暑い。生きてるだけで暑い。
蝉はまだ鳴いてすらないというのに、完全に真夏の暑さだ。さっき一瞬外に出たら、二度と出るものかと誓う程度に暑かった。部屋の中で座っているだけで汗をかく。
いつから日本の夏はおかしくなってしまったのだろう。昔は絶対もっと涼しかった。真夏だって四十度いく日はそんなに多くなかったはずなのに。そう言ったら、理解してくれたのは東さんと左京くんだけだった。切ない。ガイさんはザフラでの生活の方が長いから、あの頃の暑さを覚えていなくても仕方がないので許した。

取り留めもなくそんなことを考えながらアイスを食べていたら、一瞬でなくなってしまった。
あれ、アイスどこいった?溶けた?
食べ終わってしまったなんてこと断じて認めんって気持ちで残った棒を見つめた私の口から、「あ」と声が零れた。

***

「左京くん見て!アイス当たった!」
「わざわざ部屋まで訪ねて来て言うことがそれか」
「だって当たりだよ!?すごくない!?私、初めて見た!」

見て見て、と棒を左京くんに押し付ければ、「見えてる」とイラついた顔をされる。今日も通常運転。相変わらずの仏頂面だ。

「いい大人が、んなことでいちいち騒ぐな」
「いつまでも純粋な心を忘れてないだけですーっ。左京くんこそ、そうやって枯れてますアピールばっかりしてるうちに、頭がガチガチに凝り固まった偏屈な芝居しか出来ないようになっても知らないんだから!」
「てめぇ……」

お芝居のことを出せば簡単にムキになるとわかっていながら敢えてそれを言えば、左京くんはわかりやすく不機嫌なオーラを醸し出した。
私が意図的にこういう言い方をしているとわかった上での、左京くんの反応だ。売り言葉に買い言葉みたいな。
子どもっぽいのは理解しているけれど、これが私達のコミュニケーションの取り方なのだから仕方がない。相変わらずのやり取りをする私達を見て、一部学生達にはやれやれって顔をされるけど。
実のところ、私はこのやり取りを結構楽しんでいるってこと、左京くんは知っているのかな。左京くんの方はどう思っているかは、気になるけれど、私は全然知らない。

「左京くんも一緒に行こうよ!」
「どこにだ」
「駄菓子屋」

「駄菓子屋?」と訝し気に眉をひそめた左京くんに、三丁目の、と説明したものの、全然伝わらない。あれ?私もしかして、駄菓子屋さんを見つけたって左京くんに話してなかったっけ?

「この前、至くんと咲也くんとは一緒に行ったんだけど」
「初めて聞いたな」
「なら行こう!今行こう!」

ね!と熱心に誘う私に、仕方ねぇなという体で腰を上げた左京くんが、実は駄菓子屋さんにテンションが上がっているのを知っている。だって、仕方ないって顔をしながらも、動きはきびきびしているんだもん。

この暑い中、外になんて出るものかと思っていたけれど、アイスが当たったとあっては話が別だ。それに、左京くんもいるなら、このうだるような暑さの中を歩くのも楽しそうだ。
そんなことを言ったら、左京くんには「バカにしてんのか」と言われそうだけど。左京くんってば、私が年がら年中喧嘩を売って歩いているとでも思っているんだろうか。そうじゃなくて、左京くんとならどこでも楽しいよってことなのに。
そういうの、東さんならすぐに察してくれそうだけど、左京くんは全然わかってくれない。そういう鈍いところが憎たらしくて……でも、好き。なんて、素直に言えていたら、良くも悪くも今頃既にこんな関係ではないだろう。
「素直なのに、肝心のところでだけは素直じゃねー大人」というのは、ぐるぐるする気持ちを持て余していた時の私を見た万里くんが放った一言である。

「にしても今日は暑いな」
「だからアイスを食べに行くんだよ」

当然でしょうって顔で言えば、左京くんが私をじとりと睨む。

「ったく、なんでお前がアイスをもらいに行くのに付き添わなきゃならねぇんだ」
「だって左京くんもアイス食べたいんでしょう?」
「んなこと一言も言ってねぇ」
「そうだっけ?」

とぼけんな、というお叱りを受け流しながら上機嫌で歩く。
バカみたいに暑かろうが、私の心は踊っていて、このお散歩が嬉しいのだ。

「左京くんって、夏って感じしないね。燦々と輝く太陽の下を意気揚々と歩く印象がゼロだよ」
「それを今させてんのは誰だ」

誰だろうなー、ととぼけながら、汗を拭う。うーん、やっぱり暑いなぁ。
隣を歩く左京くんを見ると、色素の薄い髪が日光に照らされているのが狡いくらいにきれいで、嫉妬みたいな腹立たしさを覚えた。つぅ、と首筋を汗が流れたのに、つい目を奪われる。
ああ、眩暈がしそうだ。ただでさえ暑さでやられているのに、どうしてこんなものを見せつけるんだ。
ええい、去れ煩悩!
余計な考えを振り払うように、私は努めて明るい声で左京くんに話しかける。

