4.初めての場所へのキス
レイアは真剣な顔をして目の前にある『それ』を見詰めた。 ごくり、と唾を飲み込む。 さながら戦場へと赴く兵士の顔。 流石にそれは大袈裟かもしれないが、しかし、レイアにとってはこれは初めて遭遇する魔物との戦闘と何も変わらかった。 未知な部分が多すぎて。つい慎重になってしまう。
正に恐る恐るといった体で、指先でそれに軽く触れてみる。 指先から伝わる熱に慌てて手を引っ込めた。 もう一度、さっきよりも強くごくりと喉を鳴らし、じっと目の前のものを凝視していると頭上から苦笑を混ぜた声がした。
「レイア、そんなに真剣な顔してじっと見られると流石に恥しいんだが……」
そんな大層なもんじゃねぇし。声に引かれ、顔を『そこ』から離し上と移動させた。 視線の先ではベッドの淵に腰掛け、困ったようにこちらを見るアルヴィンの姿。
「やっぱ……嫌?」
躊躇いがちに訊ねられた言葉に、レイアはぺたりと床に座り込んだ格好のまま、ふるふると首を勢い良く横に振った。 取り繕うように言葉を紡いだ。
「い、嫌とかそんなんじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「初めて、ちゃんと、見るから……その……」
そこで言葉を詰まらせ、また視線を『そこ』へと向けた。 まだはっきりとは熱を持っていないが確かに存在を主張するそこ。これからレイアが口や手を使って愛でる場所。 今まで全く見た事がない訳ではないが、改めてしっかりと見るのは初めてで。 そのせいで、何だか恥しくなってしまう。 これが自分の中に入っていたのかと、これに自分は何時も乱されているのかと思うと余計に。 思わず、その場面を思い起こし頬に茜が差した。 アルヴィンから隠す様に俯く。
レイアの行動から心の中を完全に見透かしたのであろう、クツクツと喉の奥から響く笑い声が頭上から落ちてくる。
「こいつが何時もレイアん中入ってると思ったら恥しくなった?それとも気持ち悪いと思ったか?」
結構グロテスクだもんな。 そういうアルヴィンの言葉に、レイアは再び慌てて首を横に振った。 確かに、そこは想像以上に生々しくて熱かったが、少しも気持ち悪いとは思わなかった。 初めてはっきりと見るそこにこれから自分がする行為を思えば恥しさとほんの少しの怖さも感じるが、不快感や気持ち悪さはない。 それはきっとこれが自分の好きな人の一部だからに他ならなくて。
「気持ち悪いなんて思わないよ。だってアルヴィンのだもん。好きな人の一部だよ?気持ち悪いはずない。ただ……その、……こういう事するの初めてだから、上手く出来るか心配なのと……ちょっと、だけ、恥しかっただけ」
益々赤くなっていく頬を髪で隠すように俯いたままで、レイアはちょっとだけアルヴィンの傍に寄った。
「レイア……」
頭上から降って来る愛しさと吐息が混ざり合った自分の名にレイアの中の愛おしさも膨らみ、恥しさや躊躇いを押し退けた。 すぐ目の前にある熱の塊へと、ゆっくりと両手で触れ、柔らかく一撫ですれば、アルヴィンの唇から小さな快感の吐息が零れる。 ひくりと微かに震える熱とアルヴィンの反応を、自分より11も年上のはずなのに「可愛い」と感じた。 その反応をもっと引き出したい欲求のままにすりすりと何度かそこを撫で付けながら、下方へ向けていた瞳をアルヴィンの方へと押し上げた。 自然に、微笑と言葉が生まれる。
「アルヴィン、好き。私初めてで、きっと下手っぴだと思う……だけど、一生懸命するからね」
「別に下手だって構わねぇよ。レイアがしてくれるってだけでもうさ、こんなに興奮してんの」
わかる?そう言われるままに、自身を見遣ればさっきまでよりも大きさが増していて、アルヴィンの言葉を裏付けた。
「うわっ、本当だ。おっきくなってる!?こ、これってもっと大きくなるの……かな?」
その事に軽い驚きを覚えて、つい何時もの好奇心が顔出し、レイアは声を上げた。 途端に消えてしまった艶っぽさにアルヴィンは苦笑めいた笑いを零しながら頷いた。
「そりゃな。実際おたくの中に入ってるのもっと大きいだろうが」
「うっ、も、もう、やだっ!恥しいからわざわざ言わなくていいよ!」
「ははっ、レイアちゃんは相変わらず初心でかわいーね」
「もう、知らないっ」
ぷい、とわざと大袈裟に頬を膨らませて拗ねて見せる。照れ隠し。 それから、うっかり想像してしまった自分の体内に抱え込んだ時の熱の大きさを頭から追い払うように、(最初おっかなびっくりそれを直視していたのが嘘みたいに)自身に躊躇いなく可愛らしい唇を押し当てた。 ぺろりと舌で表面を刺激すると、アルヴィンの肩が仄かに揺れた。声がする。
「でも、頼むから……」
「ん?」
