その他 | ナノ



──恋人らしい扱いをしてくれるし、彼にとって自分はきっと特別な存在なのだろう。

──だけど、好きと言ってくれたことは今まで一度も無い。

──それでも何だかんだで幾年と一緒に居るのは、一体どうしてなのだろう。
















「咲いたねん、ひまわり。見に来ーへん?」


初夏のとある日。開け放った窓から入り込んでくる風が心地良い午後。受話器を片手に背もたれのない椅子に座って、窓の外を眺めながら海の向こう側と話す。視線の先では今し方水をやった向日葵がきらきらと輝いていて、とても綺麗だ。


『…じゃあ、来週の土曜日』


カレンダーを指差して6日後を辿る。仕事も一段落したから大丈夫だ。もっと早く来ても良いのにな、と思ったけれど、一番近い休日にしてくれたとかと直ぐに気付いて、また顔が綻びる。


『スコーン持って行』
「いやそれは要らんから。」
『………』


折角だが彼の気遣いは丁重にお断りして、くすりと笑ってそのかわりまた紅茶煎れてよ、と頼んだ。チュロスと一緒に飲むもんじゃねーよと言いながら、声が嬉しそうな彼は素直じゃない。


「私用で会うの、久しぶりやんな」
『ああ、待ち遠しいな』
「寝坊せんといてや?」
『それはお前だろ』


ほら、休日に会う約束をするのも、こうやって会話しているのも、恋人同士みたいなのに。好きだとも愛してるとも言われたことがない。今まではあまり気にしていなかったけれど、最近それに不安を感じるようになった。


『じゃあな』
「ん、じゃあまた」


受話器を置くと、それまで会話していたことで感じなかった寂しさが、急に剥き出しになって現れる。

今までこうやって何と無く一緒に居たけれど、これで良いのだろうか?これからも、ずっとこのまま?幸せだけれど、満たされない気がする。只の自分の我が儘だろうか。


(…好き、愛してる、…。)


椅子から立ち上がりもせずに、窓の外をぼうっと眺めた。美しい積乱雲が、夕方には雨を降らすのだろうなと思いながら。














「ん、うま〜」
「そうか?べっ、別にお前の為に煎れた訳じゃねーけどな!」
「いっつも思うけどそれ何なん?」
「紅茶は紳士の嗜みだからな!」
「聞いてへんし…」


夏のとある土曜日。スペイン国内は一週間前と同じように晴れ渡り、午後のそよ風が心地良く吹いていた。少し日差しがきついが、日除けを差せば外でも絶好のお茶日和だ。失礼にも来客に煎れてもらった紅茶に、出来立てのチュロスとクッキーが芳しい香りを漂わせている。


「ん、美味いな」
「ほんまに?良かったわ〜」


お茶とお茶菓子を片手に、会えなった三ヶ月分の積もった話に花を咲かせる。政治のこと経済のこと世界情勢のこと、天気のこと家のこと、上司の愚痴に個人的な近況報告。少し耳に痛い話も出てきたが、こうして二人で話しているのが楽しくて、嬉しい。


太陽が真南から少しだけ西側に傾きかけた頃、二杯目の紅茶を啜りながらふと思い出した。肝心の向日葵畑をまだ見せていなかった。そしてそれと同時を思い出す。今日、自分には彼に聞きたいことがあるのだ──。


「な、そろそろひまわり見に行かへん?」


考えると不安が募ってきた。だけど、今日こそ聞かなければならない。聞いて確かめなければいけない。怖いけれど、只の勘違いでなく、本当に自分は愛されているのかどうか、もういい加減知りたいのだ。












「おー、でっけぇな」
「イギリスがちっさいだけちゃうん?」
「なっ…だったらお前も同じだろうが!」


他愛の無い会話をして笑いながらも、頭の中ではいつ切り出そうかと、そればかり考えている。少々面倒な性格している彼は、ちゃんと言ってくれるだろうか。だけど、そもそも恋愛感情なんて全然ないのかもしれないし、只の遊びのつもりなのかもしれない。付き合ってくれとも好きだとも、言われたわけでは無いのだ。




