中学の制服はダサかった。笑い話になるくらいダサかった。だから高校は絶対制服が可愛い学校に行くんだと決めて、この辺で一番制服が可愛いと思う学校に入ることが出来た。
でも、私が可愛いと思う制服は、良くも悪くも、他の人から見ても可愛いらしい。
高校生になった途端、痴漢と盗撮に遭うようになった。ものすごい頻度で。これ絶対制服が可愛いからだよと思ったら友達もそう言ってたから、間違いないだろう。
さいあく!制服可愛いのは嬉しいけど、これはさいあく!

しかも私はいざそういうのに遭うと怖くて声が出なくなってしまうタイプらしい。この前帰りの電車で見た女の子みたいに堂々とした態度で「やめて下さい」って言えたらいいのに。何度シミュレーションしても、小心者の私にはそれが実行出来ないのだ。
だから電車の車輌を変えたり、時間を変えたり、散々工夫をした。結果、今の電車に落ち着いている。
今の電車でも痴漢はいたんだ。しかもひどいのが。でも──

「三白眼でオールバックのガタイがいい男は王子様らしいとは言いません」
「でもでも!本当に王子様なんだよ!」
「そもそも、その人大丈夫なの?話聞くだけでおっかないんだけど」
「どこが!かっこいいじゃない!」

相変わらず私の話を容赦なくぶったぎる友達に、これだけは譲ってなるものかと食い下がる。
電車で痴漢に遭っている私を助けてくれたのは、正真正銘の王子様だった。
背が高くて、凛々しくて、男らしい、素敵な人。

「私が助けられたって気付かないくらい、スマートに助けてくれたんだよ!?すごいんだから」
「だから、それが怖いって言ってんの。睨んだだけで痴漢が逃げてったって、どんだけ人相が悪いのよ」
「だから、かっこいいんだってば!」

ある時から痴漢に遭う頻度が減って、遭ってもすぐに、そして不自然に去っていくように感じた。不思議に思って周りを見てはじめて、私は王子様の存在に気が付いた。
私と目があった瞬間、ふいと目を逸らしてしまったその人は、私の近くに立ってさりげなく痴漢を撃退したり、不自然に私に近付く人達に睨みをきかせてくれていたのだ。
そしてやがて朝の電車では痴漢にも盗撮にも遭わなくなった。
いつも憂鬱で不安で怖くてたまらなかった電車が、うってかわって、今では楽しみで嬉しくて仕方がないものになっている。毎日王子様の姿を確認しては胸が高鳴って、ドキドキと存在を主張する恋心を抱えながら降車駅へと揺られていく。

王子様は私の近くにいてくれるものの、やっぱり目をあわせてはくれなくて、小心者な私はこれまで彼に話しかけることが出来ないでいる。
お礼、伝えたいな。私はこんなにお世話になっているのに、王子様の名前も知らない。こんなにも、好きなのに。


友達と手を振って別れて、私はアンニュイな気持ちを抱えたまま、電車に乗る。王子様のこと、どうしたらもっと知れるかな。どうしたら仲良くなれるかな。
窓際に立って外を見つめ、ためいきを一つ。
……と、ふと視界に見慣れた学ランが入った。
お、王子様だ!
わぁ、帰りの電車で一緒なんてはじめてかも!
嬉しい、帰りも王子様と一緒だ、とわくわくそわそわしていたら、王子様と目があった。

「!」

ドキーッ
王子様の視線を正面から受け止めてしまい、心臓がこれでもかってほど、ぎゅっと締め付けられる。かっ、かっこいい……!
声にならない叫び声をあげてしまいそうで私が両手で口許を隠すのと、王子様がさっと目を逸らすのは同時だった。
ああ、残念。でもまだ心臓がとってもドキドキしてる。どうしよう、放課後に会う王子様も最高に素敵。今日だけは一駅三時間くらいかかればいいのに。

駅に着き、ドアが開く。
私が普段降りる駅で降りないことに気付いた王子様が、気遣うようにこちらを見たのがわかった。
私が使ってる駅、知っていてくれたんだ!
もしかして、私が乗ったらいつも、周りの人のこと気にかけてくれていたのかな。そうだったら王子様、紳士すぎる。友達は全然納得してくれないけど、やっぱり王子様は王子様だ。
電車のドアが閉まり、本来降りるはずの慣れ親しんだ駅が離れていくことに、少しの高揚を感じた。これまで乗り過ごすことは多々あれど、故意に乗り過ごすなんてことははじめてだ。次の駅に着くと、王子様が電車を降りていった。隣の駅だったんだあ。
王子様のしっかりとした背中を追いかけて、私も少しだけ慌てながら電車を降りる。

