「早く潰れないかな、こんな組織」
「またそんなことを言って。裏切り者と処罰されてしまいますよ」
「ここにはバーボンしかいないじゃない」
「僕が上に報告するかもしれません」
「どうせ、こんな小さい人間が何を企んだところで、いつだって簡単に踏み潰して殺せるんだから、怖くもなんともないでしょ。そんな価値の無いこと、バーボンがする筈ないわ」
「さて、どうでしょう」

テーブルの端に座って、ぷらぷらと両足を動かしながら、キッチンにいるバーボンと話していたら、ちらりと私を見たバーボンが「またそんな端に座って。落ちたら危ないですよ」と溜息交じりに言ってきた。今の今まであんな会話をしていたくせに。バーボンは、なかなかの世話焼きだと思う。

私は、組織の飼いものだ。
一体、どうして私だったのかは分からない。ある時突然変な男達に拉致られた私は、研究室のような場所に監禁され、変な薬を飲まされた。そして気が付けば、体が小人のようなミニサイズに縮小していた。
まるでマウスのように飼育箱に入れられて、半ば逃げ出すことも、生きることも諦めかけていたところ、その研究室がふっ飛んだ。助かった、と思ったのは一瞬で、私は即座に、その研究室をふっ飛ばした奴らに捕まった。それが今いる…このバーボンも所属している、組織だ。
体の小さくなった私は、組織に、このサイズを利用して悪事を行うことを強いられた。勿論抵抗はした。抵抗はしたが、いっそ殺してくれ、と思う様な目に遭わされかけ…結局、今に至る。完全なる素人に過ぎないし、サイズがサイズなので、そこまで恐ろしいことはさせられずに済んでいるのが、まだ救いかもしれない。

小さな私は、諜報活動には便利だろうということで、今、バーボンに「貸し出されて」いる。組織にとって、私は、貸し借りされる、備品のような存在なのだ。小さいから、持ち運び便利だし。なんなら、家ごと運べる。

「バーボンってさ、仕事してるの?」
「しているのは、君が一番よく知っているでしょう」
「うん、そうだね。いや、そうなんだけど」

それなら、どうして私に仕事をさせないのか。
バーボンの仕事に同行したのは、最初の二回だけで、それ以降、ぱったりお声がかからない。その割に、彼は私を組織に返す素振りも、みせはしない。しかも、最初の二回の仕事も、私が居る必要はあるのかも分からないような、ただ、人が来ないかの「見張り」だけだった。

「はい、出来ましたよ」

ほかほかと熱を持つ皿をバーボンがテーブルに置いたので、私は素早く立ち上がり、自分用のテーブルに座る。(テーブルの上にテーブルが乗っている、という不思議な図である。チェック柄のテーブルクロスは、バーボンが用意してくれた。女子か。)

「わあ、オムライス」

しかも、私サイズに、卵を綺麗に切って、きちんとチキンライスを包んである。器用過ぎるだろう。

「前々から思ってたけど、バーボンってなかなか拘るタイプだよね」
「そうですか?まあ、何事も手を抜くことはしたくないですけど」
「うん、彼氏にしたら面倒そうなタイプ」
「なまえさんはご飯がいらなかったんですか」
「あーっ!」

ひょい、と小さいお皿を取り上げられた。バーボンが少し手を上げているだけで、私には愛しのオムライスが、はるか遠くの存在になってしまう。

「私のオムライスぅぅ」
「作ったのは僕ですよ」
「そのサイズで満足する人間は、この世で私くらいです!だからそれは私のものです!」
「どんな理屈ですか」

バーボンのいじわるー、と、どんなに飛び上がったところで、彼の手には掠りもしない。

「なまえさん、ジャンプ力上がりましたね。前より高く飛べていますよ」
「それはバーボンがしょっちゅうこうやって私に意地悪をするからじゃないかな!?」
「ふふ」
「笑い事じゃないから」
「小さい体で懸命に飛ぼうとするなまえさんが可愛くて」
「その可愛い、は貶してる言い方だよね?私知ってるんだから!」
「そんなことないですよ」

