19
「今日さ、お前もメイクしてゾンビ役やれよ。一人くらい増えてもばれねーだろ」
「は?」
「俺が教えてやっからさ。演じる楽しさってヤツ」

俺に芝居は楽しいかと聞いてきた万里さんは、そう言ってにやりと笑った。
なんで俺まで……。まぁ、カンパニーのヤツらを驚かして捕まえんのは面白そうな気はするけど。クソ左京のヤツとか。
準備をしながら万里さんと話してたら、「そうそう、なまえの保護も頼むな。アイツ泣きそうになってそうだし。俺は兵頭捕まえっから」と頼まれた。あー、たしかに怖がってるだろうな。
それにしても、この前映画を観てびびってた時も、秋組のヤツら誰も驚いてなかったし、やっぱ本人が隠してるつもりなだけで怖がりなの普通にバレてるよな。
あの時のことを思い出したら、今にも涙が零れそうな顔で俺を見上げてきた表情を思い出して、また一瞬、動きが止まった。
たしかに、またあんな顔して逃げ回ってんなら、ほかのヤツに捕まる前に俺が捕まえた方がいいよな。……って、それは知らないヤツに捕まったらそれこそアイツが本気で泣きそうだからで!別に俺じゃなくたっていいっつーか、カンパニーのヤツなら誰だって平気なはずだ。
当然のことを考えてるはずなのに、なんとなくもやもやした気持ちが燻った。なんだよ、これ。

「莇、どうかしたか?」
「……いや、わかった。その辺は俺がどうにかする」
「サンキュ、頼むわ」

色々考えたところで、実際、今日は俺しかいねーんだから、俺がやるしかねぇ。
そう思って手を動かしてたら、一時的に発生していたもやもやした感覚はいつの間にかなくなってた。

***

「いやぁぁ!来ないでぇー!」

ゾンビの演技をしながら目に入った参加者を捕まえつつなまえを捜してたけど、うまくどこかに隠れでもしてるのか、案外見つからなかった。それがやっと見つけたと思ったら、誰かに追いかけられてんだから、ちょっと焦った。
……ほんとに泣きそうになってんじゃん。
必死に走ってんだろうけど、ゾンビ役のヤツのが足が速い。捕まんのも時間の問題だ。なまえが捕まる前に追いつかねぇと、となまえが向かっている方へと急ぐ。
チッ、ここからじゃ回り道しかねぇ。仕方ねぇから、ここから飛び降りっか。
あの角から出れば、丁度走ってるなまえと出くわすだろう。

追われる側より追う側の方が余裕があるのは当然で、俺が横から出てった瞬間なまえを追いかけてるゾンビと目があったから、俺が捕まえると目で合図をしてからアイツの方に手を伸ばした。引っ張る力が思ったより強くなって、痛くしたかもって不安になったけど、なまえはされるがままに引っ張られて、フラフラしながら足を止めた。
全力で走ってたからか、髪も乱れてボロボロのなまえが息を切らしてるのを見て、なんでかちょっとホッとする。
頼りねぇ姿のコイツをちゃんと俺が捕まえられて、よかった。……ほかのヤツじゃなくて、俺で。

「捕まえた」

安堵の気持ちのままそう呟けば、顔を上げたなまえの、予想通りのはずの泣きそうな、潤んだ瞳に、息が止まった。こういう顔してることくらいわかってたはずなのに。
次の瞬間、なまえの顔が一気に強張った。

「ぎゃあああああ!」
「うわっ」

あー、そっか俺がゾンビの姿してるからか。
ぶんぶん腕を振って、全身で拒絶するなまえの名前を呼んだらようやく俺が誰かわかったみたいで、突然大人しくなった。つーかマジで、大人しくなりすぎってくらい静かになったな。物珍しそうになまえがじっとこっちを見てくるのが、居心地悪くてそわそわする。さっきみたいに怖がられて逃げようとされんのよりはずっとましだけど。
そのなまえの目が、やがて俺が握ったままのなまえの腕のところで止まったから、自分達の状態に気付いた俺は慌てて自分の手を引っ込めた。
違う、これは相手を捕まえねぇといけねーから掴んだのであって、別に手を繋いでたとかじゃねーし、悪気は……!
意味のない言い訳を頭のなかで連ねたところで、ほのかに手に残る熱に、罪悪感のようなものを感じて唇をきつく結ぶ。腕細すぎじゃね?とか、つい思ってしまう思考は意識して放棄した。

「つ、捕まったんだから、さっさとあっち行くぞ」
「あっ、待って莇くん!」

焦ったような声に足を止めたら、俺の後ろでなまえが安心したように笑うから、なんかその笑顔がくすぐったくて、心臓の辺りがムズ痒くなった。

***

「莇。手、擦りむいたのか?」
「ああ、二階から飛び降りた時に、ちょっと擦った」

なまえを追いかける時だな、と思い返しながら、大したことないからいいと絆創膏をくれようとする臣さんの申し出を断る。なんつーか、この人は……この人が苦手っていうより、正直、どうしたらいいのかわかんねぇっつーか……うまく、いかねぇ。ごちゃごちゃする。

「じゃあ、絆創膏だけでも貼って――」
「だから、別にいらねぇって言ってんだろ」

つい乱暴に臣さんの手を振り払って、即座に顔を顰めた。
……違う。
こうしたかったわけでも、こんな言い方がしたかったわけでもねぇ。
ままならない自分の言動にイラついてるところにクソ左京が煩く口出ししてきて、更にイラつく。

「なにやってるのー?」

そこに呑気な声でやってきたのは席をはずしてたなまえで、両手にチュロスを持ってる。なんでだよ。
九門が、俺が手に怪我したって伝えたら、目を大きく見開いたなまえが「大丈夫!?」と詰め寄ってきた。「絆創膏いる!?」だのなんだのと、必死な顔してんのはいつも通りだけど、今の状況だとさっき臣さんに心配されてたのと被って、イラついてた気分も収まりきらないままに拒絶するように身体を背けた。

「そういうのいいから」
「あ……うん。ごめんね」

自分が思ったよりも冷たい声が出たことに驚きながら、後悔に似た感情がじわりと滲む。
違う。こういう言い方をしたかったわけじゃねぇ。
「うるさかったね」と背後から聞こえる声はあからさまに気落ちしてて、ずしりと体の中に重い石が入ったような感覚がした。
謝らせたかったわけでもねぇ。ただ――

ただ、なんかこういうの、苦手だ。

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