私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
制限時間内に、バスケットゴールにいくつボールを入れられるか。昔ながらのゲームをやっている人を見て、「万里くん、ああいうの全部入れられそう」と呟けば、「まぁな」と隣から返事がきた。まぁな、なんだ。流石に全部は無理だろ、とかじゃないんだ。
遊び終えたその人がゲームを離れていくのを見て、「やってみっか」と万里くんが言うのは、私でも予想出来たことだ。

「ひえー、鬼」
「誰が鬼だよ」
「だって、本当に全部入ってるよ!?」
「出来るって言ったろ」

話しながら、万里くんは転がってきたボールを拾っては投げ、拾っては投げ、を繰り返す。曲線を描いたボールは、どれもがゴールへと吸い込まれていって、まるでそこにだけ重力でも発生しているみたい。
終了の合図が鳴ると同時にこちらを振り返った万里くんが、「どーよ?」と笑ってくるから、いつもより無邪気な笑顔を向けられた私は素直に、「かっこいい、です」と答えるしかなかった。万里くんが今日もかっこよくて、今日もずるい。

「名前もやってみろよ」
「できるかなぁ」

万里くんの後って、万里くんがすごすぎるから一周回ってプレッシャーがないなあ、なんて思いながら、小銭を入れる。転がってきた柔らかいボールをしっかり持って、私はゴールポストを見据えた。


「えーっ、なんでこんな入らないの!」

時間制限があると思うと慌てちゃって、まともにゴールを狙えない。さっきから、大分適当にボールを投げてばっかりだ。全く入らないわけじゃないけれど、惜しいのに入らない、が多すぎてショック。

「しゃーねぇな」
「わ、」

後ろから万里くんに腕を掴まれる。私が構えていた場所よりも腕を少し高くされて、万里くんの合図と共にボールを投げた。

「……入った」
「こんな感じ」
「万里くんすごい。もう一回やって」

私のおねだりに、頭の上からクスリと笑うのが聞こえた。

「りょーかい」


終了の合図が鳴って、落ちていたボールがコロコロとゲームの奥へと転がっていく。私が手に取ったばかりだったボールを転がすと、それは他のボールと一緒に片付けられていった。
なかなかテンパってしまったけれど、万里くんに教わってからは、ちょっとはマシになったと思う。それにしても、万里くんが一緒にボールを投げてくれる時は必ずゴールに入ったから、やっぱり万里くんって意味のわからないすごさがある。
万里くんよりもずっと低いけれど、自己評価としてはそれなりな点数を見つめてから、万里くんにお礼を言おうと元気よく振り向く。

「万里くん、ありが……っ!」

勢いが良すぎたのか、ぽすん、とそのまま私は万里くんの胸にダイブしてしまった。
万里くんが私の後ろに立って補助してくれたってことは、相当近いところにいたんだ。あまりに一生懸命で、そのことを失念していた。

「……」
「ひゃ!?」

まるで抱きつくみたいに万里くんにくっついてしまった私の背中に、万里くんが腕を回してきて――これ、ほんとに、抱きしめられてる……!?
万里くんの温もりに包まれて、言葉が出なくなる。ただでさえ混乱しているのに、ぎゅっと万里くんが私を抱きしめる腕に力を入れたから、驚きで、息が止まった。
……と、それはほんの一瞬のことで、すぐに腕を解かれ、万里くんの身体が離れる。

「残念だけど、こんなとこでイチャついてるわけにはいかねーからな」

苦笑した万里くんに、そういえばゲームセンターのなかだった、と思い出した。
びっくりした……。
動揺で真っ赤になって俯く私の頭を撫でて、「次、あれやるか」っていつもの調子で話してくれるから、少し、ホッとする。やっぱり万里くんは優しいな。
歩く時に、そっと万里くんの袖を握ったら、すぐにそれに気付いた万里くんの手でやんわりと解かれて、私の手が握るのは万里くんの手に変えられた。


「ここでこっちのボタン押して、んで、こう」

私の手に重ねられた万里くんの手が、器用にクレーンを動かす。目当てのものを掴んだクレーンは、いいところまで景品を移動させた。それは嬉しいけれど……。
さっきから耳元がくすぐったくて仕方ないのは、後ろにいる万里くんが耳元で話すからだ。

「……万里くん」
「ん?」
「さっきから、わざとやってるでしょ!」

さっき別のゲームをやった時も、今も、やたら近いし、教えるためにとわざわざ後ろに回ってくる。絶対に全部わざとだ!こっちはドキドキしていっぱいいっぱいなのに!
キッと万里くんを睨んだら、万里くんは悪びれずに「バレてた?」なんて聞いてくる。

「またさっきみたいなご褒美もらえねーかと思って」
「ごっ」

ご褒美ってなに!
叫びそうになるのを抑えて、ついでに真っ赤になった頬も両手でおさえた。

「万里くんのばか」

目の前のクレーンゲームからは、聞き慣れた大きめの電子音が流れている。私は一旦続きのお金を入れるのをやめて、すぅ、と大きく息を吸った。
ドキドキ煩い自分の心音を聞きながら、とん、と軽く万里くんに寄りかかってみる。さっきみたいに正面からは、まだ恥ずかしいけれど。
ちらっと見上げたら、万里くんが珍しくぽかんとして私を見ていた。目が合った瞬間、ハッとした顔をして、片手で口元を隠す。
……もしかして、万里くん、照れた?
さっき自分でああ言ったくせに。そう思いながら、嬉しいそうなくすぐったいような気持ちがして、きゅ、とまた万里くんの袖をつまむ。
すると万里くんの手が肩に回って、身体を引き寄せられた。わ、びっくりした。
笑ってるけど、なんか怒ってもいる?

「名前、マジ、可愛いのもいい加減にしろよ」
「えっ」

なに、その文句。

prev next
back

- ナノ -