ちゅるちゅると麺を啜る、その量の少なさに、こりゃあ食うのが遅いわけだと納得した。コロッケを食べる一口の大きさも違うし、噛むのすら遅い気がする。一緒にコロッケうどんを食べるのはこれで四回目だけど、みょうじさんはこれまで一度もうどんがのびる前に食べきれたことがないと思う。

「いつも遅くてごめんね」
「んーん、全然」

髪を耳にかけながら申し訳なさそうにこちらを見上げる姿にドキッとして一瞬体が固まった。一生懸命うどんを啜るみょうじさんには気付かれてないけど。それはいいのか悪いのかでいったら、多分悪い。俺、相当みょうじさんのこと意識してんだけど、多分伝わってないんだよなー。結構虚しい。

とっくに自分の分を食べ終えている俺は、また急かしていると勘違いされるのは避けようと心がけつつ、やっぱりみょうじさんを見てしまう。
そういえば、前にみょうじさんに「荒川君は人のことをまっすぐに見るよね」って言われた。「いいことだと思うけど、ちょっと恥ずかしいな」って照れてたけど、俺は今もまっすぐにみょうじさんを見てんのかな。自覚ないからよくわかんねーなー。でも多分、見てんだろうな。俺、みょうじさん見るの好きだし。

みょうじさんは平均より食べるのが遅いと思う。彼女がうどん一杯食べる間に、俺は二杯食べても若干時間が余るかもしれない。それが分かった上で誘ってるのは、食べるのが遅いのなんて全然気にしてないからだってことくらいはさすがに伝わってほしいよな。

みょうじさんがゆっくりとうどんを食べる間、俺はいつもGOD座のこととか、バイトのこととか、適当に思い浮かんだことを話す。そうすると、みょうじさんが「荒川君の話聞くの好きだな」と笑ってくれるから、俺は言葉通り受け取って調子に乗る。俺の話にいちいちちゃんと反応してくれるから、余計みょうじさんがうどんを食べるのに時間がかかっているんだろうなって分かりながら。

みょうじさんとは同じ中学だったけど、こうして会うようになったのは卒業してからだ。
きっかけはなんだったか、実はよく覚えてない。雨の中傘を貸したからだっけ?いや、貸されたの俺か?とにかく、中学一年の時だけ同じクラスだったみょうじさんと卒業後に再会して、それからなんとなく一緒にうどん食ったり、話したりするようになった。なったっていうか、俺が誘ってるんだけど。
中一の時、そんなに話したことはなかったけど、なんとなく「いいな」と思ってた。それは久しぶりに会っても同じで、今も箸を置いて水を飲む彼女を見ながらやっぱり「いいな」って思う。

「やっぱり美味しいね、コロッケうどん。最初に聞いた時はびっくりしたけど」
「だろー?」

にこにこ笑うみょうじさんは、食べるのだけじゃなくて喋るのも歩くのも遅い気がする。特筆するほどじゃないけど、少なくとも俺よりずっと遅い。その彼女独特のテンポが妙に心地よくて、ずっと見てたい、なんていう今まであんま感じたことのない感情を抱く。面白い舞台なら、ずっと観てたいって思うことはあるけど。でも俺はそれより、ずっと演じてたいかなー。

「荒川君とこうしてコロッケうどん食べてるの、改めて考えても不思議だなあ」

ビー玉みたいな目をキラキラさせて話すみょうじさんが、こっちを見て少しはにかむ。

「でも、うれしい」
「あ、うん、オレも」

なんだ今のダサい反応。
時々、俺は人を振り回すタイプだとか言われることがあるけど、みょうじさんには確実に逆のことが起きてると思う。みょうじさんが「あ」って何かを見る、たったそれだけのことにいちいちすげー反応してる自覚はあるし、しょーもないことで心臓が暴走する。
この前、普段と違う髪型をしてた時は会ってから別れるまでずっと内心どぎまぎしてた。

普段の生活でも、今度会ったらこれについて話そうとか、最近はそんなことをよく考えてる。そうしたらどんな反応をしてくれるかなって想像してはにやけるから、この前莇に何もねーのににやにやしてキモいって言われた。ちなみに、莇にみょうじさんの話はしてない。話したくないとかじゃなくて、アイツそういう話ダメだし、何言ってもハレンチだって言われそう。なんもハレンチなことなんてしてねーってのに。

ふと目があって、別にやましいことを考えてたわけでもないのにギョッとしてしまう。ハレンチってワードのせいか?
みょうじさんはというと、向こうもちょっとびっくりしたみたいに目を丸くして、それからふわっと微笑んだ。
……あー、やっぱいいよなー。
そりゃあ可愛いとも思うけど、それより先にいいなって思うことが多い。どこか羨むような気持ちがあるのは、みょうじさんが羨ましいっていうより……俺が隣にいたいなーって願う気持ちだ。まぁそれを狙ってるから、こうして会えたら機会を逃すまいと飯に誘うんだけど。

「そういえばさ、俺のこと、名字じゃなくて名前で呼んでくんねー?」
「え……っと、いいの?」
「モチロン。つーかその方が俺も気楽だし」

ふにゃりと目尻を下げて、「じゃあ私も名前で呼んでね」と言われるのを、期待はしてたけど、いざ言われるとマジで?いいの?ってちょっと戸惑った。
なまえ?なまえちゃん?どっちにしろ、彼女みたいじゃん。

「しふと君」

いつもより少し高い声が、ゆっくりと、慣れない様子で俺の名前を呼んだ。
たったそれだけ。
それだけのはずだけど、

(やべー)

すっげー嬉しい。

「なんかちょっと照れちゃうね」

頬をピンクに染めながら困ったように言うなまえちゃんがこれまで見た中でも最高に可愛くて、思ったことは大体迷わず口にする俺は彼女をまじまじと見つめながら、つい、「すげー可愛い」と言っていた。

「え、えっ!?」
「ごめんごめん、つい本音が出た」
「本……えっ!?」

あたふたしながら、さっき以上に頬を赤くしたなまえちゃんが、眉をへの字にしながら俺を見る。うわー、かわいー。
困りながらもやっぱりキラキラした目でこっちを見上げるなまえちゃんは、全然嫌そうに見えないんだけど、これって脈ありでいいのかな?
心の中で莇に聞いてみたら、やっぱりハレンチだって怒られたから、俺は勝手に、これは脈ありでいいって思うことにした。

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