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常々思う。恋愛とはかなり不可思議なものだ、と。境界線は曖昧だし、理解不能で、時に酷く横暴だ。操る事は出来ず、恋する相手さえも自分に選ばせてはくれない。それだけにとても厄介で、なのにやり直しは効かなくて。

だけど、それでも必ず夢中になってしまうのだ。











「ギルの…っ、アホぉ!もー知らん!」


いつもならば絶対に大声で怒鳴ったりはしない。何かされても余程の事で無ければ、相手にもよるが笑顔で許せたはずだ。
だけど今回は違う。相手がギルベルトだからと言う訳では無い。とても許せるような事では無かった…ようだ。


「なっ…何だよいきなり!」
「ちょっとちょっと、どうしたの?」


ギルベルトの右手には、いちごミルクと書かれた紙パックが一つ。中身は空。
そう、それが今アントーニョが声を荒げている原因である。声を聞いて駆け付けてきたフランシスにも、これは中々に理解し難かった。


「俺の机に置きっぱなしにしとく方が悪いんだろ!全然手ぇ付けて無かったし!」
「やからって…全部飲んでまう事…ないやんかぁ…っ」
「なっ…泣く程のことかよ!?」


これはある意味での非常事態だ。あの穏やかなアントーニョが、いや、そうでなくても高校生にもなった男子が、どこにでも売っているようなパックジュースを取られただけで、どうしてこんなに感情的になるだろう。
怒るだけならまだしも、泣き出すのは明らかにおかしい。

そんなことは分かっているけれど、ここで怒っておかないと、どうしても遣るせない気がした。


「まあまあ、落ち着いて。ギルにまた買いに行かせればいいんじゃないの?」
「そんなん…意味ないもん…」
「どうして?」
「やって……あれ…は…っ」


そこまで言って顔に熱が集まるのが分かった。慌てて俯いて隠そうとしても、どうしたのかと顔を覗きこまれる。どうして?そんなの、答えられるはずが無い。

気まずさと羞恥でその場に居ていられなくなって、思わずフランシスを押し退けて教室を飛び出した。呼び止める声も構っていられない。






──これ、やるよ。

いつものように100円玉を入れて、お気に入りのジュースのボタンを押そうとすれば、赤いライトが売り切れという事実を知らせていた。落胆を溜め息に変えて、だったら何にしようか、と思案していると、こめかみに冷たい何かを押し当てられる感覚。

ピンク色の可愛いらしいパッケージのそれは、いつもペットボトルの紅茶を飲む彼が間違えて購入してしまった物らしい。その甘さが特別好きという訳では無かった。しかし、いつものジュースは売り切れで、おまけに100円分浮くなら…。
文句を言いつつ受け取ったのはそれだけの理由だったはずだ。なのに、それらがただの建前に過ぎないと言うことも、心臓が高鳴って仕方がないことも、自分自身までには隠し切れなかった。いや、もしかしたら彼にも悟られてしまったかもしれない。


単刀直入に言ってしまえば、あのいちごミルクはアーサーから貰った初めてのもので、例えそれが形に残らないただの飲み物でも、自分にとっては酷く嬉しいものだったのだ。

昔は気に食わないと言う理由で色々とされたし、それで自分も彼をずっと嫌っていたけれど、時々見かけるようになった笑顔だとか、優しさだとか…そういうのに得も言われぬ感情が沸いてきて。
いつの間にか菊に対する紳士的な態度だとか、フランシスやアルフレッドに見せる気が置けない物言いだとか、そういうことにまで軽い憤りを感じてしまっている自分を発見していた。


「はは…、アホみたいやんなぁ…」


そんな、今でも自分とは決して仲が良いとは言えない彼に何かを貰うなんてことは、類い稀なることなのだ。だから、それを簡単に飲み干してゴミに変えてしまうのは、何だかとても勿体ない気がして手を付けるのが躊躇われた。
しかしその結果、気が付けば紙パックは空で、いちごミルクは既にギルベルトの腹の中だったのだ。

無断で人のジュースを一気飲みする方も大概悪いと思うが、今回ばかりは弁当箱を鞄にしまいながら、いつまでもうだうだと悩んでいた自分にも少しは非があるのだろう。


「ほんと、馬鹿みてぇだな」
「馬鹿て……って、えっ、え、アーサー!?…なんで…」


独り言に返事が来たのに驚いて振り向くと、そこには少し息を荒くしているアーサーの姿。
ここは屋上──は、流石に鍵が掛かっている為、そこに繋がる廊下だ。使われていない物置のような特別教室しか無いので、普段から人気などは殆どしない。
まさかこんな埃っぽい場所に偶然アーサーが、しかも授業中に走りながら通り掛かったと言うのは流石に無いだろう。…つまり自分を追い掛けてきたことは明白だ。


「こ…こんなとこに、何しに」


来たん、と言い終わる前に、何かひやりとしたものを頬に押し当てられた。
やるよ、そう言われて受け取ったそれは、ピンク色の可愛いらしいパッケージをした、あの甘い飲み物だった。


「これ…」


それを見た瞬間に状況を理解できた気がする。──まさかあの論争を見られていたのか。いや、フランシスが余計な事を口走ったに違いない。
それは、つまり。自分の子供っぽさだとか、大人げの無さだとか、…アーサーに対する思いだとか。そういうかなり恥ずかしい余計なことが、全部伝わってしまった、と言うことで。色々な羞恥に顔が赤くなったのは鏡を見なくても明らかだった。


「…っ…!」
「お前馬鹿だよな」
「な、何を…」
「本当のことだろ。ばぁーか」
「なっ…!」

「…お前、」


だって、仕方がないのだ。こればかりは自身でそう簡単に解決できる事では無い。だからと言ってこいつに対して愛想良くて可愛い子になれる訳でも無いし、素直に気持ちを言ってしまうのはもっと無理だ。


「分かりやすいんだよ」


だけど、この憎たらしい似非紳士が視界に入る度に目で追い掛けているのは、面と向かうだけで心臓が早まるのは、──安いパックジュースたった一本に執着してしまうのは…



「…俺のこと好きなんだろ、ばーか」


──かわいらしい女の子でも美しい女性でも無い、憎たらしくてどうにもいけ好かないあの男に、どうしてなのかも分からないまま、恋をしてしまったからなのだ。




だけど、それでも君が好き。
それから押し当てられた唇の感触は、混乱した頭では直ぐに理解できなかった。



―――
初のAPH、そして初の英西です!なんかもう…書いてるこっちが恥ずかしいってね。
私が書くと大概学パロになってるのは何かの才能の一種なのだろうか。

アーサー視点の「ちょっとそこで待っていて。」に続きます。





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