瑠璃色ってどんな色だっけ。そう思ったのは、黒板に書かれた日直の名前を見たから。

「瑠璃川君って、テストの時名前書くの大変そうだね」
「は? まぁ結構面倒だけど」
「だよねー」

突然そんな話を振られて瑠璃川君は呆気にとられた顔をしたけど、いつものクールな口調で返事をしてくれた。

「私多分瑠璃って漢字書けない」
「頑張りなよ。そんなだから理科の実験、班で一人だけ失敗するんでしょ」
「それは漢字と関係ないし!それに、あれは失敗したんじゃなくて、ちょっとやり方を間違えちゃってただけなの!」

一見ツンとしていてとっつきにくい瑠璃川君は、声をかけると案外話してくれる。それどころか、沢山の文句を言って呆れながら、かなり私の面倒を見てくれる。面倒を見てくれるとか、自分で言うのはなかなか恥ずかしいというか残念だけど。

後で調べたら、瑠璃色は紫がかった濃い青色だった。宝石のラピスラズリの色らしい。きれいな色だけど、瑠璃川君の印象とは違う色だなって、ちょっとびっくりした。
びっくりしたけど、……好きな色だなあって、思った。

***

瑠璃色がどんな色なのかを調べた時からだ。なんとなく瑠璃色のものが気になるようになって、それっぽい色のものがあると手を伸ばしてしまうようになったのは。
ある日突然その色が好きになったみたいに、最近は複数の色がある時、瑠璃色に近いものばかりを選ぼうしてしまう。

美術の授業で水彩画を描く時も、この絵には瑠璃色を使いたいなって思った。
でも絵具には瑠璃色なんて色はなくて、青と紫を基にひたすら色を足しては混ぜてを繰り返す。画用紙は未だ下書きだけの色のない状態なのに、パレットの上にだけどんどん青い色が広がっていく。

「いつまでやってるの、全然進んでないじゃん」
「うーん、なかなか瑠璃色っぽくならなくて」
「瑠璃色?」

私の青いパレットを見つめた瑠璃川くんに、しまった、と思う。変に思われたかも、なんて冷汗をかいた。

「えっと、ほら、ここの部分に使いたくて」

下書きを指差せば、瑠璃川君の無感動な「ふーん」が聞こえて、それが悲しいような、特に何も気にならなかったなら良かったとホッとしたような、どっちつかずの気持ちを抱く。

「ちょっとだけ赤を足したらいいんじゃない」
「! うん、ありがとう!」

やってみるねって俄然気合が入った私を見て、瑠璃川君はいつもの呆れ顔をしてみせた。呆れてますって顔でも態度でも示されて、決して笑ってるわけじゃない。なのに冷たいとか思わないのは、瑠璃川君がなんだかんだ言いながら私のことを気にかけてくれて、アドバイスをくれるからだ。そこに思いやりとか優しさとか、そういうものがあるってわかってる。瑠璃川君に言ったら絶対否定されるだろうけど。

「時間内に終わらせないと居残りになるよ」
「はあい」

時間はかかったものの、どうにかこうにか私が思う瑠璃色っぽい色を作り出して意気揚々と色塗りを開始したものの、案の定全部を終わらせることなんて出来なくて、私はクラスの数人と一緒に居残りになった。「だから言ったでしょ」って予想通りの反応を見せた瑠璃川くんに、「でも、良い色になったんじゃない」って青く塗った箇所を褒められて、私はそれだけで満点を取ったみたいな気持ちになった。作品はまだ完成もしていないくせに。

にわかにクラスで流行り始めたミサンガ作りをする時に、瑠璃色の糸を選んでみたり。
旅行先で箸置きを買おうってなった時に、ガラス製の瑠璃色のものを見つけて一目で気に入ったり。ストラップを買う時も、また同様。
すごい短期間で、持っている細々したものがやたら瑠璃色ばかりになったのを見て、自分でもおかしくて笑ってしまった。なんか、私って単純。

そんなことが続いた、ある日。
授業が終わって、授業中に寝ちゃった私は黒板に書かれた内容をノートに写し終わっていなくて。黒板は消しておくからそのままにしておいてって日直の子にお願いをして、移動教室には友達に先に行ってもらった。