はい、と漸く返して貰えたオムライスの皿に飛びつくように、椅子に座った。

「バーボンの所為で冷めちゃうじゃない!早く食べようっ」
「元はといえば、なまえさんが悪いんですけどね」
「知らなーい。いただきます!」
「はい、召し上がれ」

バーボンに自覚があるのかは知らないけれど、私が「いただきます」と言ってご飯を食べ始める時、バーボンはほんの少しだけ、嬉しそうにする。ほんの僅かに、目元と口元が緩むから。それはきっと、体が小さい所為で、なんでも周りのものが大きく見える私だからこそ、気付けること。
だから私は、バーボンとご飯を食べる時間が、嫌いじゃない。バーボンのご飯が、とびきり美味しいっていうのもあるけど。

「ねぇバーボン」
「なんですか?」
「私が突然、本来のサイズに戻ったら、組織はどう思うかな」
「戻りたいんですか?」
「うん。うーん…」
「煮え切らない返事ですね」
「うん」
「まあ、なまえさんが元のサイズに戻ったら、確実に殺されるでしょうね」
「やっぱり?」

素人で、それでも変に組織のことを知ってしまっている、そして組織潰れろと日夜思っている私をあの組織が野放しにするとは思えない。

「でも、」

中途半端にそれだけを口にしてから、バーボンを見つめようとして、やっぱりやめた。オムライスに視線を戻し、また一口、頬張る。
でも、一度で良いから、元のサイズでバーボンと向かい合ってみたい。対等な目線で話したい。本当の私で、会ってみたい…なんて。きっと、バーボンだって、私が元のサイズに戻ったら、関心を示さなくなる人間の一人なのに。私が今生きていられるのも、こうしてバーボンの庇護下(と呼べる生活をしていると思う)で生活していられるのも、単に小人サイズの人間だからだ。

「でも、何ですか?」
「んーん、なんでもない」
「そうですか。…さっきの話ですが、もし、なまえさんが元のサイズに戻ったなら、それが例えどこであっても、その時は誰に会うよりも先に、僕に会いに来て下さい」
「え?」
「もし、他の誰にも見付からずに、僕の前に現れることが出来たら、その時は特別に、なまえさんのことを保護してあげましょう」
「どうして?」
「どうしてって…そうですね、今こうして一緒に仕事をしているよしみで、ですかね」
「…そう。でも、体がもう小さいわけじゃ無いのに、誰にも会わずにバーボンに会いに来るって、無茶じゃない?」
「その時は、僕はもう助けませんので、自分で頑張って下さいね」
「バーボンの鬼」
「なまえさんは、食後の苺はいらない、と」
「いります!すっごいいります!バーボンまじ天使!」
「それ、全然嬉しくないですよ」
「えー、鬼の反対って、じゃあ何、桃太郎?」
「それもどうかと…。なまえさん、もう少し、本を読みましょうか」
「バーボンは本格的に私のこと馬鹿だと思ってるよね」

多分、バーボンも私も、わざとこんな軽口をきいている。
世界はそう甘くはないし、明るくも、楽しくもない。特に、私達がいるような場所は。
私はあの組織が自分の居場所だなんて思っていないし、出来ることなら、バーボンも、そうであってほしくない。だってバーボン、いい人じゃない。こんなに小さい私用に、いつも手間を掛けて私サイズのご飯を作ってくれる人が、悪い人だとは思えない。

だからせめてこの場所は。今だけは。あなたといる時だけは。
心が軽くなりますように。笑うことが出来ますように。
やがて待ち受ける未来が、例え白くても黒くても。


「なまえさん、さっきの話ですが」
「んー?」

もぐもぐと、苺に齧りつきながらバーボンを見上げる。まるで小動物だ、と笑ったバーボンの目尻が更に下がった。

「もしも元の大きさに戻った時、簡単に、最初に僕に会う方法がありますよ」
「えっ?何?」
「ずっとここに居ればいいんです」

笑って言うバーボンは、本気でそれを言っているのか。私は、ここに居ていいのか。

「いいんですよ、ずっと、ここにいてくれて」
「私の返却期限とか、ないの?大丈夫?」
「もしなまえさんが本当にそれを望むなら、なんとかしてあげます」
「それなら、ずっとここにいてあげてもいいよ」
「君はもう少し、その偉そうな態度も改めた方がいいですね」

どうやら、私のいる世界は、この苺くらいの甘さはあるらしい。




ついったーでの、女の子が小人サイズなお話を書く企画に提出
最初にこのヒロインが連れて行かれたのは、「ビーカーで量れるだけの秘密」のヒロインの両親のいた研究所です。

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