「なまえ」

いつもより低くて甘い声で囁くように名前を呼ばれ、長い指がそっと私の肌を撫でた。

「万里くん」

彼の名前を呼ぶと、熱を持った指先に少し力が入る。きれいな口元が弧を描いて、それに目を奪われる。そんな、彼の強気な笑いかたが好き。
万里くんを見つめながら、体が脈打っているのを感じる。触れられた場所が熱くて、じんじんして、……でも、もっと触れてほしい、なんて思ってもいて。どくんどくんと鼓動が胸を打つ。

「なに泣きそうな顔してんだよ」
「だって、」

だって、万里くんが好きだから。万里くんに恋をしてるから。
心がちくちく痛くなって、堪えきれない感情の波に、ぞわぞわと鳥肌がたった。
こんな気持ちが全部「恋」という単語一つでまとめられてしまうのなら、古今東西ラブストーリーがこれだけ溢れる筈だ。この宇宙にこれより大きな感情なんてないんだろうと思う。だって、好きな人とただ見つめあうだけで、息が出来ないくらい苦しくなって、風邪でもひいたみたいに身体が熱くなる。

「ん?」

私が言った「だって」の言葉の続きを求めるように、こつんと万里くんがおでこを私のおでこにくっつけた。その小さな動作一つに「ひゃ」と声を出してしまって、同時に、好きって気持ちがまた一つ自分のなかで降り積もる。

「すき」

堪えきれず、思わず口から溢れでた気持ちに、万里くんが息を呑んだのがわかった。

「知ってる。つーか、俺も」
「ふふ、」

甘い吐息がくすぐったくて、笑っちゃう。

うん。私も、知ってる。
だって万里くん、いつも言葉でも態度でも表してくれるから。
知ってるから、こんなに気持ちがふわふわして、熱くて、必死な気持ちになるの。

「なーに笑ってんだよ」

くつりと笑った万里くんの、深く深く、海の底に落ちていくような色の瞳に目を見張る。その瞳を今独占しているのは私だという事実に、心が震えた。
なにも言えずにいる私の背中に回った万里くんの手がそこを撫でる。 あ、キスされる。
そうわかって、どきっと心臓が跳ねて、ぎゅっと手に力が入った。
少しこわばった身体を宥めるように万里くんが私を撫でてくれるのが嬉しくて、でもちょっと申し訳ない。だって、緊張してるだけで、嫌とかじゃないんだよ。なんて、きっとわかってくれてるだろうけど。
目をつむったら、なにも見えない代わりに、自分が万里くんの腕のなかにいることがより鮮明に感じられて、万里くんの指先の僅かな動きに、吐息一つに、思考のすべてがもっていかれる。

柔らかさとか、温かさとか、万里くんのにおいとか。
どうしてこんなにも敏感に感じとれるんだろう。
唇が重なっている、それだけでこんなにも満たされた気持ちになるのは、どうしてなんだろう。

唇が離れて、息を吸う。思いのほか長かったキスにちょっとだけ苦しくなって少し息が荒くなっている私を見て、なにを思ったのか、万里くんはまたすぐにキスをしてきた。

「ぁ、」

準備なんてしていなかったからびっくりして、その隙に万里くんの舌が口内に入り込んでくる。

「んんっ……ふ、ぁ」

すがりつくように万里くんの服を握る私が苦しいってわかってくるくせに、万里くんはなかなか私を放してくれなくて、それどころか彼の熱い舌が荒々しく口内を犯す。
つぅ、と口からどちらのものともつかない唾液がこぼれて、羞恥心で体温が更に上がった気がした。
苦しくて、でも気持ちよくて、わけがわからなくなる。自然と潤んだ瞳から涙が零れて、目を開ける。そうしたら、いつからだったのか、同じく目を開けていた万里くんと目があって、驚きのあまり危うく舌を噛んでしまいそうになった。
――ああ、やだ、見なければよかった。
深い、青い瞳には底知れない熱が宿っていて、反射的に身体が震えた。好きだって、直接言われてるみたい。そんな眼差し。そんな目をされたら、私だって万里くんが好きで好きで仕方ないって気持ちがわいて止まらなくなる。恋心が、あふれてやまない。

ぎゅうと抱きしめてくれる力強い腕が好き。
私に触れる時は、どんな時より優しくて繊細な手つきになるところも好き。
普段何にだって余裕たっぷりの万里くんが、私は苦しいって伝えてるのに、全然余裕なんてなさそうな顔をしながらキスを止めないところだって、大好き。

好き、好きって気持ちでいっぱいになってたら、それが伝わったのか、万里くんの腕によりいっそう力が込められた。痛くないから、もっと、ぎゅってしてほしいな。


もはや何も考えられず、ひたすらに万里くんに与えられる熱を受け入れること以外何も出来なくなった頃、ようやく万里くんの唇が離れた。
私は必死に口を開いて、新鮮な空気を吸う。

「はあっ、……もう、苦しいって、言ったのに」
「言ってはねえだろ」

言えるような状況じゃないのだからと暗に示す万里くんの口元にはにやりと笑みが浮かんでいて、いじわるだ、って思う。

「わかってるくせに」

仕返しに、万里くんが苦しいって思うくらい強く抱きついてみたけど、万里くんは苦しそうな様子なんて一切見せずに、それどころか小刻みに震える身体からは彼が笑ってるのが伝わってきて、なんとも不本意だ。

「悪かったって。ま、なまえだって悪いんだし、お互い様ってことで」
「なんで」
「散々煽ってきといて何言ってんだよ」

むに、と頬をつねられる。それが楽しかったのか、ふにふにとほっぺたを触り続ける万里くんの好きにさせて、私は万里くんにくっつき続ける。

「……ねえ、万里くん」
「んー?」
「大好きだよ」
「……お前、わかってて言ってんの?」

呆れたような声が降ってきて顔を上げたら、わかってたみたいに待ち構えていた万里くんに、チュッと唇を奪われた。したり顔で笑う万里くんにきゅんとして仕方がないのは、きっと私が恋に溺れて、おかしくなってしまっている証拠なんだろう。
でも、それが万里くんを煽ることになるってわかってて大好きなんて言ったって伝えたら、きっと今度は冗談抜きで酸欠になるまでキスされるんだろうから、自分の身が大切な私はそんなこと、万里くんに言ったりはしないんだ。……少なくとも、あと十秒くらいは。

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