はじまり、はじまり

「佐久間くん、大丈夫?」

私の質問に佐久間くんは少しふしぎそうな顔をしてから、「うん!」と頷いた。まっすぐな瞳。心から嬉しそうな笑顔。
劇場はガラガラ。衣装も、大道具も小道具も、まともに用意されていない。
それでもとっても嬉しそうに、楽しそうに笑う彼の笑顔には一点の曇りもなかった。ただただ、舞台に立てることが嬉しいのだということがひしひしと伝わってくる。
余計なことを色々と気にしているのは、私の方だ。
以前のこの劇場の賑やかさや楽しさ、沢山の人々の笑顔と、舞台の上で誰よりまぶしく輝く役者たちの姿をおぼろげながら知っているから。比べるのは、違うとわかっているのに。

気持ちを切り替えて、佐久間くんに負けじと笑顔を向ける。この眩しさには敵う気がしないけれど。

「私も微力ながら協力するから!応援してるね」
「ありがとう!苗字さん」
「じゃあ私はそろそろ準備に行くね」

佐久間くんに手を振って、自分の持ち場へ向かう。照明のやり方、ちゃんと支配人に教わったし。点けるだけといえばそれだけだけど、私がトチるわけにはいかないからちゃんとタイミングとか間違えないようにしないと。

今日はMANKAIカンパニーに入ったばっかりの、佐久間咲也くんの初舞台。
正直お客さんなんて見込めないし、舞台としても出来上がってるとは言い難い。それでも、ここから少しでも何かが始まればなんて夢みたいなことを願いながら、私は潰れかけの、無人の劇場を見渡した。
小さい頃に訪れた、あの日のきらきらした舞台。その幻想を今も抱いて、遠い日の光を追っている。
役者でもなければ劇団関係者でもない私が夢を抱くのはお門違いと知りながらも。
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