――ああ、痛いなぁ。

「これからも俺は、演劇に報われない片想いをしていこうと思ったんだ」

月岡くんの話を聞けたのは偶然で、そして幸運なことだった。
これからもずっと演劇を続けていくことを心に決めた彼の、演劇への想い。
そう思いながら、私は、血でも流れているかのように、じくじく、ずきずきと痛む心臓の方へさりげなく目を落とした。当然ながら胸に血など滲んでいない。それなのに、こんなにも、痛い。
演劇のことを語る月岡くんの瞳はまっすぐで、真剣で、愛おしげですらあって、そんな眼差しを向けられる演劇というものが羨ましくて仕方がないと、私は身を焦がすほどに強く思った。人相手ですらないのにね。人相手じゃないからこそかもしれない。絶対に、届かないから。
――ああ、やっぱり、心臓が痛い。

月岡くんが演劇に一生片想いをするのなら、私もまた、永遠に報われない片想いをすることになるのかなぁ、なんて考える。
月岡くんはもしかしたら、演劇に命すら懸けることを厭わないのかもしれない。それほどに演劇というものに恋い焦がれる役者・月岡紬を虚しくも想い続ける、観客のみょうじなまえ。……なんて、こんな言い方をするのは、月岡くんのような役者さんと私を同列にするようで烏滸がましいかもしれないけれど。
役者じゃない私は、月岡くんと同じ舞台に立つことは決して出来ない。同じ劇場にいても、同じ物語、同じ時間を共有しても、観客と役者という立場の距離が縮まることは、永遠にないのだ。
ほら、少し片想いっぽくなった。

「違う道の方が安定してるっていうのは、分かってるんだけどね」
「勿体ないって言う人も、もしかしたらいるのかもしれない。月岡くん頭いいし、真面目だし、色々と出来そうだもん。 でも私は、月岡くんが演劇をしない方が勿体ないって思うかな」

自分がどんな言葉を述べるのが正解なのかなんて分からない。月岡くんはどんな反応を求めているのかも、特に求めてもないのかも、残念ながら分からない。
私は結局、私の思うことをあまり上手ではない言葉で伝えることしか出来なくて、そんな自分がいつも情けなく思ってしまう。月岡くんは私が凹んでいる時も、嬉しい時も、いつも求める以上の言葉をくれるのに。
それは、私が月岡くんに恋をしているからってこともあるけれど、それだけではなくて。優しくて、人の気持ちをおもんばかることが出来る月岡くんを私は心から尊敬している。

「だって、こんなに夢中になれるものがあるのに、それをしないなんて勿体ないよ」

それに、月岡くんにはそれが出来る環境だって揃ってる。MANKAIカンパニーで日々を過ごす彼の話は、いつ聞いても楽しそうで、温かい。

「ありがとう、みょうじさん」

ふわりと微笑んだ月岡くんに、ドキッと跳ねた心臓が、そのまま口から飛び出してしまうかと思った。口を閉じていて本当によかった。
人の気持ちを思いやることが得意な月岡くんだけど、まさか私が今そんなおっかなびっくりな状態とはきっと思いもしないだろう。私、分かりやすいと思うのに。ちょっとだけ鈍感なのかもしれない。好き。
……好きって思うと、幸せで甘いのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう。

「どうかしたの?」
「な、なにが?」
「どこか苦しそうに見えたから」

心配そうに私の顔を窺う月岡くんに、月岡くんが近付くと悪化するんだよと叫びたくなる。そんな勇気ないけど。
澄んだ、透き通るようなきれいな青い色の瞳に見つめられると、身動きが取れなくなって、頭のなかの何もかも真っ白になってしまう。それでも、鎮まることのない心臓の痛みだけは、しつこいくらいにその存在を訴えてくる。どうして、私の恋心はこんなに痛いのだろう。……報われないから、かなぁ。

「片想いは、つらいよね」

月岡くんの視線を受けてはひた隠しにしきることも出来ず、零れ落ちた私の言葉に、月岡くんは目を丸くして、それから俯きがちに「そうだね」と呟いた。

「その痛みすら愛しながら、俺は演劇を続けていくんだと思う」
「すごいなぁ、月岡くん」

私、こんな痛みが続いたら、先に身体が参りそう。
好きでいるのをやめたいとかではなくて、真っ先にそう考えたのは、月岡くんを好きじゃなくなることなんて、自分でも考えられないからなんだと思う。ああ、恥ずかしいくらいに虚しいなぁ。
でもやっぱり、今目の前で微笑むこの人が、好きで好きでしょうがないんだ。月岡くんがまばたきするだけでキュンとするなんて、多分もう末期。
胸の痛みを抱えながらぎこちなく笑った私は、月岡くんからはちゃんと笑顔に見えるだろうか。せめてちょっとでも良く見えてほしいんだけど。

「……あんな話をした後に言うのもおかしいかもしれないんだけど。でも、先にちゃんと話しておきたかったから」

躊躇いがちにそう言って、月岡くんが言葉を止める。ふぅ、と息を吐いた月岡くんが、改まった様子でこちらを見るから、自然と私も背筋が伸びた。

「演劇とは別に、俺が、自分でもびっくりするくらいみょうじさんのことばかり考えてるって言ったら……困らせちゃうかな」
「……え?」

私を見つめる、嘘など知らなさそうなほど澄んだ青い瞳。
演劇のことを語っていた時よりも自信がなさそうで、でもまっすぐで、そして、優しい。月岡くんがこんな風に照れたように、困ったように笑った顔なんて初めて見て、好きって気持ちで息が詰まりそうになった。
心臓の痛みなんてもはや分からないくらいに激しく鼓動が鳴っていて、ばくばくと煩い心音が耳に響く。
だって、月岡くんの今の言葉って……。私、期待して、いいの?本当に、いいの?
口を開けて……声を出せるだろうか。先に心臓が出ちゃわない?なんてバカみたいな心配を真剣にして、でももしそうなったとしても、どうしても、私は今伝えないといけないことがある。

「わたしもっ」

心臓は飛び出なかったけれど、声は盛大に裏返った。それを恥じらうより先に、勢いのままに自分の気持ちを口にする。
月岡くんがホッとしたように、花が綻ぶような笑顔を見せてくれるまで、あと数秒。

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