「はぁ…」
「憂いを秘めた瞳で溜息を吐く姿も素敵ですよ、色っぽくて」
「バーボン、気色悪い」
「同感ね。あなたのその口説き方、どうにかならないの?お陰であなたたち二人と仕事をするの、心底疲れるんだけど」
「ごめんなさいね、キール。私も出来ればあなたと二人で仕事がしたいわ」
「そんなこと、駄目に決まってるじゃないですか。それに、こんなに魅力的な女性を前にして口説かない方が失礼でしょう?」
「それなら、キールの方が美人よ。なんてったって、大人気の美人アナウンサーだもの。ね?」
「私を巻き込まないで頂戴…」
「そうは言っても、僕が好きなのはあなたなんです」

留まることなく、次から次へと口説き文句が出てくるバーボンの口を憎たらしげに見つめ、なまえは心底嫌そうに顔を歪ませる。

「…知ってるわ」

吐き捨てるようにそれだけ言って、振り返りもせず、なまえはヒールを鳴らして歩き出す。仕事が始まるまではあと少し時間があるのだから、問題は無いだろう。その後ろ姿に、バーボンは変わらず嬉しそうな笑みを向け、キールは、面倒だと言わんばかりに時計に目を落とした。

バーボンは、なまえが好きだ。それは組織でも有名な話だった。これでもかというくらい大胆に、彼女への告白をして回る。告白をされている側のなまえがそれに辟易していることもまたセットで有名なのだが、その所為かそうでないのか、二人は一緒に仕事を組まされることが多くあった。
だから、今日もなまえは不機嫌にヒールを鳴らし、バーボンはまるでラジオのように、笑顔で愛の言葉を垂れ流す。



「報告は以上です、降谷さん」
「分かった」

淡々と言葉を返す降谷に向けられているのは、これでもかというくらい、キラキラとした目。視線だけで「大好きです」、「今日も格好良いです」、「憧れています」、が大っぴらに伝わってきそうだ。…既に五分前に全て言葉でもはっきりと伝えられているが。

「降谷さん」
「何だ?」
「その、書類をバサッて置く動作も素敵です」
「………」

惚れ惚れと言うなまえに、降谷は返事をせず、別の書類を手に取った。「無視…!我々の業界ではご褒美です」という言葉は、聞こえなかったことにしよう。

みょうじなまえは、それはそれは、降谷零が大好きだ。本人に毎日それを伝えにいくくらいに。
それが恋愛の意味なのか、上司としてなのかは、定かではない。本人に聞こうものなら、「全宇宙を掛けて好きです」となんともスケールの大きな話をされ、更には降谷さんの魅力について、ということで一時間を超える講義が始まるのだから、誰にも真相を聞き出す術はないのが現状だ。しかし、言葉にはしないものの、誰もが、恋愛としての意味も入っているだろうな、と思っていることもまた事実。

そんななまえが、降谷に続いて彼と同じ組織に潜入することとなった際、降谷に指示された設定は、実際とは逆のものだった。バーボンがやたらと好く存在。それを冷たくあしらうなんて、果たして彼女に出来るのだろうかと、事情を知っている者達はハラハラしたそうだが、意外にも、なまえは何の問題も無く、見事にその役を演じきっている。当然、降谷がなまえを好く演技が出来ないわけがないので、組織での仕事は滞りなく進んでいる。
それにしても、こんな関係がスムーズに成り立っているのには、本人達の性格が大いに影響しているのだろう。曰く、両者とも「追われるより追う方が好き」とのことだ。
公安では、なまえが降谷を。組織では、バーボンがなまえを。

ひたすらに続くこの追いかけっこに、果たして終わりはあるのだろうか。もしも二人が妥協点を見つけたとして、その終止符は一体、どのような形で打たれるのだろうか。
そんなことを考えているのは、恐らく、本人達以外の人間だろう。本人達は、至って楽しそうなのだから。…そう、楽しそうなのだ。

「降谷さーん!待って下さい、どこ行くんですかぁー」
「お前は自分の仕事をしろ」
「えへへー、こっちに資料を取りに行くんです。行く先が降谷さんと同じ方向なんて、運命ですね!これはもう、結婚するしかないですね!」
「これ如きで結婚が決められてたまるか」

結局、二人はどこか、今の関係を楽しんでいるのかもしれない。笑顔で追い掛けるなまえも。彼女を軽くあしらい続ける、降谷も。もしかしたら、なまえを追い回すバーボンも、それを冷たくあしらうなまえも。

そうして、二人の追いかけっこは、今日も変わらず、どちらかがどちらかを捕まえることもなく、続いていく。

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