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「莇くん……」

中庭で志太と電話した後、左京がいる部屋には戻りたくなくてチルってたら、物陰からすげー暗い顔したなまえがこっちを覗いてきた。……なんだあれ。

「あのね、今回の舞台について聞きたいんだけど」

綴さんが書き上げた、舞台の脚本。俺は主演で、アベルっていうアンデッドの役をやることになってる。稽古はもう始まってて、まあまあ問題なく進んでる、と思う。初めてだし、その辺はよくわかんねーけど。

「怖い?」
「は?」
「お話とか、メイクとか……。怖い?怖くする予定、ある?」

これでもかってくらい眉を下げて不安そうな顔をするなまえに、そういえばコイツは怖いものが苦手だったと思い出す。

「つづるんの脚本だから絶対面白いのはわかってるんだけど、アンデッドの話って聞いて、今回のはまだ読めてもないの。それで、メイクとかもどうなるのかなって思って……」

「莇くんの初めての舞台だし、しかも主演だし、メイクだって莇くんの担当だし、すっごくすっごく楽しみなのに、怖かったらと思うとね」なんて涙目で話すなまえは、相変わらずなんてことないことで必死になる。
それを見て、そんな顔してんじゃねぇって、眉間に皺が寄った。普段から表情をころころ変えるヤツだけど、こんな風に不安気な顔をすることは少ないからか……なんつーか、胸の辺りがざわざわして落ち着かねぇ。

「そんなグロくする予定ねーから」
「そうなの?目玉飛び出したり、血がドバドバだったりしない?」
「どんだけ怖いの想像してんだよ」

普通にダメだろと笑えば、なまえは「よかったぁ」と力が抜けたように笑った。ほんと、どんだけホラーなもの想像してたんだ、コイツ。

「まぁメイクは当然本気でやるから、ハンパなものにはしねーけどな」
「うっ……怖くなければ、大丈夫だから……!」

「でも台本読む時は東くんに隣にいてもらおう」と続いたなまえの言葉が、やけに引っかかった。
コイツと東さんが仲良いのは知ってる。知ってるけど……それ、わざわざ東さんを呼ばなくたって、傍にいる相手が東さんじゃなくたって、いいだろ。

「……別に今でもいいんじゃね」
「え?」
「台本。俺も、読もうと思ってたし」
「一緒に読んでくれるの!?」

ぱぁっと目をキラキラと輝かせたなまえは、台本を持ってくると言って大急ぎで寮の中に走って行った。いや、俺も手元にないんだけど。
腰を上げて、台本を取りに部屋に戻る。
あんなに嬉しそうな反応が返ってくるとは思わなかったから、びっくりした。別に、だからどうってことはねーけど。……ねぇけど、でも、なんとなくさっきより気分が良くて足取りが軽いのは、きっとアイツの素直な反応に少しだけ影響されてるせいだ。

「怖くなかった!楽しかった!」と台本を読む前とは反対に目をキラキラさせたなまえが嬉しそうに俺達が舞台に立つのが楽しみだって言うから、「ま、期待しとけよ」と返しておいた。
手を抜くつもりなんて元々ねーけど、コイツがあまりにまっすぐな、信じきった目で笑うから、明日の稽古は今日よりうまくいくような気がした。

***

「太一、諦めろ」
「い、嫌ッスー!」

役作りのためにゾンビものとか、いくつか映画を観ることになった。左京の選んだヤツっていうのは気に入らねぇけど、アイツが色々観てんのは事実だからな。それぞれ好きなものを選んで観ることになってるけど、太一さんが怖いって渋るから、成り行きで全員で映画を一本観る羽目になった。六人テレビを囲んで観んのとか、狭いし見辛い。しかも大柄なヤツが多いし。万里さんも似たような文句を言ってたけど決定は覆らず、本当にこのまま観るらしい。仕方なく少し距離を取って、画面を見つめる。
観るのは、全員観ておけって言われたアンデッドの映画だ。つい特殊メイクに目がいきがちだけど、今のところ話はなかなか面白い。稽古で自分でも動いてるから、動きを見るのが勉強になるっていうのもわかる。太一さんがびくびくしてるのが若干可哀想だけど。
アンデッドが次々と人に襲い掛かり始めて、主人公の前にも――

「きゃあああ!!」
「うわああ!?」

突然響いた悲鳴につられて、太一さんが大声をあげる。驚いて後ろを振り向くと、なまえがこっちを見て青い顔をしていた。テレビからは、続々と現れたアンデッドの声が聞こえてきて、なまえの顔がどんどん歪んでいく。
「やだぁ」と泣きそうな顔をしたなまえは、画面から逃げるように、その場で蹲った。

「おい、大丈夫か?」

一番近くにいた俺が立ち上がってなまえの傍にしゃがんだら、「あざみくん……?」と弱々しい声で名前を呼ばれる。助けを求めるように俺の袖を掴んだなまえに驚いて腕を引きそうになったけど、寸でのところで堪えた。

「なんでこんな怖いの観てるのー」
「役作りのためって左京が持ってきた」
「えぇ……怖すぎるよぉ……」

まだ映画は流されてるみたいで、「ヒィ!」と太一さんの声があがるのと同時に、なまえの肩がびくりと揺れる。クソ左京とか臣さんの声が聞こえて――なまえもこの状態だし、ひとまず映画は一時停止にしたっぽい。ひでぇところで止まってんな。まぁ万里さんが指摘してるから大丈夫か。

「いったん止めたから、もう顔上げても平気」
「……ほんと?」

俺の袖を掴んだままゆるゆると顔を上げてこっちを見たなまえの目は潤んでいて――

「は、」

その顔に一瞬、息が詰まった。
泣いてはいないものの、目元も頬も赤いなまえと見つめあったまま、……動けねぇ。

「なまえ、平気か?」
「驚かせてごめんな」
「なまえチャン、ごめんッスー!」

十座さんと臣さん、太一さんの声にハッとして、なまえが俺の袖から手を離した。

「だ、だだ、ダイジョウブ! けどびっくりするから今度から貼り紙して!」
「怖いの見てますってか?」
「大袈裟だろ」

問答無用で却下した左京に、なまえが唇を尖らせて詰め寄る。その姿はいつも通りのなまえで、何故かその様子にホッとした。
クソ左京のヤツ、口ではああ言ってるけど、多分次からは貼り紙、すんだろうな。そうわかることが気にくわなくて、違うことを考えようとしたらさっきのなまえを思い出して、また一瞬、動けなくなった。

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