※注意

・莇R「冷笑の夜叉」があまりに好きで書いたあやかしパロです。
・見た目だけはカードに寄せていますが、バクステ等は関係のない、完全捏造ファンタジーです。
・あやかしについても、伝承とはまったく関係のないお話になっています。

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祖母の家にある簪を私が見つけたのは、その時の記憶がないくらい昔のことだ。幼い私は、古ぼけた簪を大層気に入ったらしい。不思議なもので、その気持ちだけは成長した今でも変わらない。
淡い緑色のトンボ玉と錆びた鈴がついた簪は、細工もされているようだけど磨耗していて何が彫られているかまではわからない。鈴は、中に何も入っていないのか、振っても音は一切鳴らなかった。
どれくらい古いものなのかを祖母に聞いたら、江戸時代って聞いたわ、と笑って言われた。聞いた当時はわからなかったけれど、今となっては、そんなこと有り得ないとわかる。なのにどうしてそんな変な話があるのか、それとも祖母が思いつきで言った、口から出任せだったのか。まぁ、ただ聞いてみただけなので、なんでもいいのだけど。
「大きくなったらなまえにあげるわ」と言われた通り、簪は十五の誕生日に私に譲り渡された。
簪をもらう時に、これは人を守ってくれるものだから、しまいこむのではなく出来るだけ持ち歩いてほしいと言われた。何から守ってくれるんだか。「あやかしからだって」と母がさして興味無さそうに言うので、きっとそう聞いて育ったのだろう。江戸時代といいあやかしといい、変な噂がある簪だ。そもそも、うちはそんな大層な伝説がついて回るような歴史あるお家柄でもなんでもないというのに。
でも、私はやっぱりこの簪が好きで、ついでに謎の我が家の噂話も嫌いではなくて、言われた通り簪はいつも鞄に入れて出掛けるようにしている。流石に古すぎて身につけることは出来ないから、入れ物に入れて。


いつもの帰り道を時々夜空を見上げて歩く。今日の空は、黒い。雲がないからか、「真っ黒」と呼ぶのに相応しい空は珍しくて、綺麗だ。

「……?」

ふと、何かの気配を感じた。そういうのに敏感なわけではないけれど、なんとなく。辺りを見回して、特に誰かが隠れられそうな物陰を気にしていたら、ぶわっ、と圧のようなものを感じた。物陰からではなく、私の、目の前から。
ぎぎぎ……と音がしそうなほどぎこちなく首を動かし、そちらを見る。
私の前には、見たことのない――否、この世のものとは思えない、黒く、おどろおどろしい気を纏ったモノがいた。
獣のような形を成しているけれど、全身を黒々とした「気」が覆っている。下に本体となるものがあるのか、それともこの気味の悪い「気」が集合して出来た個体なのかはわからない。
逃げることも、声を上げることも出来ず、すとん、と私はその場で座り込んでしまった。
どす黒く、よく見れば「気」がぐるぐるとうねっているそれは、見た目のグロテスクさも相まって、見ているだけで血の気が失せ、活力が奪われる。
でも、どうにか、しないと。
そうしなければこの場で死ぬと、わかっていた。
とはいえ手に持っているのは鞄だけで、化け物からは目を離せないまま、震える手で中身を探る。何を触っているのかもわからないけれど、少しでもコレの気を私から逸らせればと、手に取ったものを遠くの方に投げてみる。遠くに、と思ったところで手に力なんて入らなくて、間抜けにも私のすぐ傍にカチャンと物が落ちた音が聞こえただけだった。
化け物の気は、一切逸れない。
どうしてか、化け物はさっきよりも大きくなったように感じた。それとも、いつの間にか距離をつめられたのか。
ああ、もうダメかも。
恐怖からか、薄れてぼんやりとしていく思考のなか、思う。
だれか、たすけて。

チリン

どこからか、やけに鮮明に鈴の音が聞こえた。

ハッとするような冷たい風が頬を撫で、ひらりと目の前を朱色の布が舞う。それが第三者のものだと気付いた時には、突然現れたその人は怪物に向かって走っていた。
私は、呆然とそれを眺めるしか出来ない。
朱から黒へと鮮やかに染められている羽織を翻し、一つに結った長い黒髪を靡かせ、人とは思えない軽やかな動きで化け物に対峙したその人は、持っていた刀で化け物の身体を二つに斬った。
血が出るわけでもなく、ただ黒い「気」が靄のように飛び散っていく。やはりあれは化け物だった、と今更ながらに思った。

「大丈夫か、人間の嬢ちゃん」

刀を収め、私を助けてくれた人がこちらを振り向く。赤鬼の面に、ひっと恐怖で息を呑んだ。
怖がる私に気付いたのかはわからないけれど、赤鬼の面が外される。すると、恐ろしいお面の下からは端正な顔立ちの青年が現れた。
澄んだ緑色の瞳。瞼に施された、朱色の化粧。額に生える、三本の角。
彼の雰囲気も見た目も、勿論彼が発した言葉も、先ほどの化け物同様彼が人間ではないことをまざまざと語っていた。
……なのに、どうして私は今、この人に恐怖を感じていないのだろう。
鬼のお面こそ怖かったものの、素顔を晒した彼を見て、まるで当然のようにこの人の存在を受け入れている自分がいる。
その事実に唖然としながらも、彼の問いに答えようとこくりと頷いた。
その辺りに散らばっていた私物を彼が拾って渡してくれるので、私は両手でそれを受け取る。近くで見ると、やっぱり人とは違うとわかる。角だって本物だ。
……きれい。
私が見つめていることに気付いたのか、彼がこちらを見て……それから、思い切り顔を顰めた。

「アンタ、侵食されてるな」
「え?」
「どれだけアイツのこと見つめてたんだ?」
「ど、どれくらいかな。数十秒?一分?」

数分はいってない、かもしれないけど、わからない。時間の感覚が完全にない。返答に困る私に、彼が溜息を吐いた。

「侵食って、なんですか?」
「名前の通り、さっきのやつに蝕まれたんだ。存在を」

存在を?意味がわからなくてぽかんとする私に、「餌って印をつけられてるようなもんだな。このままだと色んなあやかしがそれを目印に嬢ちゃんを食おうとやってくる」と教えてくれた。
……それってやばいやつじゃない!?

