恩返しがしたい。
そう思い立って、私は机の引き出しを開けた。いくつかメモ帳を出して、眺める。
どれがいいかな。このピンク色のやつは可愛すぎるかも。こっちのお花のなら派手過ぎないし、いいかな。
恩返し……というのは若干大袈裟で、要は泉田くんにお礼がしたい。いつも泉田くんに助けてもらって、お世話になってばっかりだから。あと、彼氏になってくれてありがとうって……言うのはちょっと恥ずかしいけれど、ひっそりとそんな気持ちも込めて。
あんまり大きなものをあげたら気にしちゃいそうだから、ちょっとしたものがいいかなとは思うけど、泉田くんって、何をあげたら喜んでくれるかな。やっぱりお菓子とかが妥当かなあ……?

結局、オススメのものを食べてほしいって気持ちもあって、お礼には私が好きなお菓子を用意した。メモ帳に短いメッセージを書いて、いつでも泉田くんに渡せるようにして学校へ行って──まぁ、渡せないまま放課後になったわけだけど。
一人残った教室で、泉田くんの席の前に立つ。お菓子、机の上に置いておいていいかな。メモを見たら私からってわかるだろうけど……明日、泉田くんより先に他の人に見られたら、気まずいかなあ。嫌、かなあ?でも勝手に机の中に入れるのも、悪い気もするし。
メモ帳の一番上の、メッセージを書いた紙を捲りとる。箱に貼ろうかな、と思いつつも、その箱をどうするか決めかねている私は片手に箱、片手にメモを持ったまま頭をひねった。
うーん、どうしたものやら。
悩んでいた私は、廊下を歩く足音にも、教室のドアが開いたのにも、全く気が付かなかった。

「何してんだ?」
「わっ!?」

ぴゃっと飛び上がったら、その拍子に足が椅子に引っかかってギィッと耳障りな音を立てた。
ばくばくと鳴る心臓をおさえながら振り向くと、教室のドアの傍に泉田くんが立っていた。私の足が椅子にもつれて転ぶとでも思ったのか、片手を前に伸ばしかけていた彼は、私が大丈夫なのを確認して息を吐き、ドアに寄りかかる。
……また、心配して、助けてくれようとしたんだなあ。
それがわかるだけで心臓の辺りがぽかぽかと熱を持つ。泉田くん、やっぱり優しい。

「泉田くん、もう帰ったと思ってた」
「ちょっと用事。それに荷物もそのままになってんだろ」
「あ、ほんとだ」

お菓子をどうしようか考えるのに夢中で、全然見ていなかった。
私の間抜けな反応に、笑われちゃったかなあと泉田くんを見たら、腕を組んでドアに寄りかかったままこちらを見つめる瞳はバカにしてなんかなくて、寧ろ、優しい目をしている気がして、ぽっと頬が熱を持つ。
それにしても、立ってるだけで様になるなんて、泉田くんってば本当にかっこいい。こんなにかっこいい人が私の彼氏なんて、ほんとかな。

「で、みょうじはそんなとこで何してたんだよ」
「はっ!」

そうだ、教室に戻ったら自分の席の前で何かしようとしてる人間がいるなんて、怪しいよね!?もしかしなくても私、不審者だよね!?
私の方に歩いてくる泉田くんに、あわあわと慌てながらお菓子の箱を隠そうとしたけれど、その方が余計怪しいことに気付いて、両手に箱とメモを持ったまま泉田くんの方を向く。

「お礼をしたいなって、思って」
「何の?」
「えっと、いつもの?」

なんだそれ、と眉をしかめる泉田くんに、「私、いつも泉田くんにたくさん助けてもらってるから」と理由を言うけれど、納得するどころか余計に顔を顰められた。

「んなことしなくても、みょうじにはいつもちゃんと礼は言われてるし……」
「でも、形で表したくて。それだけ、いつも嬉しくて、ありがとうって思ってるの」

嬉しいって思うのは、泉田くんのことが好きだから。
でも、その気持ちをなんて伝えたらいいのかわからなくて、差し出したお菓子の箱からそれが伝わったらいいのに、なんて無茶なことを考える。
勿論、お菓子を受け取った泉田くんに念力みたいに私の想いが伝わることなんてなくて、泉田くんはお礼を言って受け取ってから、そのお菓子を開けた。袋に入っているお菓子の半分を取り出して、私に向ける。

「え……? あ!もしかしてこれ、苦手だった!?」

どうしよう、ごめんね!と慌てる私に、「そうじゃねーって!」と泉田くんも焦ったように否定してくれる。

「そうじゃなくて、みょうじが好……、気に入ってるだろ、これ」
「うん」

だから、と言ってお菓子を分けてくれる泉田くんに、嬉しさがこみ上げる。私がこのお菓子好きなの、知っててくれたのかな。そうだったら嬉しいけど、どうかなぁ。

「ありがとう! 泉田くん、もう帰る?」
「なんで?」
「時間があったら、今一緒におやつを食べられたらなって思って。どうかな?」

私の問いかけに、泉田くんがこくりと頷く。その反応にホッとすると同時に、舞い上がってしまう私がいる。だって、放課後に二人でこうして過ごせるなんて、すごく嬉しい。
泉田くんの前の席はたしか鈴木くんの席だ。私がそこに座ろうとしたら、泉田くんに止められた。「そこは俺が座る」って言うから、なぜか泉田くんが鈴木くんの席に座って、私が泉田くんの席に座ることになった。どうしてかな。……泉田くんの席に座るの、嬉しいけど緊張するなあ。

「なあ、そのメモは?」
「あ、これ?これはね、箱に貼るつもりでいつもありがとうって短くお手紙を書いたの」

でも結局泉田くんに直接お礼を言えたからいらなくなっちゃった。

「……それ、もらっていい?」
「うん?いいけど」

どうしてそう言われたかはわからないものの、「泉田くん、いつも沢山、ありがとうございます」って言いながらメモを渡した。「ああ」とちょっと困ったような顔をしながら受け取る泉田くんは、照れてるのだろうか。なんて、自意識過剰かなあ。
けれど、私からメモを受け取った泉田くんは、それを見てなんだかすごく満足そうな顔で微笑んだ。その顔をばっちり目撃してしまった私は、初めて見たその表情にも、泉田くんがそんな風に笑ってくれたことにも、びっくりして、嬉しくて、ドキドキが止まらなくなってしまう。
どうしよう、嬉しそうに微笑んだ泉田くん、すごくかっこいい。
私の見た限り、メモを見ただけだと思うから、なんでそれでそんな顔をしてくれたのかわからない。けど、すごく嬉しい。

一緒にお菓子を食べて、お話をして。特別なことは何もしていないけれど、なんてことない会話や、泉田くんが話してくれること、ふと見せてくれる笑顔が、私にとっては宝物みたいな特別だ。
そうしておやつも食べ終わって暫くして、泉田くんが何か考えるような仕草をした後、口を開いた。

「なぁ」
「なあに?」

チラッと泉田くんが目線を下げる。その先にあるのは泉田くんの鞄か、それとも単に下を見ただけか、私にはわからない。

「……そろそろ帰った方がいいだろ。送ってく」
「! あ、ありがとうっ」

一緒におやつを食べられただけじゃなくて、帰りも一緒に帰れるんだ!
この状況でわざわざ別々に帰るのも変かもしれないけれど、でも、泉田くんがそう言ってくれたことが嬉しくてたまらなくて、その勢いのまま席を立つ。

自分の席で帰り支度をする私は舞い上がっていて、鞄を開けた泉田くんが小さくため息を吐いたことになんて、気が付きなどしなかった。

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