「あのっ!」
「……? 俺か?」

王子様にすがるような気持ちで声をかけたら、心底驚いたという顔で振り返られた。王子様の驚いた顔、はじめて見た。驚いた顔すら男らしくてかっこいい。

「いつも私のこと、朝、助けてくれてますよね」
「いや。俺は別に……」
「ありがとうございます!私、本当にずっと怖かったから、すごく助かったんです」

ぎゅっと両手を握って、王子様を見上げる。王子様は困ったように「大したことはしてない」と呟いた。もしかしたら王子様としては、本当に大したことはしてないつもりなのかもしれない。

「……何かあれば、多少助けにはなれるかもしれねぇから、言ってくれ」
「っ、はい!」

やっぱりこの人は王子様だ!
優しくて、頼もしくて、こんなにもキラキラしている。

「あの、王子様、もしよかったらお名前を聞いてもいいですか?」
「王子?」
「あ」

つい王子様と呼んでしまった。

「お名前を知らないから、その、助けてくれるのが嬉しくて、ありがたくて、王子様って呼んでたんです……!」

そしてつい、素直に理由も話してしまった。

「そういうのは俺じゃなくてもっと似合うヤツがいる」
「え?」
「いや……とりあえずその呼び方はやめてくれ。俺には似合わねぇ。 名前は、兵頭十座だ」
「兵頭十座さん……」

やっと知れた王子様の名前。それを呼べるのがすごく特別なことに感じて、思いを込めて大切に、彼の名前を呼んだ。

「アンタは……」
「私、ですか?みょうじなまえです」

王子様に名前を聞いてもらえるなんて思わなくて、驚きながら返事をしたらすかさず「みょうじ」と呼ばれて、心臓が止まるかと思った。

「あの、ご迷惑でなかったら、今度お礼をしたいんです」
「礼をされるようなことは何も……」
「いいえ、本当に感謝しているので、ぜひ。クッキーとか、マドレーヌとかなら──」
「!」
「そうだ、甘いものって大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
「よかった!そうしたら今度、心ばかりのお礼ですが、持ってこさせてください。……えと、兵頭さん」
「ああ」

あまりにもドキドキしすぎて、心臓がひっくり返るんじゃないかと思いながら、王子様の名前を呼ぶ。すると、頷いてくれた王子様の口許にはかすかに、でも確かに笑みが浮かんでいて、私はその威力に腰を抜かしてしまいそうになった。王子様が私に笑いかけてくれた……!
ぺこりと深くお辞儀をして、王子様に挨拶をする。さて、一駅戻ろうと思ったところで、王子様に「気を付けろよ」と言ってもらえて、私は緊張と喜びで「はい!」と答える声が裏返ってしまった。き、気付かれたかなぁ。

電車が来て、それに乗り込むのも緊張する。だって、私は知っているのだ。人がまばらなこの時間。王子様が心配をしてか、私が電車に乗るのを見守ってくれていると。
ホームに独特な機械音が鳴り響いて、電車の出発を告げる。気付かないかもしれないけれど、と改札の向こうにいる王子様に向けて小さく手を振ってみたら、遠慮がちにそっと、王子様が手が挙げた。私に挨拶を返すように。
わぁ、わぁ、どうしよう!
嬉しい、王子様が手を振ってくれた!
電車が動くと共に王子様の姿は一瞬にして視界から消えてしまったけれど、私の鼓動は落ち着くことなく、ドキドキと高鳴り続けている。
王子様と話しちゃった、それに、名前も知って、お礼を渡す約束までしちゃった!
きゃあきゃあと大はしゃぎしている間にすぐ電車は次の駅に着き、夢見心地のまま降りる。

……明日も、また会えるんだよね。
おはようございますって挨拶しても、いいかなぁ。そうしたらお返事、してくれるかな。
考えるだけで胸がいっぱいになって、思わず「すき」の言葉がこぼれた。きっとまだまだ、本人には伝えられそうにないけれど。でも今日、ほんのちょっとだけその未来に近付けた気がする。
──兵頭十座さん。
とっても素敵な彼の名前を心の中で呼んでみて、照れくさくて笑ってしまう。
好きです、私の王子様。

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