「なんだかんだ文句を言いながらも、結局いつも左京くんは一緒に来てくれるよね」
「……まぁ、他のヤツを連れて行かれるのは御免だからな」
「わぁ、優しさ」

他の子に迷惑をかけるなとか、練習時間を奪うなとか、きっとそういう理由で成される、左京くんの素直じゃなくてわかりづらい優しさを思ってクスクスと笑ったら、左京くんに驚いたような、そして何故か非難するような眼差しを向けられた。
え、なに。

「……。いいか、そういうガキみてーな我儘を言うのは俺だけにしておけ」
「はーい」

そもそも、私が臆面もなく我儘を言うのは左京くんにだけだって、それには意味があるんだって、本人には伝わらないのだから報われない。それに、こうでもしないと左京くん、全然遊びにも行かないし。
はぁ、と溜息を吐いたら、どうしてか全く同じタイミングで左京くんも溜息を吐いたものだからびっくりして、そしておかしくて笑った。


「着いたよ」
「こんなところに店があったのか」
「いいよね、昔ながらの駄菓子屋さん」

早速当たり棒を見せてアイスをもらうと、左京くんも同じものを買い求めた。ほら、やっぱりアイス食べたかったんじゃない。
駄菓子屋の店先にある椅子に左京くんと並んで座り、アイスを頬張る。
あー、暑い中食べる冷たいアイス、最高。しかも暑い中歩いてきたから余計に美味しい。最高。

「えへへ」
「何笑ってんだ」
「こういうの、いいなぁって思って」

暑い日に駄菓子屋の前で好きな人とアイスを食べる、なんて青春じみたことをまさかこの歳でやることになるとは思わなかった。けど、この歳になってたって、嬉しいものは嬉しいのだ。正直、嬉しさよりも恥ずかしさが勝っているけれど。

「……まぁ、悪くはねぇな」

左京くんがそんなことを言ってくれるとは思いもしなくて、驚いて彼の横顔をじっと見つめる。その拍子に、棒に乗っていたアイスの塊が地面に落ちた。

「あー!私のアイス!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな、だらしねぇ。しかもそれ、今日二個目だろ」
「だってー!」

このアイス美味しいんだよとか、普段は二つも食べないから今日は特別なんだとか、涙ながらに説明しても左京くんの共感は得られなかった。ひどい。

「ショック……」

アイスは勿論惜しい。けど、決してアイスだけを惜しんでいるわけではないのだ。
だって、アイスを食べ終えたら、もう帰らないといけない。
暑い中意味もなく外に長時間いることなんて、出来るわけがない。実際私達はいい大人で、青春を謳歌する学生時代なんて既に終えているのだから。気持ち的にも、体力的にも、そんなこと出来やしないし、したくない。速やかに帰宅するべきだし、そうしたい。
そう思うのに、本当に思っているのに、まるで左京くんと二人きりで夏を満喫しているようなこの珍しい状況が、かけがえのないもののように思えてやまない今この瞬間が、あと少しだけ続いてほしいと願ってしまうのだ。
あーあ。今日がもうちょっと暑くなければな。
幸せで、本人のガラの悪さには不似合いだけどやたらキラキラして感じていた時間は、もしかしたらアイスと同じらいに脆くて、溶けるのが早いものなのかもしれない。
空を仰いで、恨みがましく太陽を睨みつけたものの、その眩しさに私がダメージをくらっただけだった。私、弱い。

「あ」

不意に、隣から声がした。左京くんにしてはなんだか随分珍しい反応だ。

「どうかしたの?」
「……当たった」
「……マジか」

驚きすぎて、何故か至くんみたいな反応をしてしまったな、なんて思いながら、隣に座る左京くんの手元を覗き込む。
本日二度目、そして人生二度目に目にした当たり棒は、一度目と同じか、下手したらそれ以上に素晴らしいものに見えた。

「折角だから、もらってくるか。みょうじはまだ平気か?」
「! うん、いってらっしゃい」

奇跡的に現れた二本目の当たり棒のお陰で、どうやらこの憎らしくも愛おしい太陽の下で過ごす左京くんとの時間は、もう少しだけ延長されるらしい。
それが嬉しくてしょうがないとバレないように、左京くんが戻るまでにこのにやけ顔、どうにかしないとなぁ。

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