冬の空は広くて、風も空気もとっても冷たいのに、繋いだ手だけは熱いくらいなのがどうにも不思議で、その温度差に風邪をひいちゃいそうだなって思った。

「寒い?」
「とっても」

素直に頷くわたしに、月岡くんが困ったように笑う。
繋いだ手の反対側には、さっき彼からもらったカイロが握られている。それでも尚、寒いのだ。

「でも、月岡くんのカイロがなかったらもっと寒かったよ」
「少しでも役に立てたならよかった」
「なんでカイロなんて持ってたの?」

十二月になったとはいえ、まだカイロを持ち歩くほど寒くはなっていない。なんて、散々寒がっているわたしが言うのもなんだけど。

「だって、みょうじさん寒がりだから」

月岡くんの返事に、わたしはぱちぱちとまばたきをした。
わたしのため。
その事実に胸の奥がふわふわして、じんわりとした熱を帯びる。
そんなの、嬉しすぎる。

「あの、ありがとう」
「どういたしまして」

優しく微笑む月岡くんは、とてもきれいだなって思う。その笑顔に見惚れて足を止めたら、月岡くんは不思議そうな顔をしたから、なんでもないよ、って言って、また歩きだした。
わたしは月岡くんが好きで、月岡くんもわたしが好きと言ってくれるけど、少し、遠いなあって思っていた。舞台の上で演じる月岡くんと、それを客席で観ているわたしとの距離と同じくらいの遠さ。
多分、月岡くんはずっと、きっと、なにより演劇が好きなんだと思う。それこそ情熱的な恋で、愛だ。わたしの存在は、そこまでは辿り着けない。だから、ちょっと遠くて、少し寂しくて、ひそかに絶望したりする。
それでも、わたしにとっての大好きは、一番は、どうしたって月岡くんだから、わたしは彼を諦めることも離れることも出来ないんだ。それも多分、きっと、ずっと。

「月岡くんは、わたしが遠くに行くって言ったらどうする?」
「え?どこかに行っちゃうの?」

凪いだ水面を思わせる瞳が、揺れた。そこには驚きと、少しなにか別の感情がまざっているように思えた。

「ううん、その予定はないけど。たとえばの話」
「なんだ……よかった」

心底ホッとした様子で息を吐いた月岡くんに、ぎゅっと心臓がつかまれたような感覚を覚える。穏やかな彼が見せる表情の変化は、ほんの少しだって、いつもおかしいくらいわたしの心を揺さぶるんだ。

「月岡くん、わたしがいなくなったら、寂しいって思ってくれる?」
「思うに決まってるよ。寂しいし、それに……」
「それに?」

月岡くんがなにを言ってくれるのか、ドキドキと期待しているわたしがいる。どうしたって、わたしが一番にはなれなくても。それでも、彼は確かにわたしを大切にしてくれるし、好きでいてくれる。
それでいいのだと思うのは、わたしたちが大人だからなのだろうか。それとも、まだ大人になりきれないどこかがこの気持ちを抱かせているのだろうか。

「離れたくないなって思う、なんていうのはワガママかな」
「……月岡くん、ワガママって言葉知ってたの」
「えっ」

だって月岡くん、ワガママ言うの?ってくらいいつも自己主張しないというか。そして本当にいいの?ってくらい、わたしのワガママを受け入れてもくれているというか。ワガママをワガママってわかってないんじゃないかって、そんな風に思うくらい。

「いつもわたしのワガママは聞いてくれるけど、月岡くんがワガママ言うのって聞いたことない気がする。さっきのも、なにもワガママじゃないし」
「そうかな、俺、結構ワガママ言ってる気がするけど……。それに、みょうじさんのはいつも可愛いワガママだから」

可愛いワガママと可愛くないワガママがあるのか。可愛いなら、まあ、いいのかなあ。
なんて、自分にはとことん甘いわたしなのに、月岡くんまでわたしを甘やかすから、どんどん付け上がってしまう。

「月岡くん、何かワガママないの?聞きたい」
「急に言われても……そうだなぁ」

ワガママを聞きたいなんて突然のわたしのワガママにもこうやって対応してくれちゃうから、月岡くんは優しすぎると思うんだ。
顎に手をあててじっと考え込んだ月岡くんは、思ったよりも早く顔を上げた。

「それなら、みょうじさんに名前で呼ばれたいかな」
「なまえ」
「そう」

そんなお願いをされるとは思わなくて、ポカンとした。月岡くんを名前で呼ぶ。月岡……月岡紬、くん。

「つ……」

繋いだ手にちょっとだけ力を入れたら、それに返事をするように月岡くんもわたしの手を握り返してくれる。意外にもわたしよりかなり大きくて優しいその手が好き。

「つむ……つ……んーっ、恥ずかしい!」
「あはは、急だったかな」

クスクスと笑う月岡くんに、申し訳ないような、悔しいような気持ちがして、わたしは唇を尖らせながら月岡くんを睨む。

「月岡くんは、呼べるの?」
「うん?」
「わたしの、名前」

月岡くんは少し驚いたような、困ったような顔をして……それから、照れたようにそっと微笑んだ。

「……なまえちゃん」

さん、じゃなくて、ちゃんになった。
大好きな、穏やかな声色で名前を呼ばれて、頭のなかが真っ白になる。

「……なあに、つむぎ、くん」

きゅっと、お互いに繋いだ手の力がまた強くなった。
月岡くんと目があって、それにどぎまぎしてお互いに逸らすなんていう、まるで付き合いたての学生みたいなことをしてしまう。
冬の空気は依然として冷たいのに、今は体がかっかと熱を発していて、寒いのか暑いのか段々わからなくなってきた。それでも一番熱を感じるのは、やっぱり月岡くんと繋いだままの手。
そっぽを向いたままひたすら熱い手のひらの温度を感じていたら、月岡くんがふっと笑ったのが聞こえた。

「なんだか照れるね」
「そうだね」

頷きながら、ドキドキしながら、好きだなあって思う。月岡くんが、わたしはやっぱり大好きで、こんななんでもない瞬間がいとしくて、大事で、仕方がないのだ。

月岡くんの、今日もぴょんと立ったアホ毛が好き。って言ったら、月岡くん気にしちゃうかな。
どんな時も穏やかな話し方が好き。やわらかい言葉遣いが好き。
穏やかで優しい月岡くんが大好きだけど、月岡くんが時々見せる、ちょっぴりやんちゃで男の子な顔もすごく好き。
わたしのこと、好きだよって意外と言葉でちゃんと伝えてくれるところがとっても好き。

「あのね、つむぎくん、大好き」
「俺も、大好きだよ、なまえちゃん」

まるで子どもみたいな台詞だなって思ったら、月岡くんもそう思ったのか、ふたりで一緒に笑いだした。

その途端、ひゅうっと吹いた北風はとびきり冷たくて、わたしは結局、やっぱり月岡くんの手とカイロじゃ足りないよ、なんて言って月岡くんを困らせてしまうのだけど。

でも、実はね、まだ二人で寄り道したくてそう言ったって知ったら、月岡くんはこれも、可愛いワガママに入れてくれるのかな。そうだったらいいなぁ。

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