「……できた!」
「おつかれ」
「あれ、瑠璃川君?まだ行ってなかったんだ」

気付けば教室には瑠璃川君と私だけになっていて、瑠璃川君はどんな気まぐれか、私の前の席に座ってこっちを見ていた。……全然気付かなかった私、なかなかやばいのでは。
私達も早く行かないとね、と言いながらシャーペンをしまおうとペンケースを開ける。このシャーペンも、瑠璃色だ。
不意に、瑠璃川君に「ねぇ」と話しかけられた。どうしてか、その視線は今まさにペンケースにしまわれようとしているシャーペンへと向いている。

「そんなにオレのことが好きなの?」
「……え?」

好き?瑠璃川君を?

瑠璃川君がそんなことを聞いたのは、シャーペンが、私が持っている小物が、瑠璃色ばかりだからだって、どうしてかわかった。
多分、水彩画を描いたあの日だって、きっと根元ではそう思われることへの焦りがあったのだ。

私が瑠璃色を気にするようになったのは、元はと言えば瑠璃川君の名前からで。
瑠璃色のものを見ると嬉しくなって。嬉しくなったのは――瑠璃川君を連想するからで。
結局、きっかけとか理由とかぜんぶ、最初から最後まで、瑠璃川君だった。
たぶんずっと知ってて、でもずっと自覚はなかったこと。ぼんやりと心の中を占めて、染めていたそれが、瑠璃川君に指摘されて、形を帯びる。

「……そうかもしれない」
「言われて気付くわけ?」

呆れた顔をする瑠璃川君は、私よりもずっと私の感情がわかっていたってことだろうか。
本人が恋してる自覚ないのに、その相手にはその気持ちがばれてるって、なに。こわい。
瑠璃川君すごい、おそろしい。
尊敬とも畏怖ともとれる感情と、多大なる情けなさと羞恥心を抱えながら瑠璃川君を見ると、頬杖をついた彼の手で大分隠されているものの、その頬が僅かに赤く染まっていることがわかってしまって、私は目を丸くした。だって、自分からこんなことを言ってきて、余裕ですって顔と口調でいると思ったら、まさか照れてるなんて思わない。
途端にどうしようもなく緊張して、口の中が渇いた。

「るり、」

どうしたらいいのかわからなくて、ただとにかく瑠璃川君の名前を呼ぼうとしたら、唇に瑠璃川君の人差し指が触れて、強制的に言葉を止められた。
……っていうか、指! 指、唇にくっついて……!

「余計なこと言ったら怒るから」

唇に瑠璃川君の指があたっている状態ではまともに顔を動かすことも出来ず、目線と僅かな動きで肯定を示す。ようやく唇から指が離れて、ホッとすると共に、今度はどんな風に口を動かせばいいのかもわからなくなってしまって、目線を瑠璃川君に向けたり、外したり。そもそも、瑠璃川君が怒るって言った、余計なことってなんなんだろう。
きょろきょろ、おどおどしている私がおかしかったのか、瑠璃川君がちょっと笑って、それから「喋ってないのに煩い」と指摘された。歯に衣着せぬ物言いっていうのは、瑠璃川君みたいな人の喋り方を言うんだろうなあ。

「い、移動教室……」

結局、私が言えたのは至極真っ当なそれだけで、でもそれは同時に現実逃避というか、逃げに近いことも知っている。

「はいはい、わかってるってば。黒板消すよ」
「あ、うん!ありがとう」

手伝ってくれるんだ、と心がぽっと温かくなった私のことを知ってか知らずか、黒板に向かって歩いていた瑠璃川君は「そうそう」とそのタイミングで足を止めて、こっちを振り向いた。

「オレ、アンタのこと、最初から結構嫌いじゃないよ」

瑠璃川君らしい不遜な言い方のそれは、一体どれくらい私に都合よく受け取っていいんだろう。
これだけ瑠璃色にこだわっておきながら、私の中で瑠璃色は瑠璃川くんの印象とはやっぱり少し違うままだけど、でもそう言って微笑んだ瑠璃川君の顔は、ラピスラズリの宝石にも負けないくらい綺麗だなって思った。
本人に言ってはいないけど、もしかしたらこれは瑠璃川君に言ったら怒られる「余計なこと」の一つ、なのかもしれない。

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