何時からその事に気づいた? いやもう気づいた時には遅すぎた。
それは緩やかな毒のように俺を侵し、もう逃げられない。
まっすぐにこちらを射抜くその目は俺の愚かな嘘すらも飛び越して心臓に突き刺さるのだから。
俺の理性が『危険だ』と告げているのにこの手はそれを掴もうともがいている。
心は既に猛毒に侵されて…。
最初は軽い気持ちだった。ほんの遊びのつもり。
正直言うと嫌いだったから。好きになれない優等生の絵に描いたような『いい子』の幼馴染。
ジュードが大事にしている少女を穢してやりたい、ただそれだけだった。
少なからず女の扱いに自信のある身なのでお子様1人落とすなんて訳ないと思っていた。
お陰様でレイアは俺に懐いたかのように俺を構うようになった。
後は適当に遊んで捨てるのも有りだよな、そうしたら優等生はどう思うだろうかなどと思っていたのに。
こいつはそんなに甘い相手じゃなかった。
緑の瞳は総てを見透かしてくる。心の一番柔らかい部分にいともたやすく触れてくる。
こんな時に…。
「アルヴィン君、買い物に行こう!!」
他の連中は買い出しやら、資料漁りやらに出かけて宿には俺とレイアの2人。
何と運の悪いと思ってしまった。
今はこいつに関わってたくない。
そう思って無視を決め込んでいたが案の定、沈黙が耐えられなくなったのか俺に構い始めた。
軽く舌打ちしたい気分だ。
「俺別に用事ねー、」
ひらひらと手を振り、精一杯の面倒くさい顔をして見せたものの、そんな事はお構いなしに俺の腕を掴んできた。
俺の言葉なんて全然聞かず(つかまだ話の途中だろ!)ぐいぐいと外へと引っ張っていく。
「いいから!!」
強引に腕を引かれ町へと出る。
何やってんだろうな、俺。
「サイダー飯二つ」
俺の腕は引っ掴んだまま、ふらりと屋台に寄り、微妙な味のするものを注文するレイア。
店主からそれを受け取ると、俺に笑い掛け、何所か座れる場所を探そうという。
「うーん、風の感じれる場所がいいよね」
後、人が居ないところ!と素直な笑顔を見せる。
すげームカつく顔なんだよなそれ。
俺が餓鬼の頃にさっさと捨てちまったそれを今でも大事に抱えて生きるレイア。
結局彼女に強引に手を引かれるまま、町外れの高台まで付いて来てしまった。
何時もこうだ。
振り解こうと思えば簡単に出来るのにそれが出来ずにいる。
俺はこの少女の強引さについ負けてしまう。
レイアは相変わらず俺の大嫌いな笑顔で言う。
ここに座れと。
ここまで付いて来て今更抵抗するのも馬鹿らしいので大人しく柔らかな芝生の上に座る。
これでいいですかお嬢様?、なんて問えば、上出来!!と弾んだ声で、サイダー飯を差し出してきた。
これも俺は嫌いだ。
「はい!シャリッとしてシュワッとしてきっと色々スッキリするよ」
「何の事?」
「深い事は気にしない気にしない。さ、食べよう」
そう言うとレイアは俺の背に自分の背を預けるように座った。
いつもは隣同士で座りたがるのに珍しい事、そう思った。
けど、何でレイアがそうしたのか、は直ぐに理解る事になる。
沈黙ってのは自分の心の淵を覗き込んでしまうからあまり好きではない。
どうせなら適当な会話を並べて、本心は隠して、あわよくば相手の心に入り込んで利用する途を探したほうがいい。
日頃からついたその癖に従って下らないどうでもいい会話をする。
今までだってそうやってこいつの心をこちらに寄せてきた。
『ノリのいい兄貴』みたいな姿を作って。
レイアの笑う声が耳の奥で響く。
優しくて、イラつくその声音。
「やっぱ味噌はいらねーと思うんだよな、この飯」
「えー、お味噌が入ってるからいいんじゃない」
「おたくの味覚が変なんだよ」
「わ、失礼だな。それ私の奢りなんですけど?」
下らない、本当に下らない話。
なのに、気を抜けばそれに浸ってしまいそうになる自分がいる。
ぬるま湯みたいなこんな状態クソ喰らえっつうのに。
それでも、そんな気持ちをこいつに気づかれるのだけはゴメンだ。
だから殊更、余裕ぶって話し続けた。
ホント、俺馬鹿じゃねーの。
暫くそんな馬鹿な会話が続いた中で、ふと、それが途切れた。
サイダー飯をスプーンで崩すシャリシャリとした音の中で、ぽつりと聞こえたレイアの声。
「ねぇ、アルヴィン君。明日は晴れるといいね」
意味が分からない。空を見上げるが、綺麗に晴れ渡っていた。
雨粒1つ落ちる気配すらない。
「明日は、って今日も晴れてんじゃねーか」
そう答えた俺に、ほんの少しの間を置いて。
今まで聞いた中でも、一番じゃないかって程の優しい声が鼓膜を刺激した。
「うん。けど雨降ってるからね。だから明日晴れるといいね」
サイダー飯が雨を連れていってくれるといいね、と微笑う声。
ああ、本当に大嫌いだこんな小娘。
こんな奴が生まれ、生きているこの世界が大嫌いだ。
なんて弱くて優しい世界…。
(何時か辿り着きたい世界)
背中に感じる小さな温もりが
『泣いてもいいんだよ』
そう言っている気がして。
こんな餓鬼に気遣われ、それに流されて泣きそうな自分が情けない。
こいつは全部お見通しなんだよ。
だから俺を強引に外に誘い
サイダー飯を無理に食わせ
俺が泣くために背中合わせで座ってる。
俺が母親に会いに行った時、どんな気持ちで居たかなんてこいつは全部お見通し。
きっと俺の作った笑いなんてこいつには泣き顔にでも見えてるんだろう。
イライラする…なのに、どうしようもなく…安心する。
(俺に優しくしないで)
(この辛さにどうか気づいて。手を触れて…)
何で、入ってくるんだよ。
俺はお前なんか大嫌いなんだよ。
俺がお前に関わったのはお前とお前の一番大切なものを傷付けたいからなんだよ。
(どうかそんな最低な人間の心に触れないで。きっと、その手を汚してしまう)
(こんな最低な人間でも、どうか傍にいて…)
深入りしては危険だ。そう理解っているのに。
今こうして感じる背の温もりを手放したくないと思ってしまう。
まるで中毒患者みたいに。
レイアはもう一度、はっきりした声で言った。
「明日はきっと晴れるよ、アルヴィン君」
彼女はまっすぐな『危険人物』。
(だけどもう逃げられない。君が…好き……なんて言えない)
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アルレイ企画「solpain」様に提出させて頂きました。
Title 08 まっすぐな危険人物
何だか纏まりの無い文章になってしまってすみません。
私の中の勝手な『アルヴィンってレイアに「嫌い、だけど好き」みたいな感情持ってるんじゃ?』っていうイメージを反映させた…つもりなのですが、力量不足ですね…。
ですがアルレイへの愛はいっぱい詰め込ませて頂きました!
こんな素敵な企画に参加させて頂いてありがとうございます。