色素の薄い髪は、人口の光の下でもきらきらとかがやいて見えた。優しさで縁取られた瞳は私の好きなラズベリーみたいな色をしていて、お人形さんみたいに肌が白くてきれいな彼を見た私は、まるでケーキみたいって思ったんだ。そのことを本人に話したら、「みょうじさんは食いしん坊だね」と笑われた。その微笑みがまたなんともいえず甘いものだから、やっぱりケーキみたいっていう私の印象もあながち間違いではないんじゃないかと思う。
でも普通はみんなは茅ヶ崎くんのこと、王子様みたいって言うんだって。
それもわかるなあって思う。確かに、絵本の王子様が飛び出てきたみたいな見た目をしている。
それなら、茅ヶ崎くんはお姫さまを助けに西へ東へ大忙しだね、と言えば、彼は「うーん」と少し困った顔をした。「俺としては、今目の前にいる子がお姫さまであってほしいから、西にも東にも行かなくていいかなって思ってるんだけど」古今東西、そんな告白がこんなにも似合ってしまうのはきっと、茅ヶ崎くんくらいのものだろう。もしかした彼の前では、本物の王子様すら負けてしまうかもしれない。

「おはよう、なまえ」
「いつも迎えにきてくれてありがとう、えっと……」
「うん?」

僅かに首を傾げるというあざとい仕草をしながら、茅ヶ崎くんが目線で私に先を促す。

「……至、くん」
「ん、どういたしまして」

会社ではお互い、「みょうじさん」「茅ヶ崎くん」と呼んでいるけれど、オフでは名前で呼びあうこと。茅ヶ崎くんとした約束は、名前を呼ばれて嬉しい反面、名前を呼ぶ度、今は恋人同士の時間なのだとまざまざと感じられて恥ずかしい。
デートのためにと気合いを入れた格好を必ず可愛いと褒めてくれる茅ヶ崎くんは、どれだけ出来た恋人なんだろうとびっくりする。そっか、王子様だからその辺の彼氏とはわけが違うのか。
それなら私は、彼に見合ったお姫さまになりたいものだと常々思うものの、お姫さまなんて生まれてこのかた会ったこともないから、どう目指したらいいのかわからない。考えても考えても結論が出ないから、茅ヶ崎くんに「至くんはお姫さまみたいな人ってどんな人だと思う?」と前に聞いてみたら、「なまえみたいな人」って言われた。それは多分絶対違うと思う。茅ヶ崎くんが優しいのか、本気で言ってるなら贔屓目が過ぎる。確かに、私がなりたいお姫さまは世間一般の人が思うお姫さまじゃなくて、茅ヶ崎くんのお姫さまだけど。

茅ヶ崎くんが車のドアを開けてくれて、お礼を言いながら乗り込む。茅ヶ崎くんは会社員だけじゃなくて劇団員もしていて忙しいから、こんな風に時間をとって外出をするデートはあまり出来ないけれど、私としてはこれくらいの頻度が丁度いい。以前そのことを伝えたら、「俺も」と嬉しそうに笑ってくれたのにホッとして、私も嬉しくなった。そういう価値観が合うのは貴重だ。
運転が上手な茅ヶ崎くんの車に乗るのは心地よくて、すごく好きだ。昔なら白馬に乗っていたであろう王子様も、現代では車に乗っているようだ。

「至くんの車に乗るの、好きだなあ」
「俺も、なまえを助手席に乗せて運転するの、好きだよ」

赤信号で、静かに車が停まったタイミングで茅ヶ崎くんを見たら、向こうも私を見ていた。目があって、ふ、と優しく緩む表情に、どきんと心臓が高鳴る。

「どうかした?」
「かっこいいなあって、思ってた」

私の素直な答えに爽やかに笑った茅ヶ崎くんが、信号が変わったのに合わせてアクセルを踏む。

「俺はなまえのこと、可愛いなって思って見てたよ」
「!?」

前を見たまま言われた言葉に動揺して、変な声が出た。なんてこと言うの、茅ヶ崎くん!私も同じことを言ったといえば言ったけども!

「同じだね」
「……似た者同士なのかも」

そうだったらいいな。もしそうなら、気が合うってことみたいで嬉しいから。私と同じ気持ちなのかはわからないけれど、「そうなのかもね」と答えた茅ヶ崎くんの声色も心なしか弾んでいるような気がして、ふふふっと笑う。
話が続いたり、途切れたりする車内の環境はきわめて良好で、二人だけの空間で穏やかに過ごすこの時間が、やっぱり私は大好きだなあって思った。
まだ目的地に辿り着いてすらいないのに、こんなにも満足しているなんておかしいかな。そこに行くために車に乗ってるはずなのに、ずっと食べたいって思っていたケーキだって茅ヶ崎くんと食べる予定なのに、このままずっと着かなければいいのになんて思うのは、本末転倒というやつかな。

「困ったなあ」
「えっ?何かあった?」
「ううん、至くんのことが好きすぎて、困っちゃうなあって思ったの」

私の返事に茅ヶ崎くんが何も言わないので、まさか変なことを言ってしまったかなと不安になったら、しっかりと前を向いたまま運転している茅ヶ崎くんから、ハンサムな顔とは裏腹に、唸るようにして弱々しい声が出てきた。

