Sweet | ナノ


▼ 18

どこか落ち着いて話せる場所に行こうということで、私達は近くにあったカフェに入った。泉田くんは前みたいにブラックコーヒーを頼んで、私は期間限定のジュースを注文する。
飲み物を飲んで一息ついてから、泉田くんはぽつぽつと話し始めた。将来はメイクアップアーティストになりたいこと。劇団で役者とヘアメイクを兼任していること。家がヤクザだという話には、だからこの前、喧嘩を売られていたのかなあ、と思いながら「そうなんだ」と返したら、拍子抜けしたような反応をされた。

「ぜってーわかってねーだろ」
「うーん、確かにあんまりピンとは来ないけど」

ヤクザって実際どんなことをしている人達か、知らない。入れ墨とかあって、あと金色のアクセサリーをジャラジャラつけてそう?なんて、これじゃあ仕事どころか、外見のイメージしかない。
私のぼんやりとした印象に、泉田くんは「そうじゃなくて。家がって言っただろ」と言う。親がヤクザってことかあ、と私は思っただけだったけど、家が、というのは単にそういうことではないらしい。お父さんが会長なのだと続けた泉田くんに、「かいちょう……」と復唱する。

「ってことはボス!?」
「ボスって……まーそういうこと」

あれ?ということは、さっき聞いた話と合わせると……。

「泉田くん、兄弟いたっけ?」
「いや」

いない、と否定する泉田くんに、私は一気に不安になる。
ヤクザとか、そういう世界のことはよくわからない。ドラマや映画の知識だけど、でも……。

「じゃあ跡継ぎ問題とか、あるの?泉田くん、せっかく夢があるのに……」

既にしっかりとした将来の夢があるなんて、すごいと思った。絶対にこれになりたいとか、そのために今から努力していることなんて、私はまだないのに。メイクアップアーティストになりたいと言った泉田くんの目は真剣で、かっこよくて……すごく、尊敬したんだ。だから、ヤクザの偉い人の一人息子と聞いて、それを心配した。
それなのに、泉田くんはびっくりしたような顔をして、それから、何故か笑った。

「苗字って案外すごいな」
「え?」
「意外と強いってゆーか、ちょっとズレてるってゆーか」
「褒めてないよね?」

一見褒めているようで、けなされている気がする。

「跡目を継ぐ話は……まあ色々あったけど。今は親父も、俺の夢のことも、劇団のことも認めてくれてる」
「そうなの?よかった!」

泉田くんの言う「色々」は私が考えられるようなものよりずっと大変な色々だったのかもしれない。けれど、その答えにホッとしたら「ありがとな」とお礼を言われた。……どうして、お礼?

「普通最初に心配するの、そこじゃねーし」
「そうかな」
「そうだろ」

小さく笑ってから、ふ、と息を吐いた泉田くんが目を伏せる。

「ヤクザの家の息子とか聞いたら、大抵はひくだろ」
「うーん……でも泉田くんがどんな人かはもう知ってるからそんなに……。たとえば、今急に私のお父さんが大統領なんだよって言ったら、泉田くんの私への印象ってそこまで変わる?」
「まず、なんで日本にいるんだって思う」
「あ!間違えた!」

日本に大統領はいない。今日、友達とアメリカの歴史の問題を出しあってたから……!
なんでよりによって今それを間違えたの、と恥ずかしさでいっぱいになっている私を見て、泉田くんが笑う。

「苗字が言いたいことはちょっとわかった」
「なら、よかった、です」

恥ずかしさごと飲み込もうとするみたいに、ごくごくとジュースを飲む。
その冷たさで頭も冷めたのか、さっき泉田くんの話を聞きながら思ったことを思い出した。

「私、高校に入ったら色々な舞台を観に行きたいんだけど」
「言ってたな」

覚えててくれたんだ。
驚きと嬉しさで、心臓の辺りがくすぐったくなる。

「最初に観るのは絶対、泉田くんの出る舞台がいいなって決めた」
「なら、進学祝いにいい席取ってやるよ」
「わ、やった!」
「ただし、進学できなかったらチケット返せよ」
「それは流石に大丈夫、なはず!」
「そこは絶対じゃないとやべーだろ……」

それなら勉強、すっごく頑張れそうだ。
嬉しさを堪えきれずににまにま笑っていたら、泉田くんも小さく微笑んで、コーヒーを飲む。
よく笑ってくれるようになったなあ。
ふとそんな風に思ったら、胸がぽかぽかと温かくなった。
泉田くんの舞台を観られることは勿論とても嬉しいけれど、それだけじゃない。泉田くんのことをもっと知れて、前よりももっと近付けたような気がするから。だからこんなに嬉しいんだ。

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