「よっ、と」

海のちょっとした堤防とか。道の、ちょっと高くなったところとか。そういうのを見つけると、ついそういうところを歩きたくなる。
校外学習のお昼に来た、牧場と繋がっている広場でもそうで、私は大して高くない石造りの道を歩いていた。たぶん、本当は道って呼ぶようなところじゃないけれど。
そういうものは、突然高さが変わったり、途切れたりする。今回も例に漏れず突然行き止まりになったので、仕方がないから飛び下りるかぁ、と少し残念に思っていたら、「みょうじさん」と呼ばれた。

「はい、どうぞ」

下らない遊びをしている私に手を差しのべてくれる向坂くんは、とても紳士だと思う。こんな子がいていいんだろうかと、眩しさに目がチカチカしてしまう。でも、出された手が片手じゃなくて両手なのが、なんだか可愛らしい。私も、この方が身の丈にあっているというか、手を取りやすく感じて、ありがたい。
向坂くんの両手のひらに自分の手を置いて、全然高くないところから、ぴょん、と下りた。

「みょうじさんが食べたいって言ってたアイス、あっちにお店があったよ」
「ほんと?行きたい!」
「うん、行こうっ」

ぱっと花が咲いたような明るい笑顔に、どきっと心臓が跳ねる。向坂くんの明るい声は、行く道をきらきらと照らしてくれるような、これから向かう場所を特別なところにしてくれるような、そんな感じがした。
重なった私の手を大切そうに、丁寧に向坂くんの指先が包む。手を繋ぐとか、手を引っ張るとかじゃなくて、エスコートしてくれていると感じるのは、向坂くんがやっぱり紳士的で、王子様みたいな子だからだ。

「向坂くんは、どのアイスを食べるか決めた?」
「ボクはバニラアイスにしようかなぁ」
「そこの牧場でとれた牛乳を使ってるんだもんね。絶対においしい!」
「楽しみだね」

こちらを振り向いて微笑んだ向坂くんの、きれいで優しい色をした瞳が私に向けられる。今日みたいな青空に、お砂糖とホイップクリームを混ぜて甘くしたような色。私はその色が大好きだ。甘くて、やさしくて、胸がきゅんとなる、私にとって幸せの色。
二人で笑いあって、売店に行くまでの時間が、出来ればもうちょっとだけ続いてほしい。勿論アイスはすぐにでも食べたいけれど、もうちょっと、こうして手を繋いでいたいし、向坂くんと二人で、広くて青々とした芝生を歩いていたい。
こうして向坂くんと歩いていたら、お城にでも辿り着けそう。言うなれば、これから辿り着くのはアイスのお城なわけだけど。

「……よかったぁ」
「え?」
「あ!えっと、みょうじさんとこうやって歩けて良かったなって思って。今回は班も別々だから……」
「わ、わたしも!だから、向坂くん、ありがとう」
「ボクこそ」

お互いに照れているのがわかって、えへへ、と笑いあう。繋いだ手はどんどん熱を帯びていっていて、私は今にも、手から溶けていってしまいそうだ。
ドキドキが止まらないのに、気持ちはふわふわとどこか別の場所を漂っているような、おかしな感覚。
いよいよ売店についた時、「あ……」と少し残念そうな声を出したのは、向坂くんと私、どちらだっただろう。



「向坂くん、ありがとう!すごい、今、ヒーローみたいだった!」
「ええ!?ボクがヒーローなんて……!」

ボクなんて崩れた豆腐みたいなへなちょこで、ミジンコで……なんて言い出す向坂くんに、豆腐?ミジンコ?と首をひねる。

「あ、でも本当はね、ヒーローっていうより、向坂くん自身は王子様みたいだったなって思う」
「!」

前々から、時々そんな風に思ってたんだけど。今は特にそう思った。だから素直にそう伝えたら、向坂くんは相当びっくりしたのか、暫くフリーズして動かなくなってしまった。それから、顔を青くして否定をするので、「気を悪くしたならごめんなさい」と謝る。

「ううん、ボクなんかには勿体ないけど、みょうじさんの言葉がすごく嬉しくて……!」
「なら良かったぁ。向坂くんは違うって思うのかもしれないけど、私にとっては、そうだったんだよ」

ほんとに、王子様みたいって思ったんだ。そう言ったら、向坂くんは観念したようにこくりと頷いて、「……ありがとう」と弱々しく微笑んだ。




「椋」
「あ、幸くん」
「あの子は?」
「班の子と一緒にあっちに行ったよ」
「ふーん。ちゃんと話せたの?」
「うん!……いつか、もっと自分に自信がついたら、告白したいなって思うんだ」
「早く出来るといいね」
「うん!」
「(二人のことよく知らないやつらはみんな、二人は既に付き合ってるものだと思い込んでるんだけど。……ま、今は言わないでおくか)」

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