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(どうしよう…困ったなぁ、これから明日の仕込みもあるのに…。)


レストランが休みのとある日。カーテンをたなびかせて入ってきた風の涼しさが、夏の終わりを感じさせる夕暮れ時のこと。その店の営業者の一人──デントはレストランの窓際の席で佇んでいた。

氷とストローの入ったグラスをシンプルながらもお洒落なコースターと共に白い机に置いて、本日は営業が無いため私服姿で読書に励むその姿は、傍から見れば優雅な休日の午後そのものである。しかしデント本人は内心でとても困っていた。

そんな時、窓の外から少し強めの風が吹いてきて、真っ白いカーテンをひときわ大きくたなびかせた。その拍子に見えた庭の植え込みのすぐ近くにいたコーンは、どうやら夕方の水やりをヒヤップと共に終えてホースをしまっているところのようだ。カーテンを押さえて窓から少し顔を出すと、ヒヤップの方が先に気付いたようで、鳴き声に気付いたコーンも間もなくこちらへやってくる。


「いつもお疲れ様」
「まあ、趣味でしてることですからね」


そうだ。決して広いとは言えないが整然と美しく整えられたこの庭は、3人で店を始めるのと同じ時に、趣味としてコーンがいじり始めたものである。常に身だしなみを気にしているコーンが、腕まくりをしながら土で顔が汚れてもこの趣味をやめないのは、やはり趣味が趣味である所以、単純に好きなんだろう。

そういうデントも草ポケモンを使う身もあってか、自室で観葉植物や小さな鉢植えなんかを育てたりしている。ただ、鉢植えの隣でお昼寝をするヤナップの頭の葉っぱを、うっかり食われたりすることなんかが無いよう、虫には精一杯気をつけながら。


「おや、ヤナップは一緒じゃないんですか?」
「ヒャーップ?」


コーンがデントの方を見て、気付いたように問い掛けるのに続いてヒヤップも首を傾げる。デントとヤナップ──だけではなく、コーンとヒヤップ、ポッドとバオップにも言えることだが、一人と一匹は大抵の場合一緒にいる。ジム戦の時はもちろん、寝る時やお風呂の時も一緒だし、最近では料理の手伝いをしてもらうことも増えた為、ますますその時間は長くなっていた。


「ああ…それがね、」


カランカラーン


デントが困り笑顔になりながら答えようとしたまさにその瞬間、店の扉にかかった来客を知らせる鈴の音が、夕暮れの静かな店内に響き渡った。しかし、もちろん来客が来たわけではなく、扉の表にかかった『本日定休日』の札と元気な「ただいま」の声が、それが買い出しに行っていたポッドとバオップが帰ったことだと示す。

大きな紙袋をいくつも抱えて店の奥に入ってきたポットに、二人が「おかえり」「お帰りなさい」とそれぞれ返すと、ポットも窓際に来てひとまず見た目にも重そうな紙袋の束を机の上に置いた。


「おー!店ん中は涼しいな」
「これは…また随分と買い込んだんだね?」
「ああ、それはな」


こいつのお陰だな、といって小さな比較的紙袋を抱えているバオップを抱き上げた。「ォオップ!」と鳴くバオップはまぶたこそいつも通り垂れ下がっているが、とても嬉しそうな表情をしている。


「こいつと一緒に市場行くとな、絶対オマケしてくれるんだ」
「そういうことですか」
「ふふっ、今度は三匹連れて行ってみる?」


そんな談笑をしながら、ポッドは会計係のコーンに買い物レシートを渡して、今年はにんじんなどの根菜が高めだから代わりに葉ものの野菜が多めだとか、少し遠いが新しいスーパーができたらしいからまた今度行きたいなどと報告をする。

そして、じゃあそろそろ仕込みと夕飯の準備を始めるかということになって、デントが苦笑いでそれを止めた。


「ごめん、あと10分待ってもらってもいいかな…」
「ん?別にいいけど」
「どうかしたんですか?デント」


それを聞いて、キッチンに向かおうとしたポッドと玄関に行こうとしたコーンがデントの方を振り返る。


「ああ、そういえばヤナップは…」
「それなんだけどね、」


先ほど途切れたコーンの疑問に答えるべく、ここ、とデントが指を差したのは、テーブルの下、デントの膝の上だ。


「…おやおや」
「どうしたんだよ、それ?」


それを見た二人が思わず笑みをこぼしながら言う。

そう、テーブルに隠れたデントの膝の上ですーすーと寝息を立てているのは、他でもない相棒のヤナップだ。両手に木の実を抱えたまま、幸せそうにデントの脚を占領している。すっぽりと収まったそのかわいらしい様子に苦笑いしつつ、デントがことの経緯を話し始めた。


本日の昼下がり、店内の掃除を終えたデントが、たまには休日に本でも読もうかと椅子に腰掛けていると、昼過ぎに木の実を拾いに行っていたヤナップがいつの間にか帰ってきていたのだ。テーブルの向かいの席で遊び始めたヤナップにおかえりと言って、デントは再び本に目を向ける。

すると、しばらくして一人遊びにも飽きたのか、構って欲しそうにチラチラとこちらを見る大きな瞳がふたつ目の前で揺れる。それに思わず吹き出しそうになったのをこらえて、本に没頭しているフリをすると、その様子を見て邪魔をしては悪いと思ったのか、今度はそわそわとテーブルの上を右往左往し始めた。

いよいよ笑みをこらえられず、本を閉じようとしたその時、ヤナップは何かを思いついたように顔を輝かせると、テーブルから椅子、椅子から床へと素早く駆け降りていく。

どうしたのかなと、閉じ損ねた本に顔を向けつつ、ちらとヤナップの方へ目をやると、彼はデントが座っている椅子をよじ登ってきていた。そしてデントの膝に来たとき、ヤナップが邪魔をしていないか確認するようにこちらを伺ってきたので、すぐにまた気にせず本を読んでいるフリをする。それに満足そうな顔をすると、彼はそっとテーブルの向こうの木の実を手に取って、デントの膝とテーブルの間で再び一人遊びを始めた。

その様子はもはや言うまでもなく愛らしくて、普段からヤナップにお熱なデントのハートを射ぬくのは至極簡単なことだった。そんなわけであったので、それからしばらくして眠り始めたヤナップを起こすことなどデントには到底出来はずも無く、かと言って読書に集中できるわけでもないので、数ページで止まった本に諦めて栞をはさみ、若干痺れかけの脚に耐えながら夕涼みをすることになってしまったのだ。


「まったく、どんな親バカですか」
「コーンだってそんなもんでしょー」
「ヒャップ!」
「お、ヒヤップもそう言ってんな」
「な!そういうポッドの方がバカでしょう?」
「バオ〜ップ」
「バカかよ!親バカじゃなくてバカかよ!あとバオップそれは賛同してるのか?」


はははは、と沈みかけた夕日の中でひとしきり笑ったあと、じゃあ10分したらキッチン来いよと言うポッドにごめんねと返事をして、再びヤナップと二人になる。

未だ目を覚ます気配の無いヤナップにやっぱり起こすことをためらってしまうが、起きたときに一人なのは寂しいかなと、そんな心配で起こすことを決める。それに攻撃の身振り手振りしているところを見ると、バトルか何かの夢を見ているようだから、きっと眠りはそれほど深くないのだろう。

あと10分したら起こそう……いや、その後この脚の痺れを治さないといけないから、7分後かな。



ホリデイ・アフタヌーンの悩み事
(それはそれは幸せな悩み)





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