神様のいない世界で・前


※兄妹設定捏造パロ。アルレイが血の繋がった兄妹設定ですので、苦手な方はご注意下さい。その他捏造設定多数です。こちらの続きのお話になります。



例えば――、
真実(ほんとう)のことを知らないままだったら。或いは逆に最初から知っていたとしたら。
もしくは、あの時一発の銃弾がその肌を貫くことが無ければ。
もっと――そう、
再会などしなければ。

こんな気持ち、味合わなくてすんだのに。

真実を知らないままならただの『恋』と贖罪で済んだ。
最初から知っていたなら、胸の中にあった曖昧な気持ちを『恋』になどしなかった。ただ彼女の幸せを願うだけでいられた。
けれど、神の描くシナリオはそのどちらもを選ばず、『恋』を創り上げた後にそいつは許されないものだと『真実』を告げてきた。
まったく、俺はとことん神様とやらに見放されているらしい。
その癖一縷の奇跡など起こしてみせるから、余計性質が悪い。そのせいで俺はこんな気持ちを抱え続けたまま、燻っている。

そうとは知らず実妹に好意を寄せ、傷つけ、割り切る事も気持ちの昇華も出来ぬまま逃げ続けている。

あぁ、そうか……。
だから、か。



恋慕の情と家族への情。そして、後悔。
それら全部が己の中で渦巻いて、何も出来なかった。何も言えなかった。

結果、何も告げられないまま旅は終わりを迎えた。
もっとも、アルヴィン自身、何をどう告げればいいのか理解らなかったが。
そして、何も告げられず、ただレイアとの間に歪な深い溝を刻んだまま、アルヴィンは妹と再び遠く離れた。
彼女の首にペンダントを掛け、二度と会う事はないだろうと思いながら小さく温かな身体を抱き締めた後のように。
元より、レイアを手放した時点で、二人の関係は絶たれていたのだから。
何も変わらないんだ。
そう思いながらも、脳裏には七色に輝くペンダントを首に下げ、じっとこちらを見詰める翠の瞳が息づいて離れなかった。


「…………」

シルフモドキが運んできた手紙の中のひとつ。その差出人を確認してアルヴィンは渋い顔をした。苦渋の顔。
レイア・ロランド。
その名がまるで鋭い刃か何かになってアルヴィンを傷つけたように。
封を切らずに手紙を木箱の中に放り込む。中には同じように封を切られないままの手紙が幾つも入っていた。全て同じ差出人。
はぁ、と大きく溜息をついて、目を瞑り、手紙のこと――それだけではなく、頭に浮かんだオレンジブラウンの髪がさらりと揺れる音、懐かしさとどうしようもない愛おしさを感じる翠の瞳も――を意識から追い払った。
そんなものは最初から無かったのだと言い聞かせながら、木箱の蓋を閉じた。
こんな事を続けてもう半年になる。

自分の心や生き方に多くの変化を与えた旅が終わってから、アルヴィンは取り合えずの生活拠点としてシャン・ドゥを選んだ。
既にアルクノアでの活動は無くなっていて、当面、どのようにして食い扶持を稼ぐのかを考えていた所に、タイミングを見計らった様にユルゲンスから商売の話を持ち掛けられた。
一緒に仕事をしないか、と。
そのありがたい申し出に、最初は少々戸惑ったが(自分に真っ当な生き方ができるのだろうかと)、いざ仕事を始めてみれば忙しくも充実していて、それなりに様になっていたりもする。
仕事が充実していて楽しいと思える事にささやかな幸せを感じたりもした。
しかし、それでも、心の中に引っ掛かる想いは消えずにいたが、アルヴィンは敢えて目を背け続けた。
そうして気が付けば半年が過ぎ、その間、レイアとは一度も顔を合わさず、それどころか手紙の遣り取りさえしていない。
レイア自身は何度も(今だって)手紙を寄越してきたが、アルヴィンはそれらに一度も返事をしないどころか、封を切る事すらしなかった。
怖かった。手紙の封を切った途端、自分の中の『何か』も外に飛び出してきそうだったから。

何か――――。
それは、本来なら絶対に許されるはずのない感情。
血の繋がった妹に対する恋愛感情。

レイアを撃ってしまった後、あの小屋で治療を受けていた彼女の胸に輝くペンダントを見て、動揺を隠せなかったアルヴィンにジュードは問うてきた。
アルヴィンとレイア、ふたりの関係を。恐らくその時点で『何か』感じるものがあったのだろう。
レイアは以前から「このペンダントは自分と『本当の家族』を繋ぐ大事なものだ」とジュードに話していたそうだ。
……確かにその通りだ。ペンダントをもしもレイアが何時も身に着けていなかったら、アルヴィンはあんなに傍にいながら妹の存在に気付かないままでいたかもしれない。
もっとも……気付く事と気付かない事、一体どちらが良かったのかは理解らないが。