「運転中に、そんな心臓に悪いこと言わないでほしい……」
「わっ、ごめんなさい!」
「ううん」

運転の邪魔をしてしまったと知って咄嗟に謝ったら、チラッと茅ヶ崎くんが一瞬だけこちらに目線を寄越す。流し目だ。かっこいい。ドキッとした。

「後でもう一回言って」とねだられて、いくら茅ヶ崎くんのお願いでも、それは恥ずかしいから嫌だなあって思った。それでも多分、私は茅ヶ崎くんにお願いされたら、きっと言うことを聞いてしまうのだろう。


***


一目惚れをされることはあっても自分がすることは有り得ないと思っていた。散々されてきたからこそ、ともいえる。
それが、なまえを見た瞬間簡単に心を奪われたのだから、人生とんだトラップが用意されているものだ。まさかこれまでされてきた一目惚れが、俺が一目惚れをすることへの伏線だったとは。なんて。

王子様なんて呼ばれるのは慣れてるしそんな幻想見られても、とも思うけど、彼女だけは別だ。出来ることならなまえの思い描く王子様像に百パーセント応えられる男でありたい。

「ありがとう」

車に乗る時も、降りる時も。必ず俺がドアを開けられるようにと急いで自分の席を立つし、そうすることで向けられるなまえの笑顔に、MPが回復するのを感じる。今なら魔王とか倒せそう。まずは召喚でチートな先輩とかを用意してからだけど。
差し出した手を握り返してくれるなまえの手は小さくて、未だにそのやわらかさと愛しさにびっくりする。いい加減慣れろ、俺。そうは思っても俺のお姫さまは日々レベル上げを行っているらしく、見た目も中身も、どういうわけか可愛さを常に更新していく。そのうち可愛さで世界でも征服しようとでもしてるんじゃないかな。さっきも、「至くんのことが好きすぎて困っちゃうなあ」なんて、可愛すぎてこっちが困っちゃうことを言われた。なまえを助手席に乗せているという意識がなかったら事故ってそうだった。なまえ怖すぎ。

二人で買い物をして、なまえが行きたがっていたケーキ屋に並ぶ。
そういえば、いつかなまえが俺のことをケーキみたいって言ったことがあった。あまりに斬新な表現に笑ってしまったが、どちらかといえばケーキみたいなのはなまえの方だ。甘いにおいするし、食べても甘いし。
そんなことを考えながら見下ろしていたら、こっちを見上げたなまえがにこっと笑ったから、可愛さで爆発しそうになった。唐突に天使みたいな笑顔向けるのやめて。至さん死んじゃう。……いや、本当は全然やめてほしくなんかないけど。むしろもっとほしい。

「ケーキ、楽しみだね。至くんはどれがいいか決めた?」
「まだかな。なまえは?」
「これかこれかで迷ってるの。でもこっちもいいなあって思って……」

うんうん。俺はなまえが散々悩んでいるケーキのうち、泣く泣く諦められたものを選ぶよ。正直俺はどれでもいいから、それならなまえが喜ぶものを選びたい。

「でも、やっぱりこれかなぁ。このケーキ、至くんに似てない?」
「は?俺?」
「うん。色とか」

にこにこと笑うなまえが指差すケーキは美味しそうだけど、俺に似てるかって言われたら全然同意は出来ない。けど、そう言ってきらきらと目を輝かせるなまえの笑顔は尊い。

「それなら、こっちのケーキはなまえかな」

なまえが迷っていると言っていた、ホワイトチョコレートで出来た花が乗ったピンク色の可愛らしいケーキを指差す。

「えー?どこが?」
「食べちゃいたいくらい可愛いところ」

きょとんとしているなまえと目があって、にこりと微笑めば、なまえはパッと頬を染めた。
ほら、このケーキと同じ色になった。やっぱり似てる。

「至くんがいじわるだ……」
「そう?俺はいつもなまえに優しくしてるつもりだけど」

何せ、俺のお姫さまだから。
そう言えば、照れて眉を下げるなまえもまた最高に可愛い。

「至くんは、最高にかっこいい私の王子様だよ」

そりゃ、そうなれるよう散々努力してますから。俺らしくもなく、なりふり構わず必死に。
可愛いお姫さまからの評価が嬉しくないわけもなく、俺はだらしなく緩みそうになる口許をさりげなく隠しながら、「お褒めに預かり光栄です、姫」と恭しく会釈した。

丁度店内に案内されたのはそのすぐ後のことで、俺達はそれぞれ、なまえ曰く俺に似てるケーキと、俺的になまえに似てるケーキを頼んだ。有名店なだけあって、どちらのケーキもすごく美味しかったけど、やっぱり俺にとっては「おいしい!」と最高に幸せそうななまえの笑顔が一番のご馳走だった。

……なーんて、端から見たら完全にリア充爆発しろ案件だけど、今日の俺は無敵アイテムを手に入れてるような状態だから、そんなことを言うやつらも瞬殺出来る気しかしないな。なまえがいると特効入りまくりの俺、最強ってね。

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