「そ、そんな、どうしよう、なにそれ」

助かったと思ったけど、私、全然助かってなかったの?今すぐにでもまた別の化け物が現れるかもしれないの?というか、私は食べられそうになっていたの?
考えれば考えるほど、先ほどのダメージもあるのか、ぐわんぐわんと目が回る。冷汗をかいていたら、視界の端で彼の羽織の、烏を思わせる黒色が揺れた。

「……乗り掛かった舟だ。こんな状態のアンタを見捨てんのも寝覚めが悪いからな」

その言葉に、ぱっと顔を上げる。それって、もしかして、

「助けて、くれるんですか?」
「……浸食された部分が修復されるまでは」

聞けば、その修復というのは自己治癒力で自然回復するのを待てばいいらしい。待つしかない、とも言えるけれど。

「ありがとうございます。あ、そうだ。私はなまえって言います」
「……俺は夜叉の者だ」
「夜叉さん」
「いや、名前じゃ……まあいいか。よろしくな、人間の嬢ちゃん」
「なまえです!」

名乗ったのに呼んでくれないとは。もう一度主張したら、夜叉さんはこちらを見て目を細めた。それが困っているようにも、どうしてかどこか懐かしそうにも見えるなんて、私はまださっきの混乱から抜けて出せていないのかもしれない。

「あと、さっきも。助けてくれてありがとうございます」

お礼を言いながら、拾ってもらった物を鞄にしまっていく。
そういえば、さっきのは「あやかし」だろうけど、夜叉さんもそうなのかな。
考えながら手を動かしていると、簪の入れ物に手が触れる。……あれ?

「あー!」

私の叫び声に夜叉さんが驚き、どうした、と聞いてくる。その声も、簡単に耳をすり抜けていった。
ああ、だって、だって……!

「簪が壊れてる!」

折れた、とかじゃなく、砕けた。これまでの年季を示すかのように、跡形もなく粉々に。

「私の宝物だったのに……」
「ちょっと見せてみろ」

夜叉さんが私の手の中を覗き込む。

「あー……俺が来たからだろうな」
「えっ?」
「アンタを守るために力を使い果たして砕けたんだ」

夜叉さんの言葉に、母の言葉が重なる。あやかしから私を守ってくれる簪。本当だったんだ。

「ありがとう」

名残惜しく見つめながら、砕けた簪にお礼を言う。

「大事にしてくれてありがとな」
「え?」

どうして夜叉さんがそれを言うんだろう。

「それを作ったヤツは、きっとそう思ってる」
「そうだといいな。私も、こんなに素敵な簪を作ってくれてありがとうってその人にお礼を言いたいです」

江戸時代まではいかずとも、ずっと昔の職人さんなのだろう。
砕けた簪を入れ物にしまい、立ち上がる。少しふらついたけれど、問題はない。
私の傍を歩く夜叉さんを見て、普通に歩くんだなあ、と思った。人ではないし、空とか飛べそうなのに。それに、ちゃんと足もある……って、それは幽霊じゃないからか。
視線を上げて夜叉さんの手を見る。目立つのは、人間のそれとは異なる、鋭く尖った爪だ。綺麗に朱色に塗られているのは、夜叉さんが塗ったのだろうか。
気になって、夜叉さんの手に自分の手を伸ばしてみた。私のよりも大きな手に触れる。

「!な、なにしてんだ!」
「触れるのかなって」
「幽霊じゃねぇんだ、触れるに決まってんだろ!つーかさっき物拾っただろうが!」

吠えるように言われて、そういえば、と思い至る。

「そうやって触るのは、きちんと将来を誓い合った相手だけにしろ!」

なんともお堅い言葉に、え、と驚いて、そこで初めて夜叉さんが顔を真っ赤にしていることに気が付いた。

「ふふ、あははっ」
「何笑ってんだ」
「ごめんなさい、なんだか、安心したっていうか」

かっこいいとか、きれいとか、そんなことばかり思っていた夜叉さんがスキを見せてくれて、急に人間味が増して思えた。人間じゃないけれど。でも、それが嬉しくて、安堵する。全然人間ではない彼が一気に近くなったように思えたのだ。
さっき聞いた、私を狙ってあやかしが来るっていうのは怖いけれど。大事にしていた簪は壊れてしまったけれど。でもこれなら、夜叉さんとなら、暫くはやっていけそうかなって。

「夜叉さんっていい人ですね」

気分が明るくなると共に、足取りも軽くなったような気がする。

「んなわけねーだろ」

私の後ろで呆れたように夜叉さんが呟いた声は、真っ黒な夜空に吸いこまれていった。
あやかしが、人間にとっていいものなわけねーだろ、と。

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