−嘆きを愛に変える術−


エレンピオスが死に瀕している。エレンピオスに住まう打ち捨てられし精霊が。
『希望』を手に入れねば。
もう、時間がない―――。

何も無い、ただ荒れ果てた地が続くだけの場所に不釣合いな眩い光が一点。
最初小さかったそれは次第に大きくなり、やがて一人の人間大の大きさへと成長した。
暫くの間、その光は折り重なり、何かを形成しているようだった。
眩すぎて何か確認できなかったものが、少しずつ光度を落として、それが何であるのかを荒野の中に映し出した。

人。まさしく人そのもの。

金と緑と、水色とが微妙に混ざり合い独特の色を生んでいる長い髪。優に足首の長さを超えていた。
瞳の色もまた、光の加減で金、琥珀、赤、と移ろいで見える独特なものだった。
鼻筋は通っており、瞳を彩る睫毛も長い。まず間違いなく美しいといって問題ない容姿の女性。
だが、病的な白さを持つ肌のせいか、またはその表情故か、女性は酷く冷たい印象を醸し出している。
無表情に美貌が重なり人形めいて見えるのだ。しかしまた、その冷たさ美貌が同時に神的な印象も彼女に与えていた。
いや、神的なという言葉はふさわしくないのかもしれない。

女性はじっと何も存在しない荒涼たる景色に目を落としていたが、ふっと哀しげな表情になり呟いた。

「もう時間がない。この世界では打ち捨てられたかの者らの意思は消え去るのみ」

無表情から初めて動いた表情に込められた色は深い嘆き。

「パンドラの箱は開けられてしまった。ならば……探さねば。パンドラの箱に残された『希望』を…」

表情と同じ深い嘆きを帯びた声でそう言うと瞳を閉じた。
濃い睫毛が白い肌にくっきりと陰影を描いた。

「『希望』は先の時にある…。そう…マクスウェルの手の中に…。我らを打ち捨てし精霊の主の元に…。ならば……」

ゆっくりと開いた瞳の色はどの色とも付かぬ程揺らめいて。無表情のそれへと戻った。

「この場を動けぬ私の代わりとなる、この世界の精霊の主を作るべきか…。時を渡る力を持つ、この打ち捨てられし世界の主。名は…オリジン…この地の人々の主には相応しい名だろう」

彼女は正しく神だった。世界の不安と衰退が生んだ嘆きの女神。
名をマーテルといった。



愛されたいと思っていた。一体自分は何のために生まれたのだろう。
母たる女神(ひと)に愛されたかった。一度でいい、笑いかけて欲しかった。抱き締めて欲しかった。
けれど、彼がこの世に誕生してからこれまでその願いは一度として叶えられた事はなかった。
母たる女神はただ、この世界の衰退に悲嘆するばかりだった。その瞳に彼は映らなかった。
それを彼は自分に力が無いせいだと理解した。母たる女神の望む力をつけ、その望みを叶えていないから愛されないのだと。
母は自分に精霊の主になる事を望んでいる。その望みを叶えるためにはパンドラの希望を手に入れなければ。


彼の名はソリト=オリジン。
見た目は20歳程度の青年の姿ををしているが実際は誕生して二年。
嘆きの女神マーテルの分身たる存在で時空を渡る力をもつ唯一の精霊オリジンそのもの。
整った容貌に、深い蒼の瞳と銀色のさらりとした髪をした美青年だった。




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