とは愛し合う男女が互いの気持ちが高ぶったとき自然にする行為で…」
「? 俺マサも那月も好きだよ!」
「好っ…!いやそれは俺もだがな、」
マサは顔を真っ赤にして長々と説明を始めた。うーん?よくわかんないや。
「音也くん、ちゅうしたいんですかぁ」
「うん!したいんだ」
「じゃあ、僕の初めてあげちゃいますね」
「え…」
那月はさらっとそう言って、少しかがんで俺と視線を合わせた。そして俺のほっぺたを両手で包み込むようにしてキスをする。一瞬メガネが鼻筋にあたって、その後唇が吸い付かれるように重ねられた。
ちゅうっ
「な…っ…!」
「んっ…うふふ、どうですか?」
横で見ていたマサが驚きの声を上げると、那月の顔が離れていきそう問われる。これは…
「な、なんか、ずるいよ那月…」
「え?どうして?」
「こんなときは年上らしいなんて…なんか、どきどきするじゃん」
那月は少し頬を赤らめながらも、なんだか余裕の表情をしている。いつもは年上だって意識させないような行動ばかりなのに、今はお兄さんの顔をしていた。
「うふふっ、それは光栄です」
「もー…」
でも、那月の唇はやわらかくって、なんだかふわふわしてたなあ。翔とはまた違う甘いキス。そうなると、やっぱりマサともキスしてみたいな。
「ね、マサも……って、」
「………」
「おーい。どうしたのー?」
マサの方へ振り向くと、マサはまるで石になったみたいに固まっていた。
「おーい!マサ!!」
「………」
「真斗く〜ん」
「………」
「動きませんねぇ」
「………♪心ーのダムがせきー止〜め〜た〜」
「♪幾千ーのひた向きなぁぁぁ……はっ、一十木!」
よかった動き出した。マサこの歌気に入ってるもんね。
「ね、マサもキスしよう?」
「なっ、なな、だからキスは…っ」
「えいっ」
マサがまた長ーい説明を始めそうだったから、今度はぎゅーっと抱きついてやった。するとマサはまたぴたりと動きを止める。
「俺、マサのことも好きだから、キスしたい!」
「っ!、しっ、しかし…」
「………だめ?」
「っ…!」
俺が抱きついたままマサの方を見てそう言うと、マサは赤い顔のまま黙り込んで、何かを考えてるようだった。そしてしばらくして口を開く。
「……本当に、いいのだな」
「う、うん…」
そう答えるとマサは左手を俺の腰に回して、右手をあごにやる。真剣な表情に思わずぎゅっと目をつぶると、しばらくしてからマサの唇の感触が伝わってきた。
ちゅっ…
「んんっ…、」
一度唇を重ねると、そのまま角度を変えてより深く口づけられる。数秒間離されることはなく、その長いキスに酸素が足りなくなって、くらりと来たときに唇が離された。
「はっ…、はあっ…はあっ…はあ…」
「す、すまん一十木!ついこんな…」
「う…ううん…マサって意外と…情熱的なんだね…」
ぱっと腕を離されて解放される。後ろで那月のわあ〜真斗くん素敵ですねぇ〜と言う声が聞こえた。──酸欠のせいかもしれないけど、とてもどきどきして、鼓動がうるさい。
そして俺は二人と別れてAクラスの教室を出た。キスって、どきどきするんだね。
☆☆☆
あとは誰がいるかなあ。とりあえずSクラスの方へ行ってみよう。誰か残ってるかな?そう考えてやってきたSクラスの教室からは、きゃあきゃあと騒ぐ女子の声が聞こえてきた。
「やだあレンったら上手いんだからぁ〜」
「ねぇねぇレンーこの後どうするのぉ?」
(あ…レン!)
声の正体はレンとその周りを囲む女の子たちだったようだ。相変わらずモテモテだなぁ…。あ、レンならキスくらいし慣れてるよね!