動揺する姿を見られ、かつ、レイアの出自についても問い質してしまい、隠しきれるものではないと判断したアルヴィンはジュードには真実を告げた。自分とレイアには血の繋がりがあるのだと。その上で、レイアには何も告げないで欲しいと。
ジュードは自分の中の『もしかして』が確信に変わったことに僅かばかり目を見開いた後、躊躇いがちに口を開いた。
「本当に……それでいいの?」と。真実をレイアに隠したままでいいのかと。

「レイアは……ずっと、家族を探してたんだよ……」

それに対するアルヴィンの答えはただ首を横に振るのみだった。
それが最も妥当な判断だと思った。
レイアは十数年間ロランドの娘として『普通の幸せ』の中に生きてきた。 過去、アルフレドがそう望んだように。
今更、手を汚しに汚し、落ちることろまで落ち、その上、実の妹にまで銃を向けた男が兄だと知る必要はない。
自分の胸の中に渦巻く、許されるはずのない感情を知られるわけにはいかない。
今ならまだ、レイアは何も知らないままでいられる。
ただ、アルヴィンに怯えながら、怖いと思いながら離れていくだけだろう。そうして、何時ものレイア・ロランドに戻ればいい。家族はロランドの両親のみなのだと。
それが一番いいに決まっている……。
そうやって、アルヴィンは旅の最後までレイアを避け、最悪の形で別れた。
そのはずなのに……エレンピオスでのレイアの言葉が今も耳に残る。

『どうして、わたしを避けるのに、わたしを守ってくれるの?……あの後からアルヴィン、ずっと……変だよ。アルヴィンはこのペンダントのこと何か知ってるの?アルヴィンは……。ねぇ、わたしがアルヴィンを好きだって言ったら抱き締めてくれる?』

手紙は今日も届けられてくる。

『……わたし、アルヴィンが好き、だよ』



夢、を見た。
過去の夢だった。
まだ一歳にも満たない赤ん坊にミルクを飲ませる夢。
余程お腹が空いていたのか小さな体に見合わず、哺乳瓶をあっという間に空にした。

「凄いなお前。完食だな。美味かったか?」

温かい体を抱き寄せ、ふっくらとした頬をつつきながら笑い掛けると、大きな翠の瞳をすっとこちらに向け、きゃっきゃっと笑ってみせた。
11歳のアルフレドとまだ名前の無かった頃のレイア。

「お前は幸せにならなきゃいけないんだ」

もう一度、ぎゅっと強めに抱き締めようとして、赤ん坊の頬に小さな血の赤が散っているのを見つけ、目を見開いた。

「だから、お前は俺の傍にいちゃいけないんだ……」

自分の首に下がっていたペンダントを赤ん坊の首に付け替える。

「だから、俺のことは忘れて……」

吸い込まれそうな翠の瞳がじっとこちらを見上げる。
その翠はそのままに、次第に姿が切り替わっていく。
11歳の少年と赤ん坊ではなく、アルヴィンとレイアの姿に。それでも、赤ん坊の時と変わらない翠の瞳がこちらを見ている。胸元には七色に輝く小振りの石のペンダント。

「わたしの幸せは、わたし自身が決めるよ。もう、自分で決められる歳になったんだよ。アルヴィンがわたしを守ってくれたから」

ペンダントを宝物だとでもいうように、両手で包み込む。

「……わたしはアルヴィンの傍にいたいよ。アルヴィンに会いたいよ。アルヴィン、わたしは……」

言うな。
それ以上言うな。
叫ぼうとするのに、声が出て来ず、ただ乾いた空気が漏れるのみ。
レイアは相変わらずこちらを見据えたまま、唇を動かした。

「わたしは、アルヴィンが――す、き」

瞬間、レイアはびくんと大きく体を仰け反らせた。
じわりと胸に血の赤が滲んで見る間に大きくなっていく。
がくりと崩れ落ちるその時ですら、レイアは翠の瞳をこちらに向けていた。
慌てて駆け寄る。
手が触れるかどうかというところで――翠が消えた。



「レイア!」

ばっと身を起こす。
半瞬程、今の自分の状況が理解出来ずに辺りをきょろきょろと見回した。
翠の瞳はどこにもない。
辺りは翠ではなく、濃い赤味を帯びた夕暮れ時の色に包まれていた。
体が半分ずり落ちてしまっている場所は自宅のソファーで、どうやらうたた寝をしてしまったらしい。

「最近、忙しかったからな……疲れてんのか?」

だから変な夢を見たんだ。
頭を軽く振りながら、そう結論付けた。
視界の端で机の上に置かれた木箱がちらついたが、あえて無視をした。
手紙を受け取ったから夢を見たのだと思いたくなかった。