「歯立てたり、噛み付いたりだけは勘弁してくれよ」
デリケートなんだよ、そいつ。しかもレイアはドジっ子だからな。 心底怯えた声でそう言われ、レイアは勢い良く吸い付こうとしていた先端部から思わず口を離し苦笑した。
「ははは……、善処しまぁす……」
さっきまでよりも慎重に舌を這わせ始めた。 レイアにとっては初めての奉仕。
「んっ、ふぁ、……っ」
レイアはその熱を呼び起こす行為に夢中になっていた。 最初、躊躇っていたのが嘘のように、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、赤い舌をそこかしこに這わせては時折強く先端部を吸う。 その度に、自身はびくりと震え、頭上からはくぐもった吐息が落ちてくる。 もっともっと、アルヴィンを快感に震わせてみたいと思う。 性行為に於いてレイアは何時もアルヴィンに翻弄されるばかり。それは互いの年齢差と性経験の差を考えれば当然で、レイアも自分では絶対にアルヴィンを翻弄などさせられないんだと半ば諦めに似た気持ちを持っていた。 なのに、今、アルヴィンは確かにレイアの舌や指の蠢きに翻弄され、快感の溜息を零している。 口内に迎え入れた熱だって、最初は簡単に根元まで収まっていたというのに、今はもう奥深くまで呑み込まないと全てを収める事が出来なくなっている。 その変化をレイア自身が引き出せた事が嬉しくて、つい夢中になってそこに舌を這わせてしまう。羞恥心など頭の片隅にすら存在しなくなっていた。 何より、奉仕の手を強める程にレイアの頭を撫でる大きな掌の熱が愛しい。まるでレイアの行為を褒めているかの様な手付き。 だから、もっとアルヴィンに褒められたい、悦ばせたいと、自然、奉仕は大胆になっていく。
すっかり硬さと大きさを主張する自身を包み込むみたいにして両手を添え、それの裏側の筋張った部分の流れに沿って下から舐め上げた。 途端、びくっ、と今までよりも大きくアルヴィンの肩が震えた。 オレンジブラウンの髪を撫でる指先にちょっとだけ力が入る。何かに耐えるみたいに。
(ん?……もしかしてアルヴィンここ、こうされるの気持ちいいのかな?)
恋人の僅かな変化をしっかりと感じとり、レイアは自分の考えの答えを得ようともう一度同じ部分に舌を這わす。 さっきよりも強く。舐めるというよりも吸い上げるように。
「っ……ふ、っ」
確かに聞こえる快感の呻き。
(やっぱり、気持ちいいんだ)
わが意を得たりとばかりに何度もそこを執拗に往復すると、堪らずといった感の声が降ってきた。
「っ……レイア」
自身から唇を離さぬまま、アルヴィンを見上げ訊ねた。
「アルヴィン、気持ちいい?ここ、好き?」
「っ……気持ち、いいよ。そこ、……そうやって舐められんの」
ほんの少しだけ気恥ずかしそうに答えるアルヴィンの姿がレイアの中に不思議な喜びを生んだ。 何時もアルヴィンが訊ねる事を今は自分が訊いている。 不思議な気持ち。喜びと、ほんのちょっぴりの優越感。 それらに後押される形で、更に言葉を紡いだ。もっとアルヴィンを悦ばせる術を知りたくて。
「ねぇ、教えて。他は?どこをどんな風にされるのが好き?アルヴィンの『いいところ』私に教えて」
ことり、と小首を傾げ微笑んで見せれば、アルヴィンは整った髪を軽く乱すようにして頭を掻き、「参ったね」と呟いてみせた。 その顔に浮ぶのは快感に酔わされた表情。そして少しの照れ。 その姿をレイアは可愛いと思った。
さして上手くはない自分の性技に酔ってくれる、こなれたはずの恋人。 それはきっと、奉仕を始める前にアルヴィンが言ってくれた『レイアがしているから』。そう自惚れてもいいのだろうか。 そんな気持ちで、アルヴィンの茶の瞳を見れば、優しくその色を細めて。自惚れようと思った。
「んっ、そこちょっと強く吸って」
「んんっ、……ここ?こりぇていい?あるうぃん、きもひ、いい?(ここ?これでいい?アルヴィン、気持ち、いい?)」
「馬鹿っ、咥えたまんま喋んな」
叱り付けるように、頭を少し強く押さえ付けられた。 必然的に自身を喉奥付近へと呑み込まされる。
「っ、んっ……ぁふ」
アルヴィンに求められるまま、自身の先を強めに吸うと、透明で粘り気のあるものがじわりと染み出してくる。 それをぺろりと舌先で掬うと、仄かに酸味がして、アルヴィンの呻きが強まる。 舐め取る度に湧き出すそれは、何だか自分の快感の証拠であるそれ、愛液にも似ている気がレイアにはした。 口内いっぱいを自身で満たされていて言葉を発せないため、代わりに自身への奉仕は続けるままに、髪を撫でる手の持ち主を視線でなぞった。 レイアの与える刺激に快感を得、少しずつ追い立てられていきつつある表情を見せながらも愛しげにこちらを見下ろす茶の瞳。
