それはきっと一つの家族
「どうしたら至さんを引き留められるか、考えよう」
至さんが出ていった後、稽古場に残った咲也くんが放った言葉に、綴さんとシトロンさんが頷く。やめたければやめればいいと言っていた真澄くんも、それに反対するつもりはないようだった。
その姿を見てホッとする。誰も諦めるつもりなんてないんだと。
……そう、私だって諦めちゃダメだ。役者でも何でもないけれど。
あの劇場がまた沢山のお客さんで、そしていっぱいの笑顔で満ちるのが見たい。それに今はなにより、この五人が舞台に立つ姿が見たい。
「あのね」
四人から一歩引いたところから、皆に話しかける。
「私、至さんの話を聞いてすごくショックで、びっくりしたの。だってずっと、至さんは春組の一員ってことに何の疑問も違和感もなかったから。これは私が勝手に思ってるだけかもしれないけど……至さん、ああ言っていたけど、皆のことが好きだからこそ迷ってるのかなって思うんだ。だからきっと、皆の心からの言葉なら受け入れてくれると思う」
「名前ちゃん」
「私に出来ることなんて全然ないかもしれないけど、もしも何か出来ることがあったら言ってね。この五人で舞台に立ってほしいって、ずっと思ってるから」
私より、皆の方がずっとちゃんと至さんのことを知ってる。だから私が言わなくたってわかってるかもしれないけど。でも、ちゃんと自分の気持ちを伝えておきたかった。
「ありがとな」
「でもアイツ、口で言っても頷かなそう」
ひねくれてるし、と言う真澄くんに、あははと乾いた笑いが出た。なんとなく否定出来ない。
「何か、至さんに俺達と演劇をやりたいって思ってもらえる方法を考えないと」
「やっぱりエンターテインメントが大事ネ!」
「そうだな……」
真剣に話し合う四人の姿に、ぎゅっと胸が詰まった。
ねえ、至さん。皆、こんなに真剣に至さんのこと考えてるよ。五人でやりたいって、皆が思ってるんだよ。
どうか、その想いが伝わりますように。
***
『待ってよ、お父さん!』
あ、始まった。
翌朝、玄関の方から聞こえてきた真澄くんの台詞に、クスッと笑いがこぼれる。昨日あれから皆が散々話し合いをしたけれど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。
綴くんが長男で、次男の咲也くんに、三男の真澄くん。母親役のシトロンさんとで、酒癖もギャンブル癖も直らない父親の至さんが家を出ようとするのを引き留める、というストリートACT。急にやられたら至さん、びっくりするだろうなあ。……どんな反応、するかな。
気になって顔を出せば、至さんが口を開けて笑っていた。わ、あんな風に笑うの、初めて見た。
「オレ達が演技で至さんを本気にさせてみせます。一緒にやりたいって思ってもらえるように」
信じて下さい、と必死に語りかける咲也くんを至さんが真剣な顔で見つめ返して――微笑む。
「わかったよ。とりあえず、ロミジュリまではやってみる」
決して大きな声で言われてないはずの言葉は、それでも私のところまでしっかりと届いた。
よかった……!
わっと春組の皆が声を上げているところに、小走りで駆けていく。
『パパ、ありがとう!』
「は?名前ちゃんまでいたの?」
「最後の一押し役っす」
もしなかなかうまくいかず長引いたら登場してくれと言われていたけれど、その必要が無くてよかった。
綴くんの説明を受けて、自分の設定を伝えておく。
「咲也くんの双子の妹です」
同級生だからね。
『パパ大好き』
「それ、かなり複雑……いや悪くはないな」
真剣な顔で頷いた至さんに、なんですかそれ、と笑う。
これで新生春組五人、皆揃って舞台に立てるんだと思ったら、改めて今この状況が奇跡のように感じて、私は嬉しい気持ちをそのまま笑顔に乗せながら、五人の姿を見つめた。