すごく気持ち悪くて、くらくらした。照り付ける日差しから逃げるように日陰に入って、我慢出来ずにしゃがみ込む。呼吸が、浅くて荒い。
自動販売機はあと少し行けばあるのに、そこまで辿り着ける気がしない。救いを求めるように見つめたところで、自動販売機がこちらに来てくれることなんて勿論ない。
少し休んだら、あそこまで行く元気が出るかな。うん、きっと行ける、大丈夫。
ぎゅっと目を瞑りながら、自分に言い聞かせる。

「大丈夫?」

ふと、頭上から声が降ってきた。その声にゆっくりと目を開ける。
顔を上げると、まばゆい太陽を背にして、紫の髪にお日さまみたいな目の色をした男の子が、これでもかというくらい心配そうな顔でわたしを覗き込んでいた。

それは、どんな真夏日よりも、夏を感じた日の出来事。

***

「あ、みょうじさん!おはよ!」
「おはよう、兵頭くん」

ぺかーっと朝から眩しい笑顔で手を振ってくれる兵頭くんに、わたしも精一杯の明るい声で返事をする。わたし、ちゃんと笑えてたかな。ドキドキし過ぎて、表情を意識する暇がなかった。

去年の夏、わたしが熱中症でダウンした時に助けてくれた兵頭九門くんは、同じ学校の、隣のクラスの男の子だった。
あの時、急いでお水を買ってきてくれて、持っていた塩飴をくれて、近くの休めるところまで行くのに肩を貸してくれて、わたしが回復するまでずっと傍にいてくれた。
兵頭くんのことは見たことがあったけど、「隣のクラスだよね?何回か見たことある」とにっこり笑顔で言ってくれたのにはびっくりしたし、嬉しかった。わたしのこと、知っててくれたんだなあ、って。そして同時に、トスッと心臓に矢が刺さった。
くらくらして、体が熱い。それは、熱中症のせいだけではなくて、隣に座る親切な男の子が、夏の太陽に負けないくらい眩しい笑顔でわたしを助けて、支えてくれたからだ。一種のつり橋効果とも言えるのでは?なんて頭のどこかで冷静に思いながらも、わたしはその時、兵頭くんに恋をした。

あれから一年経つことをそこらじゅうから聞こえてくる蝉の声が教えてくれる。
ちなみに、恋愛的な進展は特にない。でも今年は兵頭くんと同じクラスになれた。クラス表を見た時は内心小躍りしたし、多分一ヶ月くらい浮かれてた。ううん、今でも若干浮かれてるかも。兵頭くんとは、今ではクラスメイトとして、結構仲良く出来ていると思う。しあわせ。
あれ以降、ちゃんとこまめに水分をとるよう気を付けているし、今日も、兵頭くんがあの時くれた飴と同じものを持ち歩いている。でも、そのことは兵頭くんには内緒だ。だってあれ以降、兵頭くんは学校で会うと挨拶をしてくれて、夏の間は同じように塩飴をくれたから。わたしはそれが嬉しくて、わたしも持っているとは言わずに毎回大喜びで飴を受け取った。代わりに、わたしからはお礼に購買のパンをあげた。兵頭くんは、あまり甘いものを好まないそうだ。でもきっと、知らずにわたしがお菓子をあげていたとしても、兵頭くんはパンをあげた時と同じ笑顔で、素直に喜んでくれたんだろうなと思う。兵頭くんってそういう人だと思うから。ああ、好きだなあ。

わたしが夏に恋をしたっていうだけではなく、兵頭くんは、夏が似合うと思う。
元々野球部だったっていうのもあるし(野球部といえば甲子園、甲子園といえば夏だ)、最近入った劇団でも夏組というグループに所属しているそうだ。「みょうじさん、話があるんだけど…」と言われた時は、まさか告白ではと思って死ぬほど緊張したけれど、公演を観に来ないかというお誘いだったのには驚いた。兵頭くんの舞台は、眩しくて、楽しくて、沢山笑って、感動して、かっこよくて、最高だった。
去年の夏に兵頭くんに恋をして、秋、冬、春と過ぎた。その間も、わたしの心臓は兵頭くんのことを想うと、夏の日差しを浴びているかのようにじりじりと焦がれて、兵頭くんと会うと、また熱中症にでもなったのかと焦るほどドキドキして体が熱くなった。
ぐるりと季節が一周し、今日も真夏の太陽を背にして笑う兵頭くんを見て、やっぱり夏は兵頭くんの季節だ、と感じる。

