※とても暗いお話です。
※ヤンデレ的要素と少しの暴力的表現を含みます。
正式なデビューが決まって、ST☆RISHとしても個人としても少しずつ人気が出てきた頃。俺とレンは付き合い始めた。
告白したのは俺から。だけど本当は付き合うとかそういう気はなくて、ただ学園時代からずっと秘めていた気持ちを、今さらになって押さえられなくなったからだ。「ずっと隠してたけど俺、レンのことが好きだよ」……そう言うだけ言っていつも通りに戻るはずだった。なのにレンが言ったのは、「俺も」
「……え?」
「俺も、好きだよイッキ」
「う…そ…」
信じられなかった。今まで少しもそんな素振りを見せなかったレンが、こんなにもあっさり、俺のことが好き…だなんてこと。
「ホントの本当に?」
「本当だよイッキ。…大好き」
レンはそう言って俺を抱き締めた。緊張と不安と驚きでずっと高鳴っていた心臓が、ひときわ大きく跳ねる。
「レンは気付いてたの?俺が、レンのこと好きだって」
「ううん、全然」
「じゃあなんでそんなに…」
落ち着いてるの、そう言おうとした言葉は途中で止まった。レンの心臓も、すごくドキドキしてる。
「レンっ、」
「ごめん今…顔、見ないで…」
「…っ…レン…っ!」
今まで聞いたこともないような、余裕の無いレンの声が聞こえてきて、一気に愛おしさが溢れてくる。好き。大好き。
それから俺とレンは付き合い始めた。しかし俺たちは二人ともアイドル、しかも男同士だ。もし恋愛関係だなんてことが露見したらスキャンダルの格好の的。絶対にばれないよう、細心の注意を払って行動してきた。それでもレンと結ばれたことは嬉しくて、幸せな日々を過ごしていた。
ひずみが起き始めたのは、それから半年ほどしたときだった。その頃はたまたま長期の仕事がいくつも重なっていて、なかなかレンに会う時間がなかったときだ。
「イッキ」
「レン…!?ごめん…っ!俺、はあ、はあ…撮影長引いて…!」
「あっはは、大丈夫だよ」
その日、俺は仕事が夕方で終わるから、夜に少しだけデートしようと誘ったのだ。しかし俺は待ち合わせの時間に数時間遅れてしまった。撮影時間が大幅に延びて、ケータイを忘れたため連絡もできなかった。もう帰っているだろうとは思いながらも、ダメ元で待ち合わせ場所まで急いだ俺を迎えたのは、いかにも「今来たところ」だなんて言いだしそうな笑顔のレンだった。
「ごめん本当…!連絡もできなかったのに…。……ずっと、待ってたの?」
「もちろんだよ」
「………」
辺りはもう真っ暗で、まだ本格的に冬を迎えているわけではないと言え、薄手じゃ寒いような時間。辺りの店にも入らずに、ここでずっと俺を待っていたの?何をするでもなく、俺だけを?
「ごめんね…こんな時間だけど、今からご飯行ける?」
「イッキが大丈夫なら」
「そっか。じゃ、じゃあ行こっか!お詫びに俺奢るね!」
どうしてだろう。待ち合わせに遅れたのは完全に俺が悪いんだし、待っててくれたレンに俺は感謝すべきなのに、もやもやとした違和感が晴れない。いやでも、きっと逆の立場だったら、俺だって何時間も待っているかもしれない──そう思うことにして、その日は深夜まで開いてるレストランで食事をとって別れることになった。話の内容もレンの様子もいつもと変わらない。大丈夫だよね。違和感なんて、気のせいだよね?