「…い、……おい、スペイン!…どうした?」


声にはっとして顔を上げると、目の前には困惑したような、心配しているようなイギリスの顔。


「え?あっ、ああごめん、ぼーっとしてたわ」
「大丈夫か?熱中症とか…」
「大丈……っうわ!?」


普段あまり使わない頭でずっとそんなことを考えていたものだから、いつの間にか足が止まっていたらしい。イギリスの声ではっと意識を戻すと、どうやら花壇を作っている煉瓦に躓いてしまったようだ。そう冷静に状況を整理した時には己の肩口にイギリスの顔があって、バキバキバキッ、と数本の向日葵が悲鳴を上げていた。

眩しい太陽と澄み切った青空が見える。視線の先にある向日葵の花と、視線の端で揺れる彼の少しくすんだ金髪が太陽の光を受けて、とても綺麗に輝いていた。すぐ横では背の高い向日葵の茎と葉が自分たちを覆い隠すように伸びている。イギリスの腕が自分の背中を庇っていた。抱きしめられている態勢だ。


「……大丈夫、か?」
「う、うん、痛くないし…熱中症でもないよ」


突然倒れたのでびっくりしたが、庇ってくれたお陰なのか特にどこも痛くはない。びっくりした反面、むしろ心の中は落ち着いたような気がした。悩んでぼーっとしていて躓くなんて、なんだか自分らしくもないような。


「ありがとうな。怪我、無い?」
「ああ…」
「……イギリス?」
「ふ…ふふふ、はははっ」


一体どうしたと言うのだろう。自分を庇って一緒に向日葵の上に倒れ込んだイギリスが、何故だか急に笑い出した。しばらく呆気に取られて、滅多に見ない彼の破顔した表情を見つめてしまう。


「はははっ…おかし…っ!」
「え…、な…何…?」
「自分ちの庭で転ぶなっつうの…っ」
「えぇー!?そこ笑う!?」


的外れな理由で爆笑するイギリスに何だか腑に落ちなかったが、本当に可笑しそうに笑っているものだから、つられてこちらまで笑いが込み上げてきてしまう。向日葵畑の上で寝転がったまま二人で笑い続けて、喉が疲れた頃、イギリスが言った。


「なぁ」
「ん?」
「キスしていい?」
「!」


卑怯だ。いつもは余裕なさそうにツンデレしてるくせに、こんな時は格好良いなんて。

そして返事を待たずに口を塞がれる。3ヶ月ぶりの口づけは、気のせいか微かにミルクティーとチュロスの甘い味がした。3秒ほど後に唇が離れて、瞑っていた目を開けると、逆光で影が落ちたイギリスの顔。その表情は優しげとも挑戦的ともとれるように笑っており、至近距離で直視して不覚にも胸が高鳴ってしまった。


「スペイン」
「な、何?」
「もう、元気出たか?」
「っ…!」


嘘だ、まさか、最初から分かっていた?驚いてイギリスの目を見ると、ばーか、って言われて。まだぽかんとしていると、おでこを合わせてまた言われた。


「珍しく何に悩んでんだか知らねーけど、言えることはちゃんと言えよ?」


嘘。そんなことまで分かってしまうものなのか。自分が態度や表情に出過ぎなのか、イギリスが聡いだけか。きっとどちらもだけれど…もしかしたら自分は、もう少し自惚れても良いのかもしれない。
そう、きっと彼は愛の言葉を言うのも忘れるくらい当たり前に、自分のことを好いているのだ。


「……うん、でも」


とある夏の日。少し暑いけれど風が心地良い午後のこと。澄み切った青空と眩しい太陽の下で、背の高い向日葵たちに囲まれながら、自分は今日二度目のキスをして言った。


「もう、言う必要なくなってもーたわ!」



何を問うと言うの
こんなに愛し合ってるのに!




___
さわやかで甘い文を目指しました。どう…なんだろうか。
個人的には向日葵畑に倒れ込んで笑ってる二人を書けて満☆足です(`・ω´・)キリッ





←prev* #next→


戻る
トップ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -