恋愛同盟継続中・前


カラハ・シャールのとあるカフェにて、ある1組のカップルが真剣な顔を付き合わせ、飲み物を啜っていた。
若干歳が離れている感もあるが、このカップルは男女ともに美しい容姿をしており道行く人々を思わず振り向かせてしまう力があった。
それこそ、異性の気持ちなど簡単に手に入れてしまえそうだと思わせる二人。
そんな二人が今、こんな真剣な表情をして悩んでいる理由が、ままならない恋のせいだなんて世の人々はよもや思いもしないだろう。

そもそもこの二人はカップルではないのだ。
言うなれば……喧嘩友達兼、恋愛相談仲間兼、運命共同体の親友である。

ストローでグラスの中身を掻き混ぜながら、少女エリーゼは憮然とした声を出した。

「聞いて下さいアルヴィン。この間、ジュードの研究室に行ったんですよ」

細い指がストローを転がすたびにグラスの中の氷がカラカラと音を立てた。

「そしたら、ジュード、ひたすら『レイアが、レイアが、レイアに』ですよ!!」

バン!!とテーブルを叩き、椅子から立ち上がる。
グラスの中身が驚いて跳ねた。

「酷いと思いませんか?私1ヶ月ぶりに会いに行ったんですよ。それなのに、やれレイアからの手紙でル・ロンドがどうだ、この間レイアが会いに来た時に何処の店に行っただ、レイアに贈ったプレゼントがどうだ」

二人が幼馴染で仲いいのも知ってますけどあんまりです、女の子の前で別の女の子の話するなんて、とそこまで一気に捲くし立ててから空気が抜けたように椅子に掛け直した。

そんな興奮気味のエリーゼをちらりと見、先程アルヴィンと呼ばれた男性は口を付けていた紅茶のカップをテーブルに置き溜息をついた。

「こっちも同じようなもんだよ。仕事の休みが取れたからってわざわざル・ロンドまで行きゃ、レイアの奴ジュードの研究がどうだ、ジュードの手紙がどうだ、ジュードを手伝いに行った時がどうだ…。俺はわざわざ惚気聞くためにル・ロンドくんだりまで行ったんじゃねーっつぅの」

もう一度はぁ、とさっきよりも大きな溜息を零した。
その溜息を引き継ぎ、エリーゼも溜息を零し呟く。

「あの二人…無意識だから、余計…参っちゃいます」


エリーゼとアルヴィンはある旅を通して知り合った仲間だった。
それこそ世界の命運を賭けるような旅で、今起きている大小様々な世の中の変化の殆どに深く関わっていると言っていい。
そして今しがた二人が口にした、ジュード、レイアの両名もこの旅の仲間だった。
旅を通して相手を知り、また旅が終わった後も交流を続ける内に、エリーゼはジュードをアルヴィンはレイアをそれぞれ異性として意識するようになった。
だが、ジュードとレイアは元々旅の以前から知り合い、というよりも所謂幼馴染で(今は)互いに恋愛感情を抱いていない癖に当たり前の様にべったりとくっついているのだ。それこそ熟年夫婦みたいに。

仲間として認識されているせいで、二人からは異性として中々意識して貰えず、それなのにジュードとレイアは互いに最も近い場所にいる(例え恋人で無かったとしても)。
その事がエリーゼとアルヴィンは納得出来ないし、溜息の一つも付きたくなってしまう。

世界の命運を掛ける旅をした者が、そんな小さな事でという者もいるかもしれない。
だが、二人にとってはこれは重大な事だった。

「アルヴィン。今週末二人をデートに誘うんです。このままじゃ埒があきません!!」

バン!!と再びエリーゼがテーブルに手を突き、グラスの氷がまた心臓を跳ねさせた。

「いや、待て。俺今週仕事が立て込んで、」
「ジュードは今週末ル・ロンドに戻るんです。滅多に休みを取らないからチャンスは今週末しかないんです!!」

どうにかして予定を空けて下さい、とエリーゼに凄まれアルヴィンは気が付いた時には首を縦に振っていた。
基本的にこの恋愛同盟は、少女の方が主導権を握っていた。






「ふふ、この4人で揃うの久しぶりだね」

柔らかな日差しの中、レイアが嬉しそうに笑う。
エリーゼの発案から数日後、久し振りの休暇を取ったジュードにエリーゼ、何とか仕事に都合を付けたアルヴィンと、元からル・ロンドにいるレイアとの4人はこの長閑な田舎町に集まっていた。

「そうだね。僕も何だかんだでこっちに帰ってくるの久し振りだし」

「ほんとだよ。たまにはこっちに戻ってきてよね」

「はは…ごめん。今忙しくって」

「ジュードは年中忙しいんでしょ」

レイアが作ったランチ(サンドウィッチやおにぎり、玉子焼きなど)を広げながらの簡単なピクニックを始めてから暫く穏やかな時を過ごした。
だが、いまだにエリーゼとアルヴィンは想いを告げるよいタイミングを計れずにいた。

アルヴィンに至っては週末の休みを取るために仕事を強行軍でこなした為徹夜続きで正直頭がぼうっとしていた。
無意識に欠伸をしてはエリーゼにぎろりと睨みつけられ慌ててそれを引っ込める事数度。
挙句にジュードとレイアがまた痴話喧嘩を始め、これでは本当に埒があかないとエリーゼは溜息をついた。

仲良くじゃれ合うジュードとレイアを横目で見ながら、ぐいとアルヴィンを引っ張った。

「(アルヴィン、これから私はジュードを連れてここを離れます。私は私で上手くやりますから、そっちはそっちでしっかりやって下さいね)」

「お、おい…ちょっと、ま」
「あー!!そういえば私、ジュードに相談したい事がありました!!」

アルヴィンの困惑を遮り、パンと手を合わせたエリーゼはわざとらしい声を上げると、

「え?僕に?何…」

突然名を呼ばれ瞬きを繰り返すジュードの手を取りぐいぐいと引っ張っていく。

「ここじゃゆっくり話せませんからついて来て下さい。二人で相談したいんです」

「あ、う、うん…」

お人好しなジュードが言われるままぐんぐんとエリーゼに連れ去られていくのをアルヴィンは呆けた表情で見送るしか出来なかった。

「どうしたんだろうね、エリーゼ」

「さ、さぁな」

小首を傾げるレイアに曖昧な返事を返した。



ジュードとエリーゼが席を立ってから暫くが経った。
けれど、アルヴィンはレイアに想いを告げるタイミングを掴めないどころか、眠気に襲われ欠伸を押し込めるのに必死になる始末だった。
流石にレイアの前で欠伸ばかりする訳にはいかない。そのせいで返す返事さえ、曖昧になってしまっている。

何度目かの欠伸を口の中に押し込めた時、ふいにレイアに顔を覗き込まれた。

「アルヴィン、眠いんじゃないの?」

「あ、や、そんな事ねぇ…ふぁっ、」

否定の言葉の途中にも小さな欠伸が割り込んできた。まるで説得力がない。

「悪ぃ…」

バツが悪く、短く謝罪する。これじゃまるでレイアといるのが退屈で眠たいと言っている様ではないか。

エリーゼがジュードを引っ張っていった今、レイアと二人きりになれたというのに何と間の悪い事か。
エリーゼのあの調子からすれば、彼女はきっと当初の計画通りジュードに想いを告げるのだろう。
それなのに自分と来たら。眠気に押されて想い人の目の前で欠伸連発、頭がぼやけているせいで上手い言葉のひとつも見つからない(元からレイア相手だとつい言葉を選びがちになると言うのに尚更だ)。

(格好悪ぃ。…またエリーゼに先越されちまうのかね、俺は)

そんな事を思いながらも、何か想いを告げる切っ掛けを見つけようと口を開き掛けた瞬間、ぐいと腕を引っ張られた。
突然の出来事で抵抗出来ないまま、腕の引かれる方向へと身体が傾く。
ぽすっという音と共に倒れこんだ先には柔らかな人肌の感触。
陽光を遮るようにしてアルヴィンを覗き込む翡翠色の瞳、さらりと流れ落ちる明るい茶の髪。
一瞬何が起こったのか理解できず、暫しの間自分に向けられた翡翠色、レイアの瞳をじっと見つめ返すだけだった。

「アルヴィン、寝ていいよ」

落とされた言葉、頭の下の感触、こちらを覆うように見下ろしているレイアの顔から今自分は彼女の膝の上に頭を置いているのだと理解した。
所謂、膝枕。

慌てて起き上がろうと起こし掛けた体は、だが、レイアの手で制されてしまった。

「無理しなくていいよ。最近仕事忙しそうだったもんね」

降って来る言葉と注がれた瞳の温かさに目を瞠る。

「レイア…、」

何か言おうとするよりも早く、目を柔らかな手の平で覆われた。

「ほら、つべこべ言わずにさっさと寝る」

柔らかな暗闇の向こうから聞こえる声。何時もお疲れ様、という声音と目元にじんわりと広がるレイアの熱が徹夜続きの身体に染み込み、まどろみに誘う。
疲労や心の浮き沈みを隠すのは得意なはずなのに、ことレイアに関してはあっさりと見抜かれてしまう。
そのお節介さを心地いいと感じてしまう辺り、やはり自分はレイアが好きなのだと落ち掛けた瞼の裏で改めて感じた。
人前で寝顔を晒す事が嫌なアルヴィンのはずなのに、レイアが齎す体温は安眠へと彼を誘う。
こんな眠気に任せて想いを告げるなんて出来るはずもないので、今日の機会は諦め素直に眠りに付く事にした。
それでも、心地よさに自然と言葉が口を突いた。

「レイア…、あのさ」

「何?」

「おたくのその性格にホント、救われるよ。誰にでも優しくて、お人好しで、お節介で…、どんな奴にもムカつく位甘くてさ、こんな事までしてくれちまうから勘違いしちまうし、俺はずっとレイアが……」

言葉の途中から睡魔が交じり、上手く言葉にならない上に自分が何を言っているのかも分からなくなっていた。
そのまま柔らかな暗闇の中に落ちていった。温かなぬくもりに包まれながら。


寝言に近いアルヴィンの呟きが途切れ、数度暖かな風が二人の間を吹き抜けた後、レイアはアルヴィンの目元に置いていた手をゆっくりと外し、くすりと笑った。

「それ、褒めてるのか貶してるのか、どっちだかわかんないよアルヴィン」

睫毛に掛かる前髪を手で除けてやりながら続けた。本当に小さな声で。

「誰にでも、じゃないよ。私がこんな事するのは、アルヴィンだけ……最後の言葉は『好き』って自惚れちゃっていいのかな…?」

お休みに重なる様にふわりと柔らかな唇がアルヴィンの額に落とされた。
暖かな風の中に、小さく穏やかな寝息が聞こえた。


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