私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
鍵を開けて、家に入る。その間も万里くんが私の背中を支えていてくれるから、安心するような、ドキドキするような、大袈裟だよって笑いたいような気分で、背中の手に気を取られて少し手間取ってしまった。
「お邪魔します」と律儀に口にした万里くんは、「今の家はこんな感じなんだな」と物珍しそうな顔をする。
そういえば、小さい頃はよくうちにも遊びに来ていたっけ。でも、あの頃の家の様子も覚えてるの?すごいなあ。
ぼんやりと万里くんを見つめていたら、部屋はどこかと聞かれたので、案内する。ちゃんと掃除しておいて良かった……!

「ごめんね、折角来てくれたのにお構いも出来ず……」
「病人が何言ってんだよ。いいから寝てろ」

呆れたように言われて、こくりと頷く。けれど部屋の真ん中で突っ立ったまま動こうとしない私に、万里くんが怪訝な目を向ける。

「どうした?」
「あのね、着替えたい……」

制服で寝たら、しわくちゃになっちゃう。その意味を込めて万里くんを見上げたら、「ああ」と苦笑して、私の頭を一度撫でてから部屋を出ていった。
なに、なんで今撫でたの。
ぽわんとするのは、熱でも出てきたからだろうか。そうだったら困るなあ。寝不足なだけのはずなんだけど。とにかく、早く着替えて寝よう。
いそいそと着替えて布団に入る。私しかいない部屋は無音で、万里くんどうしちゃったのかな、と不安になる。不安というか、心細いというか……寂しい、というか。
でも、大声で万里くんを呼ぶわけにもいかないし、そもそも今そんな元気ないし、だからといって布団から出るのも身体がだるい。
悶々としていたら、ドアがノックされる。それだけで、ぱっと気持ちが明るくなった気がした。

「入るぞ」
「どうぞ」

よかった、帰ってなかった。ううん、さっき万里くんが私の部屋に鞄を置いていったから帰ってるわけないのはわかるんだけど、ホッとしてしまう。

「テキトーに飲み物持ってきた」
「えっ、ごめんね、やらせちゃった」

申し訳なくなるけれど、万里くんが「勝手に人ん家の台所漁る方が悪いだろ」なんて笑うから、つられて笑って心が軽くなる。

「体温計は流石にどこにあんのかわかんなかったけど」
「大丈夫だよ、後でちゃんと自分で取りに行くから。それに、熱もないと思うし」
「風邪のひきはじめとかじゃねーの? ちょっと確かめるぞ」

万里くんの手が私のおでこに添えられる。自分のおでこの温度と比べて、眉を顰めた。

「俺のが高くね?」
「平熱が万里くんのが高いんだと思うよ。私、多分寝不足なだけだもん」
「それさっきも言ってたけど、お前寝不足でこんなふらふらになんのか?」

厳しい顔で聞かれて、息を呑む。

「普段は違うよ……」

いちいち寝不足でこんなことになっていたら大変だ。そんな病弱ではない。
それをわかってもらえるように、貧血もあったのかもとか、学校だって普段全然休まないんだよと思いついたことを一つ一つ挙げていたら、「わーったって」と笑われる。その顔に安心して力が抜けたら、一気に睡魔が襲ってきた。
ふあ、とあくびをした私を一瞥し、万里くんが鞄を肩にかけて立ち上がる。反射的に、「帰っちゃうの?」と聞いてしまった。
こんなの、まるで帰っちゃ嫌だって言っているようなものだ。万里くんは学校があるのに。引き止めるなんて、しちゃダメなのに。
すると、万里くんが「帰らねーよ」と笑った。

「ちょっとコンビニ行ってくる。何か欲しいもんあるか?」
「んーと、ゼリーとか、軽く食べられるものがほしいかな」
「りょーかい。鍵借りるな」

出かけようとする万里くんをじっと見つめていたら、「んな顔するなよ」とUターンして私の傍に来てくれる。そんな顔って、どんな顔だろう。

「すぐ帰って来るから、いい子で待ってろ」

ふわり。優しくおでこを撫でられて、気持ち良さに目を閉じる。
子ども扱いをするかのような台詞とは裏腹に、万里くんの言い方が、なんというか、甘くて、その声色にドキッとした。その気持ちを誤魔化すように、口元まで布団で隠す。クスリと万里くんが笑ったのがわかって、そうして、頭から彼の熱が離れる。
万里くんが出ていった部屋に私はまた一人になったけれど、今度はそんなに寂しさを感じなかった。

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