吾輩は猫である。
この単純な事実を述べるだけで、なんとも文学的で高尚なものと捉えられるのは、我々猫がそれだけ価値のある生物だからだろう。ちなみに吾輩には名はある。
前足で額を撫でていると、聞き慣れた足音と気の抜けた鳴き声が聞こえた。

「あー、ねこさん!こんにちはー!」
「にゃあ」

ミスミと名乗るこのオスは人間の姿をしているが、我々と話が出来る上、我らに劣らない速さで走ることも出来る。人の形をしながら猫のようでもある、不思議なやつだ。吾輩としてはどちらかというと猫なのではないかと思ったが、本人は「オレは人間だよー」と言っていた。いまいち信じていないが。
にゃーにゃーと幾つか会話を交わしたところで、ミスミがぴくっと何かに反応した。

「なまえちゃんだ!」

パッと表情を輝かせ、ミスミは吾輩も少々驚く速さで身を翻した。
嬉しいと、喜びを全面に押し出したミスミが向かう先には、最近目にする人間のメスがいた。こちらは間違いなく人間だ。我々とは話せないし、動きも遅い。
ミスミはにぼしでももらったのか、随分このメスに懐いているらしかった。……否、吾輩は知っている。ミスミがあのメスを見かける度、嬉しそうに輝かせる目は一瞬、吾輩にも身に覚えがある、獲物を狙う鋭い光が宿ることを。

「ねこちゃんもいる」
「このねこさんは頭がよくて、色んなことを知ってるねこさんなんだよー」
「へえ!」

興味深そうに吾輩を見つめるメスの視線を受け流しながら、しっぽを揺らす。メスの視線に興味はないが、ミスミは何が面白いのか、それは嬉しそうにそんなメスを眺めている。

「今日は三角くんに渡したいものがあって来たんだ」
「なーに?」
「これ……えっと、今日、バレンタインだから。 受け取ってもらえたら、嬉しいです」

大きく頭を下げて、メスがミスミに何かを差し出す。前足が僅かに震えているが、やはり二足歩行は難しいのだろうか。
何に驚いたのかは不明だが、ミスミにしては鈍い反応で驚いた後、差し出されたものを受け取った。

「もらっていいの?」
「うん。三角くんのために用意したから」
「やったー!なまえちゃんからのチョコ、嬉しいなー!」

天真爛漫、といった表現が似合う喜び方をするミスミと、赤い顔を隠すように俯く人間のメス。
これでも数々の人間を見てきた吾輩からしたら、両者とも相手を番にと思っているのは明白だ。それならばはっきりと求愛行動をして今すぐにでも番になればいいと思うものの、人間は感覚が鈍いのか、どうやらそうはしないらしい。こんなところはあのミスミでも人間らしいことをすると感じるので、やはりミスミは人間なのかもしれない。少々腑に落ちない点はあるが。


暫く話をした後、ミスミはメスと一緒に歩いていった……はずが、少ししたら戻ってきた。何故だ。

「なまえちゃん、かわいいでしょー」

へにゃと腑抜けた笑顔を見せるミスミに、今は狩りは出来なさそうだ。
あのメスからもらったものを嬉しそうに何度も見るから、そんなに良いものなのかと前足を伸ばしてみたが、「ねこさんには毒だから、これはダメー!」と言われた。毒じゃなかったとしても渡す気など毛頭ないことは知っている。自分の取り分をやたらめったら他者に分け与えるような者は猫ではない。否、生物として間違っていると言っておこう。

「なまえちゃんといると、心がぽかぽかして、でも時々ぎゅうって苦しくなって、ふしぎな感じがするんだー。なんだろう?」

知らん、と腹を掻く。……痒いな。ノミでもいるのか?

「でも、やっぱり一番おっきいのは、しあわせだなーって感じること! 今度会った時、ぎゅーってしてもいいかなあ?」

いいのではないか?と適当に返事をしながら腹を掻き続ける。ノミはまだいるらしい。

「なまえちゃんからのバレンタイン、嬉しいなー!ここにさんかくがあるんだよ!」

そういえばミスミは、あらゆる人間を虜にする我々の肉球ではなく、三角形の耳を褒める変わった生物だった。そんなところも人間らしくないと感じさせる要因だ。

「オレ、なまえちゃん好きだなー」
「にゃー」

知ってる。という吾輩の言葉は、あくびとなって空へと消えた。

吾輩は猫である。
ミスミは――人間なのか猫なのかよくわからないが、人間のメスを好いているなら、同じ人間であればいいとぼんやり思ってやる程度には、吾輩はこいつを気に入っている。

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