「今、何時だ……?」

茜に手を翳しながら、独りごちる。

「夕飯、何か買ってくるか」

珍しく、食事のことが頭をよぎった。
もしかしたら、これも呼ばれていたからかもしれない。
――レイアに。


シャン・ドゥはそれなりに活気のある街だ。
ただ、活気があるという事は、同時に荒くれ者や素行の良くない者も結構な数、うろついているということでもある。
夕刻を過ぎるとそれは数を増やす。
夕刻過ぎの女性や子供の一人歩きには充分な注意が必要だというのはこの街に住む人間ならよく知っている。
それでも時々事件は起こる。
特にラ・シュガル、ア・ジュールが統一され、他所からの人の出入りが増えたせいだろう。他の街からやってきた女性が人買いに攫われそうになっている場面にアルヴィンは何度か遭遇したことがある。
だから、それ、自体に驚くことは無かった。何時ものように助けるだけなのだから(そういえば、こんなお節介染みた事をするようになったのも、あの旅以来だ)。

夕飯用のテイクアウトを幾つか見繕って貰って代金を払っている時だった。
アルヴィンの居る場所から、やや離れた所、暗がりの近く。
仄かに卵色を帯びた白のワンピースに同系色の鍔広の帽子を被った十代の少女が大柄な男二人組みに、乱暴に腕を引かれて路地裏に連れて行かれるのが見えた。そっと後を追う。
どう考えても、穏やかでないことが起こる前兆だった。
帽子のせいで少女の顔はわからないが、大きな鞄を抱えているところを見ると、この街の人間ではないのだろう。
旅行者か何かかもしれない。
少女と男達の口論が聞こえる。

「商会の場所を教えてくれるって話でしょ!?」
「ああ、教えてやるとも」
「まぁ、案内してやるのは俺達の商会(アジト)だけどな」
「騙したの!?」
「騙したとは人聞きが悪いな。『シャン・ドゥにある商会の場所を知っているか』と訊ね回ってたから親切に声掛けてやったんだろうが」
「俺達も商会の一員なんでね。『人身売買』が専門の商会のな」
「人身売買……!」

少女が息を呑む。
その様子を隠れた場所で見ていたアルヴィンは心の中で首を捻った。

(この声……聞き覚えが……まさか、な)

そんなはずある訳ないだろうと、うろたえる思いで現場を覗き込む。そんなはずが……。
そこに、粗野で下卑た笑い声が被さる。
男達が舌舐めずりするような視線で少女を頭の先から爪先まで見回し笑っていた。値踏みでもするように。

「まだガキだが、何、心配するな。世の中には幼い女を好む紳士も大勢いてね」
「それにお嬢ちゃんは、綺麗な翠の目をしてるときた。青や翠の目の女は人気が高いんだぜ」
「そ、そんなこと、知らない!」

(翠の……目!)

ごくりと唾を呑み込んだ。嫌でも頭の中に浮かんでくる顔。
心臓がドクドクと激しく脈打つ。
男のひとりが少女に手を伸ばす。

(詮索なんかどうでもいいだろ!今は助けに入るのが先だ!)

アルヴィンが一歩を踏み出したのと、それはどっちが早かったろうか。

粗暴な腕が少女に伸び、目敏く胸元のペンダントを引っ張った。

「ほう、これは。結構な値のしそうなもんだな」
「娘も売って、そいつも売れば一石二鳥ってところだな」
「やめて!それに触らないで!!」

悲鳴のような少女の、必死の叫び声。
強く地面を踏みしめて、アルヴィンが三人の前に飛び出した刹那、視界いっぱいに広がった白。
ワンピースを大きく翻し、姿を現したしなやかな足。それが、男の鳩尾に綺麗に入る。
もんどりうって倒れる男。
反動で帽子が落ち、少女のオレンジブラウンの髪がふわりと舞った。

「な、」
「へっ?」
「あ……」

その場に居合わせた誰もが(それぞれにとって)予想外の出来事に、可笑しな声を漏らすのみで、動く事が出来なかった。
呆けた顔をしてアルヴィンの目の前に佇む少女。
記憶にあるよりも長くなったオレンジブラウンの髪と、記憶そのままの翠の瞳。白のワンピースの胸元でゆらゆらと揺れる七色に輝く小振りの石がついたペンダント。
何となく、そんな気がしていたはずなのに、実際目の当たりにすると心臓が鷲掴みにされたよう。

「……レイア」
「アルヴィン」

半年振りに耳にする自分を呼ぶ声。
手にしていたテイクアウトの袋が、どさりと地面に落ちる音がした。


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