「気持ちいいよ、レイア。ありがとな」
オレンジブラウンの髪に降ってきた、飾り気のない、素直で優しい響きにレイアの幸福感が刺激された。 返事の代わりに、今までより一層強く、自身の先を吸った。 また口内に広がる酸味。
「っ、ん、……レイア、そろそろ」
やばい。切羽詰ったアルヴィンの声と、びくびくと今までよりも強く痙攣する口内の熱。 それは、レイアが日頃、口ではなく体内で自身を迎え入れた時の、アルヴィンの絶頂時の反応と同じで、アルヴィンが言わんとする事の意味をレイアは理解した。 拙いなりに、アルヴィンをそこにまで導けた事への喜びと自信が湧いてくる。
自身に吸い付くレイアの頭を両手で包むようにして、撫でながら掠れ気味の声でアルヴィンが訊いてくる。
「なぁ、レイア。口ん中出してもいいか?」
何処か甘えを含んだ響きはレイアから抗う術を完全に奪ってしまう。 こくりと、オレンジブラウンを揺らし、睫毛を伏せた。 今までになく、愛しげに頭を撫でられた。レイアを幸せにする熱。
けれど、愛しさとは別に、レイアの身に予想外の出来事が起こった。初めて故の失敗。 強く脈打ち、自身がレイアの口内で快感に爆ぜ、どろりとした白濁を吐き出すまでは予想通りで、何も問題なかったけれど。 問題は、その味と量。 レイアの口の中全てを塗りつぶすみたいに広がって侵食していく白濁。 何より、想像より一層、濃く、苦味のある味にびっくりして思わず口を其処から離してしまった。 一瞬、自身とレイアとを白い糸が繋ぎ、ぷつん、と切れた。 外へと放り出されてしまった自身はまだ熱を吐き出しきってはおらず、今度はレイアの頬と髪とを白く染め上げた。
「ぁ……ぅ……」
内も外もアルヴィンの欲に侵された状態になったレイアは放心気味に、頬を流れる白濁を指で掬いながら呻いた。
「途中で口離すから……」
「ごめ、な、さい」
「謝んなくていいよ。俺こそごめんな」
ごしごしとタオルで頬や髪を拭いながらのアルヴィンの謝罪にレイアは思い切り首をぶんぶんと振った。 嫌だった訳でも、気持ち悪かった訳でもないのだと。 その事をちゃんと伝えようと口を開いたが、その瞬間、強かに口内に残っていた白濁の名残を飲み込んでしまい、けほけほと噎せ返ってしまう。
「おい、大丈夫か?」
レイアを見詰め、背を撫でるアルヴィンの瞳の中には、心配がゆらりと揺らめいて見える。 レイアを気遣い心配に思う気持ちと、時たま彼がレイアの前に覗かせる大型犬がきゅーん、と鳴いて申し訳無さそうにしている姿に似ている臆病さ。嫌われて捨てられてしまうんじゃないかという思い。 こんなに大人で、容姿だって整っていて、世間を一人でだって生きていける力を持っているのに、11も年下の、言ってしまえば普通の少女であるレイアに嫌われる事を恐れるアルヴィンの心。 そんなアルヴィンの虚勢のない弱さは何時だってレイアの胸をきゅぅっと締め付けてくる。大丈夫だよと、抱き締めたくなってしまう。 事実、白濁の思わぬ味に驚いてしまったし、頬や髪を白く染め上げたそれは何とも言えない生臭い感じもあるのだけれど、じゃあ、こんな目にあったからもう二度と、彼のそれを愛でたくはないのかと言えば答えはノーだ。 寧ろもっと……。
「大丈夫だよアルヴィン。初めてだったからびっくりしちゃっただけ。私アルヴィンをちゃんと気持ちよくできたんだよね?」
「……あぁ。気持ち良かったよ」
「だったらいいんだ。最後はちょっと失敗しちゃったけど、次はもっと上手になるように頑張るよ。今度は口離さないで最後まで受け止めてみせるんだから」
「次、も……してくれんのか?」
嫌じゃなかったのか?そう如実に語る、切れ長の瞳を真っ直ぐに見据えレイアは心のままの想いを言葉にしてアルヴィンに示してみせた。
「当たり前でしょ!アルヴィンは私の恋人なんだよ?これから先、此処を愛するのは私唯一人!の、予定、なんだから」
「そっか……そうだな」
アルヴィンの表情から不安がゆっくりと消えていくのが確かに見て取れて。 レイアは更に行動でも想いを示してみせる事にした。 この臆病で可愛い恋人が安心できるようにと思いながら。
「そう、だからね。これから、もっといっぱい、いっぱい、私が愛してあげる」
アルヴィンの全部、どんな姿も我儘も愛してみせるよ。だから怖がらないで、遠慮しないで、我儘を頂戴。 そうやって紡いだ言葉と共に、今日、初めて自らの口と手で愛でた場所へと、軽くキスを落とした。 ちゅっというリップ音と引き換えに、それはまた熱を取り戻して。
そんな欲望に忠実な姿が、やはりレイアの目には堪らなく可愛く、愛しく映った。
END
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