だけど俺は自室に帰って、充電してあった携帯電話に何のメールも着信も無いのを見て、さらに違和感を覚えることになるのだった。
「……っ!くそっ!」
床に叩きつけた台本がばさりと音を立てて虚しく鎮座する。己の乱れた呼吸音以外に音はなくて、そのまま目をつむると妙に冷静になれた。…何、してんだろ俺。
あれから更に数ヶ月の月日が経った。レンと同棲し始めたのと同じ頃に、俺はドラマの主役に抜擢された。それも有名な監督さんに気に入られたとのことで。すごく名誉なことだから俺もはじめはとても喜んで、レンと二人で小さなお祝いをしたくらいだった。
だけどその役は、想像以上に難しいものだった。撮影も初めは順調に進んだものの、物語が佳境に向かうにつれてテイク数が増えていく。すると監督や周囲からの期待が重く感じられて、他の人からの嫉妬も顕著に見えてくるようになった。そのために何気ないミスまで増えて、さらには歌にまで響いてくる始末。
このままじゃいけない。そんなこと分かってるのに、焦れば焦るほど失敗して、それでまた焦燥に駆られる。悪循環だ。
「……っ…」
俺が今思い悩んでいる役、その演技がどうして上手くいかないのかも、実は少し心当たりがあった。
主人公は、最初は心優しい男だった。周りからも好かれていて、仕事も順調。同棲中の彼女もいた。だけどある日仕事で大きな失敗をして、彼は狂い始める。仕事をすっぽかして遊び放け、献身的な彼女に暴力まで奮うようになる。
今俺が演じているシーンは、この男が狂い始めたところだ。このシーンが、現実と重なって──もっと言うと、「献身的な彼女」がレンと重なって見えてしまうのだ。
──あのデートの日から数ヶ月が経った。その間、俺は何度もレンに違和感を覚えることになった。
レンが異常に「献身的」なのだ。まるで感覚が麻痺しているみたいに。俺を神様か何かとでも思っているみたいに。約束をドタキャンしても着信を無視しても、「イッキだから」と言って、レンはいつも同じ微笑みを浮かべた。
同棲を始めてからもそれは変わらなかった。小さな違和感は段々と俺を蝕んで、演技が上手くいかないことも相まって、これまで無いほどに苛立ちが募っていた。
「音也?いる?」
「………レン」
物語の中で男は、失敗して落ち込んでいるところを彼女に慰められる。最初は素直にそれを受け入れていた男だが、ある日を境に彼は彼女に暴力を振るいだす。
「大丈夫?無理しないほうが…」
レンの手が俺に伸びる。ああ、いつもと様子が違う俺を心配してくれてるんだね。ありがとう。レンは優しいなあ。
ぱん、と渇いた音が部屋に響いて、それがレンの手を払いのけた音なのだと分かる。
「…………」
「…音、也…?」
ねえレン。こうでもしたらレンは表情を変えてくれるかな。戸惑った顔を、焦った顔をしてくれるかな。俺のことを否定して、軽蔑してくれるよね?
レンの肩を押して、バランスを崩した体をそのまま床に突き倒す。レンの腹に馬乗りになって、右手で頬を叩いた。べちっ、と鈍い音がする。うつむいたレンの顔は見えない。続けて腹を殴りつけると、う、と低い声が漏れただけで、それきりは何も発しなかった。
お願いねえ、嫌でしょ?嫌だって言って、拒否して。こんな「俺」は嫌だって、そう言ってよ、示してよ。受け入れないで。こんな「俺」は「俺」じゃないって、「一十木音也」じゃないって…言って。
息が先ほどよりもずっと荒い。心臓が苦しそうに急いている。嫌な汗ばかりが滲む。レンの肩を思い切り掴んだ。こんな苦しい気持ちからは早く解放されたいんだ。縋るようにレンの顔を覗き込むと、そこに、あったのは
「あはは、どうしたんだい?音也」
いつもと同じように微笑む、レンの顔。
「っ……!」
『音也』。俺は認められたんだ。レンは暴力を振るわれても、俺を「音也」だと思ったんだ。レンは俺が、恋人に暴力を振るうような、そんな男だと思ってるの?俺の様子がおかしいなんて、そんなこと少しも思ってないの?
「ねえ…ねえ、レン」
「なに?」
「レンは…どんな俺が好き?俺の、どこが好きなの…?」
突然殴られたりして、泣きたいのはレンの方のはずなのに、どうして俺がこんな泣きそうな声を出してるんだろう。それでも聞かずにはいられなかった。レンが俺を、無条件で愛してくれるのが、怖かったから。俺に何かを求めてくれないと、恐ろしくて堪らなかったから。だってそうじゃないと俺は、自分のアイデンティティーを見失ってしまうから。
ねえ、レンが俺にひとつでも求めてくれている確かな「何か」があったら、俺はそれに自分を見いだすことができるから。だから、
「……俺は、どんな音也でも好きだよ?」
だから、ねえ、レン。
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