海の中深くへ沈んでも溺れていないのは、酸素を運んでくれる、いくつもの水泡のおかげだ。
ぶくぶくと二酸化炭素を吐き出しては水泡をくぐって泳ぐ。無重力空間にいるようだ。それはとても自由だけれど、やっぱりどこか不自由で。腕や髪に緩やかに絡みつく海藻や小魚たちが、綺麗なようで酷く邪魔。しがらみのように行く手を阻んで、決して向こうまでは連れて行ってくれない。真綿の鎖で繋がれて、この檻の中でなら自由に泳いでも構わないよなんて言われているようだ。
そして君はそんな僕を放って、僕の横をすり抜けて、先へ先へと進んでいく。
お前はそこで満足なんだろう、なんて言葉を残して。
深海には花が咲かない。光も届かない。ただ水泡は未だ俺を生かし続けている。それを甘受して俺は生き続けている。あれほど邪魔だった魚や海藻はもういない。この目を彩るものももう、無い。
そして気付いた。今とても悲しいことに。今更になって、とても寂しいことに。
──檻なんてものは最初から無くて、真綿は簡単に千切れてしまうものだった。
「 」
お願い、誰か
口にしてもただ水泡ができるだけ。
「 」
誰か、助けて
俺の声じゃ海の向こうまでなんて到底届かなくて。水泡のぶくぶくという音が消えると、そこには海水が漂う音しか残らなかった。
誰もいない何もないここで、いつまでもいつまでも、いつか酸素が絶えてこの体が動かなくなるまでずっと、居るの?一人で?
そんなの…
「─────」
──え…?
「──おい、神宮寺」
心地よい低音が響いた。ああ待ってもう少しだけ。こうしてまどろんでいたい。そんな願いも虚しく視界から入ってきた光が残りの眠気を奪っていった。
「………ん…」
「こんな所で寝るな。風邪を引く………っ、どうしたんだ」
だんだんと意識が覚醒し、ああなんだ聖川か、なんてことを寝覚めない頭で思う。もう少し眠っていたい気持ちを振り切って寝返りを打ち、声の方へ向くと、そんな言葉を投げられた。
「どうした、って……ん…?」
なんのことだと思いつつ重いまぶたを開くと、はたはたと水分が頬を伝っていく感触。視界もぼやけている。これは、涙。
「泣いていたのか?」
「いや、眠ってて…」
「悲しい夢でも見たのか」
「……そうかもしれない」
夢を見た記憶なんて無いんだけれど、少し迷ってそう言うと妙に弱々しい声が出た。するとぽん、と聖川が俺の頭を撫でて、そのままきゅっと抱き締められる。あれ、聖川が優しい。なんて少し驚いて、まどろんでいた思考がちょっと覚めた気がする。
そして俺をすぐに解放すると聖川は何もなかったように言った。
「早くしろ神宮寺、仕事だ」
「……はいはい」
優しいのは一瞬ですかなんて悪態の一つも吐きたい所だけど、時計を見るとあまり時間に余裕がないのも事実だ。今日は同じ現場だから、一緒に行こうとは言わずとも、それは当然のことのようにお互い認識している。
起き上がろうとして上体を起こすと、聖川が手を差し伸べてきた。それがあまりにも自然な動作だったものだから、思わずこちらもその手を取ってしまう。
しかしその手はしばらくしても離される様子がなく──ああそうか。きっとこうして手をつないでくれているのが、この男の精一杯の優しさなのだろう。
「ははっ…ありがと、真斗」
「勘違いするな。ただの気まぐれだ」
「ホントかわいくないねぇ」
本当に。なんで恋人になったかも未だに疑問に思う時がある。
「うるさい。さあ、さっさと行くぞ」
──ああでも…こいつのこの手は、かなり好きかもしれない。
「うん、そうだね。…行こっか」
────
──君は海の向こうへと行ってしまう。
進むことを諦めた僕を残して。
どこまでもどこまでも、日の光が当たる所まで。
僕は途中で怖くなった。
ずっと深海でただただ呼吸を続けるのが、怖くなった。
今更になって必死でもがいたけれど、とっくに君はいなくて。
だけど君は気付いてくれたんだ。
そして僕の手を引いてくれた。
『お前がその気ならば、共に行こう。』
僕を救ってくれたのは、君なんだ。
水泡少年と差し出された手
────
雰囲気だけの文章が書きたかったんですよ…もっと上手く書きたいですがひとまず満足です(`・ω・´)
正直微妙だけどそういう気持ちで書いたからマサレンです!マサレン!
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