急な仕事が立て続けに入って、半ば徹夜みたいになった後、やっと家に帰って来た。流石に今回は結構キツかったな。
はぁ、と疲労から深い溜息を吐いて家のドアを開ける。

「おかえりなさい、莇くん!」

満面の笑みで駆け寄ってきたなまえを見た瞬間、一気に力が抜けた。
ぶんぶんと尻尾を振ってるのが見える気すらするくらい、全身から喜びが溢れてるのが分かる。犬かよ。
そう思いながらも自分の口元が緩んでるのは一応自覚してる。こうしてなまえに嬉しそうに迎えられると、俺達の家に帰ってきたって実感するし。なまえが、俺の奥さんってことも。

「ただいま」
「お仕事大変だったよね。お疲れ様」

お疲れなんて職場で当然のように交わされる言葉なのに、なまえからかけられる労いの言葉だけは、聞いた瞬間スッと疲れが取れる気がすんのが不思議だ。まあ挨拶みたいなもんと、心から労ってる言葉じゃモノが違うけど。
なまえに向かって手を伸ばしたものの、それに全く気が付かなかったなまえにするりと躱された。……普段どんくさいくせに、なんでこういう時だけそんなきれいに避けんだよ。

「ご飯食べた?」
「一応食べた」

軽く食べただけだけど、別に腹も減ってない。それより疲労が勝ってる。

「お風呂沸いてるよ。入る?」
「あー、もうちょっとしてから」

だから、今はそれより……

「そうだ、お茶淹れようか!」
「……」

有り難いけど、そうじゃねぇ。
座っててねと言われて、ソファーに座りながら、るんるんとお茶の準備をするなまえを見つめる。
……なぁ、俺、やっと帰って来れたんだけど。
そう念じたところで、昔から鈍いなまえに視線だけでそれが伝わるはずもない。

「はい、どうぞ」
「ありがとな。……なまえ」
「なぁに?」

ぽんぽん、と自分の隣を叩くと、なまえはそこに座って不思議そうにこっちを見る。

「……疲れた」
「莇くん、昨日帰って来られなかったもんね。本当にお疲れ様」
「だから、」

傍にいてほしいんだけど。
その一言は結婚したところでなかなか素直に口から出てこなくて、代わりになまえの手に自分の手を重ねた。それに「わぁ」なんて声を出して頬を染めるなまえが可愛くて、満たされていく心に、自分がこれを求めていたことを実感する。

「あのね、莇くん。私もね」
「ん?」

そこまで言って口を閉ざしてしまったなまえに続きを促せば、頬を染めたままなまえがこっちを見上げてくる。……その顔に弱い俺が小さく息を呑んだのに、なまえが気付いてないといい。

「ずっと莇くんに会いたくてたまらなくて、早く一緒にこうやって過ごしたいなって思ってたの」

甘い声に誘われるように、なまえの手に重ねていた手をなまえの肩へと移動した。あまり力を入れすぎないよう意識して抱き寄せれば、なまえが甘えるようにすり寄ってくる。
それが気恥ずかしくて、嬉しい。……愛しいと、思う。
なまえ自身が。それに、こうして好きなヤツと過ごせる時間が。
「ふふっ」と嬉しそうに笑うなまえの笑顔は、俺が帰った時に見せたのとはまた違う、温かくて幸せそうな顔だ。

俺にくっつきながら、そうだ、と何かを思いついたように、なまえが愉しそうな声を出した。

「お風呂一緒に入る?」
「……入る」
「えっ!?」

途端に、大きな声を出して飛び上がったなまえに、くつくつと笑いがこみ上げた。なまえは未だに驚いたままなのか、目を丸くして俺を凝視している。ついでに顔も真っ赤。
誰に教わったんだか知らねーけど、そう言って俺をからかおうとしてんのは分かってんだからな。いつまでも振り回されてばっかでたまるか。

「冗談。でも、次言ったら本当にやるから」
「……っ!?」

はくはくと口を開けるなまえは、ただでさえ赤かった頬が更に赤くなっている。それを見たらちょっと気分が良くなって、なまえの額にキスを落としてみた。……あー、やっぱこれ照れるな。

「お茶、ご馳走様」

自分でやっておいて照れてることがバレる前に風呂に入ろうと湯飲みを持って立ち上がったものの、真っ赤になったまま目を潤ませて固まっているなまえを見たら、一瞬マジでこのまま風呂場に連れ込んでやろうかと考えた。んなこと、しねーけど。

湯船にはちゃんと浸かるけど、なるべく早くあがって早く寝よう。肌のためなのはもちろん、出来ればあの状態から回復する前のなまえのこと、ちゃんと抱きしめてぇし。
そうすれば間違いなく、今日の疲労は完全に回復する。
疲労困憊で帰ってきて、まだまともに休んでなんかない癖に、既に大分身体が軽くなっていることで予想以上に自分が単純だったんだと思い知った。認めるのはちょっと癪だけど。
……まぁ、俺の奥さんは可愛いしな。
なんて、一人で惚気る俺をもし昔の俺が見たら、気が触れたとでも思うかもしんねーな。

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