Sweet | ナノ


▼ 21

「お父さんとお母さん、銀泉会のこと知ってたよ。というか、恩人だって言ってた」
「恩人?」
「お父さんが前に怖い人達に脅されてたところを助けてもらったんだって」

私はお父さんがオヤジ狩りに遭いそうになっていたという事実に驚いた。オヤジ狩りじゃないってお父さんは否定していたけど、要はそういうことだろう。お母さんも同意していたし。
銀泉会って知ってる?と聞いてみただけなのに、まさかそんな話を聞くことになるとは思わなかった。でも、親が銀泉会に、悪いどころか、かなり良いイメージを持っているのを聞いてなんとなくホッとした。

「見た目も口調もおっかなかったけど、すごく親切にしてもらったって、お父さん感激してたよ」

最初こそびっくりした顔をしていた泉田くんだけど、私の話を聞いて「そんなことあるんだな」って呟いた。その表情がどこか誇らしげというか、嬉しそうに見えて、私も嬉しい気持ちになる。
お父さん達の抱く良いイメージに安心して、そこの家の子と仲良くなったと話したら、それまで興奮気味だったお父さんはちょっと難しい顔になって心配を口にした。お母さんも同じようなことを言いつつ、急に興味をそそられたようでお父さんと入れ違いに表情をキラキラさせた。なんだったんだろう、あれ。

「そうそう、それでね、これ」

鞄から封筒を取り出して泉田くんに差し出すと、不思議そうに「なんだ、これ?」と尋ねられる。

「お手紙をしたためました」
「は?」
「この間の舞台の感想、少しでもちゃんと伝えたくて」

泉田くんは驚いたような、戸惑った様子を見せながらも、手紙を受け取ってくれる。私お気に入りのレターセットの封筒と泉田くんの組み合わせは、なんだかアンバランスでちょっとだけ笑ってしまう。

「ファンレター、だね」

全然、大層なことは書けてないし、上手にまとまってもない。でも、精一杯書いた。
ラブレターとかじゃなくて、ファンレター。両方、気持ちを伝えるものだけど、多分ファンレターは、ラブレターよりも少し遠いものだと思う。

「この前の公演を観て、泉田くんってすごいんだなって、本来は私からずっと遠い人なのかもって思っちゃった」

暗い気持ちで言ってるわけじゃないことを伝えようと、なるべく明るい声で言う。ただ、本来は遠くにいるはずの人なんだろうなって自覚したことだけを伝えるように。それでも仲良くしてくれて嬉しいよって続けるつもりで。抱いた寂しさなんて、知らんぷりをして。

「家じゃなくて、芝居でそれを思うのかよ」

家?と思ったけれど、それより、あからさまに眉を顰めた泉田くんに気を取られる。

「俺が舞台に立ってて、苗字が客席に座ってるからって、それが何かの隔たりになんかなるわけねぇだろ」

どこか怒ったような、必死なような顔に、びっくりして、心臓がぐっと掴まれたような感覚がした。泉田くんの表情に、胸が痛くて、苦しくなる。

「そもそも、客がいなきゃ、舞台だって出来ねーし、」
「あ、うん、そうだね」

どこかぽかんとしながら、相槌を打つ。
びっくりした。泉田くんの反応も、表情も、意外で。
そんな私のぼんやりとした態度に気付いて、泉田くんがじっとこちらを見つめる。どうしよう、泉田くん、怒ったのかな。

「……わかってんのか?」
「ごめんね」

情けなくて、泣きたい気持ちでしょんぼりしながら謝れば、泉田くんも気まずそうに眉を下げる。

「俺も、ムキになった。悪い」

苦々しい顔をしている泉田くんに、なにかあったのかな、と心配になる。いつもとどこか様子が違うから。そうは思っても、私は泉田くんを見つめるばかりで、聞く勇気が出ない。

「苗字が公演観に来てくれて、嬉しかった」

小さく、呟かれた言葉に、「え」と声が零れる。
その一言が、光のようにパッと私の心を一気に明るくした。私が行ったの、嬉しいって思ってくれたんだ。

「私こそありがとうっ」

行けて本当に良かった。手紙に書いたのと同じようなことになってしまうけれど、その気持ちを一生懸命伝えていたら、泉田くんが突然笑いだした。

「苗字、必死過ぎ」
「だって、本当に良かったから!泉田くんすっごくかっこいいし!」
「! そ、そういうこと、気軽に言うな!」

それまで笑っていたのが、急に真っ赤になって叱ってくるから、私もつられて赤くなりながら、「だって、ほんとだし」と反論する。なんだろう、妙に恥ずかしい。でも、恥ずかしいついでに、もう一つ伝えておこう。

「あと、さっき泉田くんが言ってくれたことも、嬉しかったよ」

舞台、すごく良くて、素敵で、だからこそ泉田くんが遠い人に感じた。でも、そうじゃないって。
それって、これからも普通に一緒に図書館で勉強したり、一緒に帰ったり、していいってことだよね。
泉田くんがそう言ってくれたのが、遠い人って思ったのを否定してくれたのが、嬉しかった。

「私、こうやって泉田くんの隣に立ってていいんだよね」

少し目を泳がせて、「まぁ」と言いながらこくりと頷いた泉田くんに、笑顔が零れる。そんな私を見て、泉田くんは困ったような顔をしながら、それでも小さく微笑んだ。
その顔に、ドキッと胸が高鳴った。

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