「兵頭くんって、夏が似合うよね」
「ほんと?オレ、夏大好き!」

にかっと笑う兵頭くんの、大好き、の言葉に、自分に向けられたわけでもないのに心臓が高鳴ってしまう。落ち着け、わたし。

「でも、みょうじさんはちゃんと体調、気を付けてね」
「うん、ありがとう。ちゃんと反省して、お水沢山飲んでるよ」
「よかったー」

親切だなあ、いい人だなあ。
気にかけてくれることが嬉しくて、感動しながら見つめていたら、「あ、でも」と兵頭くんが何か思いついたように言う。

「みょうじさんがまた困ったりしたら、オレ、いつでも助けるからさ!なにかあったら、何でも言ってね」

ドキーンッ
心臓に、矢が立て続けに刺さったような、矢どころか丸太か何かが刺さったような、そんな感じがした。
なに、兵頭くん、かっこよすぎない?眩しすぎない?
ダメだ、くらくらする、熱中症かな。ついさっき水、飲んだんだけどな。

「あの、ありがとう。すごく嬉しい」

ばくばくと今にも破裂そうな心臓の音が、耳の奥に響く。それを聞きながら返事をするわたしは、体調を心配されるレベルで顔が赤いに違いない。
けれど幸い、体調不良には見えないらしい。変な指摘を受けることはなく、兵頭くんは「うん」と、お日さまみたいな色の目を細めて笑った。
なんとなく、いつもより頬が赤く見えるけど、兵頭くん、学校来るまでに日焼けでもしたのかな。

行き先が一緒なのにそこで別れるのもおかしいので、そのまま一緒に教室に向かう。
ただ隣を歩いているだけで、「うれしいー!」って大声で叫び出したいくらいに嬉しくて、しあわせだ。
暑いねって話から、今度のプールの授業の話、クラスの話、兵頭くんの劇団の話、なんて話しているうちに、あっという間に教室についてしまった。早い。早すぎる。まるで、夏休みくらい、時間が進むのが理不尽に早く感じた。

教室に入ると、クラスメイトに声をかけられた兵頭くんがそちらに行ってしまう。それをじっと見つめていたら、不意に兵頭くんが振り向いた。

「みょうじさん、また後でね」

手を振られて、反射的に振り返す。

……えっ、びっくりした。今の、なに。
また後でってことは、後でまたわたしと話してくれるのかな。そういう意味で言ってくれたのかな。そうだったら、すごく、すっごく嬉しい。

去り際に向けられた笑顔が、やっぱりとっても眩しくて、なんならわたしにとっては、今も外で燦々と輝いている太陽よりも眩しくて、心臓どころか体までもじりじりと焦がされてしまいそう。

夏に芽生えたせいか、それとも夏が似合う兵頭くんが好きだからか、わたしの恋心は、夏みたいな色をしていると思う。
今はもう隣にいるわけでもないのに、友達と笑いあう兵頭くんを見て、ドキドキと未だに加速を続けるわたしの鼓動は、夏になると一層おかしくなるのだろうか。

わたしの気持ちを知っている友達が早速冷やかしに来て、「偶然会ったから話してただよ」と返す。話ながら、ふと視線を感じて振り向けば、兵頭くんと目が合った。
その瞬間、なぜかわたしだけでなく兵頭くんも、二人して緊張したような顔をして、それから力が抜けたように、笑う。
今の、なんだろう。わかんないけど、なんか、すごく照れて、嬉しかった。

窓の外からはミンミンと蝉の声が聞こえて、教室のなかはむわりと暑くて。
そんな夏を感じながら、わたしも、夏、大好きかもなあ、と兵頭くんの後ろ姿を見て、笑った。

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