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そんな、ふたりにとって恋愛の新たなメイン舞台となるダブルベッドが届いたのは遅い昼食を取っている最中だった。
買い込んでおいたサンドウィッチやフレッシュサラダ(今日は片付けや家具の移動等で料理をする時間がないだろうと、昼食、夕食はテイクアウトのものを幾つも買っておいたのだ)をアルヴィンの目の前で、ハムスターのように頬いっぱいに詰め込んで幸せそうに咀嚼していたレイアだったが、

『すみませーん、宅配業者のものです。ご注文頂いた家具をお持ち致しました』
「ぐっ、ふっ……!げほっ、ごほっ!」
「おいおい、大丈夫かよ」

インターホンから聞こえた声に合わせるように、食べ物を喉に詰まらせ激しく噎せ返った。

「ほら、水」
「ご、ごめん……」
「急にどうした?つうか、口いっぱいに詰め込むからそうなるんだよ。って、何で顔赤いんだ?」
「な、何でもないよ!咽ちゃったからだよきっと。ほ、ほら、業者さん待ってるんだから、玄関行って」
「あ、あぁ……」

要領を得ないながらもアルヴィンは立ち上がった。玄関先に向かいながら首を捻る。

「何なんだ、あれ?……可笑しなレイア」

だが、その疑問は数時間の内にあっさり解決する事になる。
何故なら、レイアの挙動不審はベッドが部屋に運ばれてくると益々エスカレートしたから。
具体的にはこんな感じに。

何か手作業をしている合間にも、ふと手を止めてベッドを見たかと思うと、見る間に顔を赤くしぶんぶんと激しく頭を振る。
移動する時に妙にベッドの傍を通るのを避ける。
かと思えば、遠目にベッドを眺めてはぼーっとした様子で佇み、そういう時にアルヴィンが声を掛けると決まって「うひゃぁっ!」などと驚いた。
これでは、アルヴィンでなくとも、よっぽど鈍感でない限りは気付いてしまうというものだろう。
レイアが、キスの先……もっとはっきり言ってしまえば、セックスを意識してしている事に。



「(はぁ……参ったね。ちょっと失敗しちまったかもな)」

家具を包んでいた梱包材を片付けながら、アルヴィンはレイアに気付かれぬよう小さな溜息をついた。
この先、どうやってレイアの緊張を解くべきかに苦心する。
カーテンを付けていた時のあれはほんの軽い気持ち(勿論、そこに期待が僅かに含まれていたのも事実だけれど)からのものだった。
大人な恋の駆け引きに慣れているアルヴィンに取ってはほんの挨拶みたいなものだから、ついうっかり、何時ものペースで行ってしまい、現在後悔中である。
年齢的にはお付き合い経験の一つや二つあっても可笑しくないレイアだが、残念ながら実りのなかった初恋(もっとも、実ってしまっていたなら今こうしてアルヴィンとレイアがここにいる事もなかったのだが)に多くの時間を費やしてしまったために、前述の通り、19歳という年齢でありながら、今回が初めての恋人、お付き合いである。
当然のことながら性経験は皆無で、それどころか、キスでさえも初めてだったのだ。
そんなレイアに対して、遠まわしのお誘いになるあの行動は刺激が強かっただけに留まらず、彼女をガチガチに緊張させるに至ってしまった。完全な読み違いだった。

(調子狂っちまうよな……今までと勝手が違い過ぎて。……ああ、でも……そうだな。俺も、『初めて』なのかもな)

女性関係や恋の駆け引きに関しては爛れていたと思われそうな程、経験豊富なアルヴィンだが、しかし、よく考えてみれば、こんな風に何か打算や目的なく、ひとりの女性に想いを寄せたことは今までなかった。
レイアとこうなる切っ掛けとなったトレーネに対しては確かに『大切にしなければ』という想いを抱いたが、彼女とは最終的に恋愛に発展しなかったのだから、レイアが本当に『初めて』の相手になる。
まして、拒絶されたり、嫌われてしまったりしたら大変だと気を揉む経験など未知の領域もいいところであった。
その上、アルヴィンとレイアの間には11の歳の差があるのだ。普段、傍にいるのを当たり前に感じれる程、心の距離が近く、互いの本音を理解し合える関係ではあるが、この差はかなり大きなものだ。こと、恋愛面においては。それこそ、大人と赤ん坊くらいの差がふたりの間には存在するだろう。

(次からは気をつけねぇとな。今までと同じ感覚はマズいってこった。これ以上緊張されたり、ぎくしゃくしちまったら、下手すると取り返しのつかない事になるかもしれないしな……)

本物の恋愛ってのは結構大変なもんだな。
そんな気持ちの篭った溜息が零れた。決して、それが嫌というわけではないけれど。どちらかというと戸惑っているのだ。
大切に思えば思う程、レイアは脆く儚いような気がして(それが例え気のせいであっても)、時々触れるのすらも心配になる。
存外、自分は恋愛下手なのかもしれないと思いながら、頭の中で忙しなくレイアの緊張を解す方法を考えていた。
これから毎日、同じ家に住み顔を付き合わせるのだ。あんな風に緊張されっぱなしというのはお互いのためにも良くないのだが……かといって、余計な言葉を重ねれば更にレイアを緊張させてしまうような気がして考えあぐねてしまう。
相手の思考を読み、先回りし、掌握するための的確な言葉を投げ掛けるのが得意なはずの自分がまさか、その武器を使えなくなる日が来るなんて夢でも見ているようだった。
けれど、この家に確かにレイアの息遣いやぬくもりは広がっていて、それ、が嘘などではないと訴えてくる。
それだけ、アルヴィンにとっては、大剣や銃と同じくらい強力な武器(話術)が使い物にならなくなってしまうくらい、この関係は大切で、レイアへの想いは本物だという証拠でもあった。

「11も年下のおチビちゃんを好きになっちまうなんてな……。本当、人生何がどうなるか分かんないよな」

元は自分の好みとは正反対のガキとしか思えなかったレイアをこんなに必要とする日が来るなんて。
ただその人生の不思議さに感慨深く浸るために、差し当たって、今の状況をどうにか打開しなければならないのが現状だった。
さて、どうしたものか。


モドル


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