いつもよりずっと穏やかに目が覚めた。まどろんだ思考のまま体を起こすと自然にあくびが出る。カーテンから漏れる朝日が温かい。ああこんなゆっくりとした朝は本当に久しぶりだ。いつもは目覚まし時計に叩き起こされて、まだ暗いうちに家を出るから…。
と、そこまで考えて段々思考がはっきりとしていく。ん?いや今日は急なキャンセルにより丸一日オフなのだが、普段より遅いにしろ目覚ましはかけて寝たはずだ。それにこの日差しも、いささか高過ぎる気がする。
そろそろと枕元の時計を見ると、9時30分と少し過ぎたところを差していた。
「んなっ…!?」
「あっトッキー!起きた?おっはよーん!」
ばたん。勢い良く扉を開けて、寝室に入ってきたのは寿さんだ。
何故彼がここに、などと疑問は次から次へとわいてくるが、それらは口にする前に寿さんによって遮られる。
「ねぇトッキー今日一日オフだったよね?僕ちんもなんだー!偶然だよね!トッキーも最近ますます忙しくなってきちゃってさー、こんなのって滅多にないよねぇ。だから、」
そんなことをいつもの口調でペラペラと喋りながら、よく見るとスリッパにエプロン姿の彼が無遠慮にこちらへやってくる。
私が今いるベッドまで来ると、ぎしりとベッドサイドに腰掛け両手をつき、上目遣いでこちらを見て一言。
「……来ちゃった」
無意識なのか確信犯なのか、頬を赤らめながらそう言った寿さんの声はいつもより数段甘く、そんな彼に不覚にもときめいてしまった私は、呆れと照れと自分への叱咤から彼の頭をはたくことしかできなかった。
「これは……」
部屋に広がる味噌汁の匂い。炊きたての白米から漂う湯気。洗濯機の回る音。おまけに普段より更に綺麗になっているリビングまわり。
「も〜酷いよトッキー叩くなんてさ〜」
「…これ、寿さんが?」
後から階段を降りてきた寿さんにそう問うと、彼は途端に嬉しそうな顔になり、そうだよと言ってこちらに駆け寄ってきた。
「何か食べられない物とかある?」
「い、いえ…そういうわけでは」
「じゃあ食べてて!あ、洗濯終わったみたいだし僕は干してくるから〜」
そう言うと寿さんはドタバタと走ってリビングを出ていく。しばらく呆気に取られていたが、湯気を立てている白米と味噌汁を見ると、冷めてしまうのが勿体ないと反射的に思ったので、ひとまず深く考えずにいただくことにした。
「それで、こんなことをして、何が目的なんですか?」
「な、なに…って…」
朝からうちに来たと思えば、食事の用意に洗濯、掃除まで。もちろん普段はたまに料理を作ってもらうことはあれど、こんな風に何もかもまでされた覚えはない。
「…………」
「何かあるのでしょう?」
「……トッキーさ、」
今日レコーディングルームの予約してたでしょ?唐突にそう問われ、少し呆気にとられる。が、その通りなので素直にうなずいた。せっかくの貴重な休日だ。今日は新曲に予定している歌の練習にいくつもりだった。
しかしそう答えると寿さんはやっぱりと言ってため息を吐く。
「それで、どうしてそんな話になるのですか」
「…っ…だからぁ…」
寿さんは顔を赤らめると少し言葉をつまらせ、そしてこちらを見つめて言った。
「……たまの休みくらい、一緒に居たかったの」
「……は?」
「だーかーらー!ほっといたらトッキーどっか行っちゃうから!引き止めたかったの!」
寿さんは顔からいつもの余裕めいた飄々とした表情を消し、ただ頬を真っ赤にしてそう言い放った。その大きな瞳を、気のせいか涙ぐませて。
──なんだ、そんなこと
「本当に……バカですね、貴方」
「なっ…」
そう言って寿さんを抱きしめると、彼は驚いた様子でしばらく戸惑っていたが、すぐ大人しくなって私の背中に腕を回した。しばらくしてから抱きしめた手を緩ませ、今度は寿さんの頬をてのひらでつつみこんで彼と向き合う。
「こんな、家事なんてしてくれなくても…」
「……っ」
「んっ……私は、その目でお願いされたら、断ることなどできませんよ」
「トッ…キー…」
言葉の間でキスを挟んで、ゆっくりとそう告げると、寿さんは更に顔を赤らめて、うっとりとした目付きでこちらを見上げる。
さあ、言って?そう促し唇を指先でなぞれば、彼はその瞳で私を誘惑する。
「…お願いトッキー…いっしょに居て?」
「ふふ、仕方ありませんね」
レコーディングルームはキャンセルしておきましょう。たまにはこんな有意義な過ごし方も悪くありません。そして何より私は、彼の誘惑にだけは勝てませんから。
瞳の誘惑
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トキ嶺好きなんですよ。でも少ない。おかしい…絡みは多いのに…!ともかく短いけど書けてよかったです。れいちゃんの女子力とチャームポイントの大きなたれ目を全面的に押し出して書きました。増えろ!トキ嶺!!
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