莇が土筆高校に入学して数ヶ月。順風満帆というほどではないが、上級生には九門もいるし、特に問題なくそれなりの高校生活を送れている。
……ただ一つの例外を除いて。

「なまえー、こっち!」
「はあい」

友達に呼ばれて、小走りで向かった少女は、「わっ」と声をあげて躓きかけた。危なっかしくたたらを踏んで、どうにか体勢を持ち直した彼女が友達のところへ辿り着くと、気を付けなよ、と笑って注意をされていた。

みょうじなまえは一言で言えば、ドジだ。
そのクラスメートの女子のことが莇は気になって……気になって気になって、仕方がないのだ。今だって、さっきの古典の授業中だって、気付けば目で追っている。
ドジだから?怪我をしないか心配だから?
それなら、いくら暇だからと古典の授業中にまで気にする必要はない。それに、なまえが笑っているのを見て胸が妙にざわついたり、話しかけられて柄にもなく緊張したり、何故か気分が高揚したりするのは、それでは説明がつかない。
落ち着かない心臓の辺りに手を置いて、莇はなまえの背中から目を離した。少しだけ名残惜しさのようなものを感じながら。

なまえのことを見ていて最近印象的だったのは、彼女の友達がお菓子を頬張る横で、なまえが野菜スティックをポリポリと食べていたことだ。なんで野菜スティック?と疑問に思ったが、美容には確実にそちらの方がいいので、気にとめないことにした。というより、それを忘れるほどに、なまえが野菜を食べる姿が小動物そっくりなことに気をとられた。ハムスターとかウサギのようだと一度考えたら、そうとしか思えなくなった。しかも一生懸命食べているのが愛らしくてたまらない。
クラスメートが野菜スティックをおやつに食べている姿が、胸が苦しくなるくらいに可愛いなんて、そんな馬鹿な話があるだろうか。自分でも驚きながら、莇は自分の中に沸き上がった感情に大いに戸惑った。
そう、みょうじなまえは莇にとって、信じがたいほどに可愛い存在なのだ。

朝、目があった時に、ちょっと緊張した顔で挨拶をしてくれるのが可愛い。
友達からお菓子をもらって喜んでいる姿が可愛い。話しながらころころ表情を変えるのも可愛い。
机にゴンッと脚をぶつけていたのは心配だが、本人は日常茶飯事だからか、さして気にしていないようだった。
体育の授業で、懸命にぴょんぴょん跳ねているのが可愛い。
数学の授業で舟を漕ぎながらも、がんばって起きていようと奮闘しているのが面白い。
授業中に転がってきた消しゴムを拾ったら、小声で「ありがとう」と笑ってくれたのが嬉しくて、すごく可愛い。緊張と動揺で手に汗をかいた。
放課後、箒を持って掃除している姿までかわいい。
……こうして言葉にしてみれば相当だとわかるものの、莇自身、普段彼女を見つめていることも、可愛いと思っていることも、多くの場合自覚がない。多少見ている、多少気になる、程度の自覚はあるが。ただ、それにしてはなまえを見る度に騒ぐ心臓の音は、尋常じゃなかった。


(だる……)

担任に呼ばれて職員室へと向かっていたら、なまえが階段を上っているのを見かけた。
一人なんだな、と思って何気なくその後ろ姿を見ていたら、ずる、となまえの足が滑り、身体がぐらりと後ろに傾く。

「!」

間一髪。手すりで身体を支えながら、後ろ向きに落ちそうになったなまえを莇は片手で抱きとめた。
……そう、抱きとめた、のだ。

「……っ!」

今の自分達の大胆な体勢に気付いた莇は、反射的に腕から力を抜こうとする。けれどそれでは助けた意味がないと直前に思い止まった。
でもこんな、助けるためとはいえ、女子を抱きしめるなんて。しかも、よりによってその相手がなまえとは。
これまでになく間近でなまえと目があって、心臓が跳ねる。
腕に感じる程よい重さとか、着ているセーターの手触りとか、温かな体温とか、ほんのりとあまい匂いがするのとか。そんな全部からなるべく意識を逸らそうとしながら、莇はなまえを見つめる。
これだけは、言わなくてはならない。

「せ、責任は取る……!」
「?」

莇の言葉に、なまえきょとんと目を丸くした。階段から落ちかけたところから、未だに頭が真っ白で、展開についていけてない。
でも、意味がわからないままなまえは「ありがとう?」と返した。助けてくれてありがとう、の意味も込めて。それがどういうことになるかなんて、考えもせず。
そしてそれは莇にとってはある意味、願ってもない言葉とも言えた。本人にそんな自覚はなかったけれど。

既にお分かりだろうが、念のためここに記しておこう。そもそも、泉田莇はみょうじなまえに惚れている。
目があうだけでドキドキして、胸が苦しくなるほどに。可愛い、と無意識のうちに自然と、なまえを見る度感じているほどに。
それはもう、ベタ惚れなのだ。

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