「………でも、」
さすがにあの女子たちの群れを振り切ってキスしてなんて言う勇気はないなあ…。仕方ない、また今度にしよう。そう諦めかけたとき、不意にレンと目があった。
「あっ……えっと…」
俺が教室の入り口どうしようかと慌てていると、レンは呆れたように苦笑して、こう切り出した。
「ああ、ごめんねレディたち…俺はもうレッスンに行かないといけないようだ」
「ええーっ!もう行っちゃうのぉ?」
「つまんなーい」
「ごめんよ、これもレディたちに素敵な歌を届けるためだからさ」
レンがそう言うと、女の子たちは軽く不満を述べながらも散らばっていった。するとレンがこちらへとやってくる。
「どうしたの?イッキ」
「あっあの…いいの?今」
「いいも何も、イッキの為に来たのに」
何かあるんだろう?ほら行こう。レンはそう言って俺の手を引くと、レコーディングルームへ向かって歩き出す。俺も慌てて着いて行った。
「で、イッキは何の用かな?」
しばらくして廊下にひとけが無くなると、レンにそう尋ねられた。今は他の人もいないし、言ってもいいかな。
「あのね」
「うん」
「キスしてほしいんだ!」
「うん……えっ?」
「だから、キスして?」
そう言うとレンはぴたりと歩を止めた。振り返ったその表情は珍しく焦っているように見える。わあ、レンでもこんな顔するんだ。
「どうしたの?レコーディングルーム行かないの?」
「え、あ、ああいや…そうだね、行こうか」
そう思ったのも束の間、レンはすぐにいつもの表情に戻って再び歩き始める。そしてしばらくしてレコーディングルームに着いた。
「どうしてキスしたいの?」
レコーディングルームの中に入ってすぐ、レンがそう聞いてきた。その様子からはレンが何を考えてるのか分からなくて、戸惑いながらも答える。
「えっと、俺キスしたことなかったから、皆としてみたいなって」
「…皆と?」
「うん!翔と那月とマサにはもうキスしてもらったんだ」
「ふぅん…」
「俺、レンのことも好きだから、キスしたい」
俺がそう言い終わると、レンはくすりと笑って俺が寄りかかってる壁に手を着いた。身長差から自然と見下ろされる形になる。
「イッキがしてほしいなら、してあげるよ、キス」
「本当に?やった!」
「…本当なら男とする趣味はないをだけどね…イッキは特別だよ」
そう言ってレンは流れるような仕草で俺のあごに手をかける。レンの顔が近づくとふわっと甘い香水の匂いがして、少しくらくらした。
「…誰よりも激しい、大人なキスを教えてあげるよ」
普段よりもさらに低い、吐息混じりの声でそんなことを言うから、なんだか急に背徳的な気持ちに駆られてしまう。…もしかして俺、すごいことしようとしてる…?
でもそんなことを考えてももう遅くて、レンは俺の顔のすぐ横に手を着いてこちらに顔を寄せてくる。思わず目をぎゅっとつむった。
ちゅっ
「ん…」
軽く口づけられたと思うと、唇はすぐに離れていった。あれ?これで終わり?──と、そう思ったのも一瞬のことで、またすぐに唇が重ねられる。
ちゅっちゅと音を立てて何度もキスをされるものだから、なんだか恥ずかしくなってきて、だけど段々変な気分になってくる。すると触れるだけだったキスも、段々と深く繋がるようなキスになる。
「んっ…あ、はあっ、」
くいっとあごを持ち上げられ、さらりとレンの前髪が額にかかった。レンがキスをしたまま口を開いて、それにつられるように俺も口を開けると、角度を変えて深く口づけられ、さらにレンの舌が口内に入ってきた。
「んっ、あ、や…っ!ふあ、あ、れんっ…!」
レンの舌が歯の間を割り込んできて、俺の舌を舐めるように動かす。その動きひとつひとつがいちいち快楽を生んで、おかしくなりそうだ。あつくて、くらくらする。
「…っ…!」
これ以上はダメ、もう無理、耐えられない。そう思ったけれど後ろは壁で、その上いつの間にかレンの手が抱き締めるように俺の腰に回されていて、逃げることができない。
抵抗できなくて、いやだと言うようにただ顔を横に振ると、レンはそれに気付いてくれたようだった。すぐに唇を離して、最後に繋がった唾液を拭うように俺の唇を舐めてから顔を離した。
「っ…!はあっ、はあ、はあ……も、れん…」
「あはは…ごめんね、意地悪しちゃった」
「んっ…はあっ、もう……おかしくなるかと思った…」
「イッキにはまだ早かったね」
あんなキスをしたくせに、レンは顔色も息ひとつも乱さずに、クスクスと笑いながらそんなことを言う。
俺は腰が抜けたのか力が入らなくて、その場にずるずると座り込んだ。キスでこんな変な気分になってしまうなんて。そのことに少し罪悪感のようなものを感じたけれ、あのキスじゃ仕方ないよね?
キスって…気持ちいいんだね。
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