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「なぁ、アルフレド。お前とレイアちゃんてさ付き合ってないんだよね?」

仕事の関係で用があり、訪ねたヘリオボーグ基地の13階。
コーヒーの一杯くらい飲んでいけと、従兄弟であるバランに促されるまま適当に椅子に腰掛けた途端、その従兄弟の口から飛び出した言葉がそれだった。

「あのなぁ……」

デスクに頬杖を付き、うんざりした表情でアルヴィンは答える。
実際、この質問をバランにされるのは今回が初めてではない。

「何回も言ってんだろ。俺とレイアはそんなんじゃねぇよ」

レイア・ロランド。
アルヴィンと浅からぬ縁を持つ、11歳年下のその少女(といってももうすぐ19歳になるが)との出会いは今から四年前になる。
当時色々複雑な事情を孕み、挙句かなり壮絶な出来事が二人の間にはあったが、話すと長くなるためここでは割愛させて頂く。
と、まぁ、その壮絶な出来事が結果、二人の距離を近づけ、気が付いた時にはアルヴィンの傍には何時もレイアがいるという状態になっていた。
そして、そんな状態をもうかれこれ三年近く続けている。
当時アルヴィン27歳、レイア16歳だったものが今は、30歳と19歳。
ちなみに二人共に、このエレンピオスで生活を始めた頃と同じ仕事を貫き通している。アルヴィンは商売人、レイアは新聞記者。
もっとも、当時は駆け出しのひよっこだったが、今ではアルヴィンの方は商売が軌道に乗り始め、リーゼ・マクシア産の素材を多く扱う商会としてそこそこ名を知られるようになっている。レイアは見習いを卒業し、定期的に新聞に記事を上げるようになった。
そんな風に互いの仕事は進展し、様々な縁も広がっていったが、二人の関係は特にこれといって変化は無かった。
気が付けばいつも傍にいる。
それは、世間的には『友人』という事になるのだろう。
アルヴィンも、恐らくレイアも、『それ』を強いて意識した事などないけれど。
色々な事があり過ぎた二人にとって今の関係は『友情』で片付けるには無理があるような気がした。
例えば、アルヴィンの家には『レイア専用』の細々したものが幾つもある。歯ブラシから、マグカップ、パジャマ代わりのシャツとショートパンツ。この間はついに合鍵まで渡してしまった。
徹夜明けのレイアがヘロヘロになって主不在のアルヴィン宅にやってきたためだ(レイアの仕事場からはアルヴィンのマンションの方が距離が近い)。そして、そのまま玄関の扉の前で座り込んで寝てしまったのだ。
玄関前で眠りこけるレイアを帰宅したアルヴィンが発見し、驚いたのは言うまでも無い。
でも、そう。普通友達は合鍵を渡したりしないものだ。男女間では特に。
それはどちらかと言うと『恋人同士』でする事だが、実際のところアルヴィンはレイアとそういった睦言を交わした記憶はない。当然、彼女に触れた事は無いし、キスすらもした事がない。
これでは恋人とは呼べないだろう。
けれど、じゃ、どんな関係なの?と訊ねられても上手い言葉は見つからないので、結局、

「俺とレイアは友達だよ」

と言うしかない。
そこにちょっとだけ、もやもやしたものが混在するのは見ないふりをして。

「じゃあ、アルフレドは今フリーって事で問題ないんだね?」

「何なんだよ一体?」

要領を得ない従兄弟にムスっとした反応を返せば、「拗ねるなよ」と何時もの何処か人を喰ったような笑みを浮かべ、コーヒーと共に一枚の写真を差し出された。

「何だよこれ?」

まじまじと写真を見つめ訊ねる。
そこに写っているのはアルヴィンの知らない女性だった。
年の頃は二十代前半。品のあるお嬢様然とした容姿で、一般的な感覚から見て綺麗と呼べる部類の人だった。

「うん、アルフレドのお見合い相手」

「はぁ!?」

満面の笑みを浮かべたバランの予想もしなかった言葉に、アルヴィンは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
まさに寝耳に水だ。
写真とバランとを交互に見比べ、再度訊ねなおす。

「誰の見合い相手だって?」

「お前、アルフレド・ヴィント・スヴェントの」

「俺はそんな話、全く知らねぇぞ」

「だろうね。今、初めて言ったし」

「おい!」

どこまでも人をからかったような態度の従兄弟に声を荒げれば、バランは「まぁ落ち着けって」と事のあらましを話しはじめた。

「前に話しただろう。ある名家の当主がお前の商会に出資してもいいって話が出てるってさ。彼女はそこのお嬢さん。今年で23歳になるんだそうだ。で、どうせ出資するなら将来息子になってくれる人間の方が好ましいって事で、幸いアルフレドは独身だし、お見合いしてみたらどうかって話になったのさ」

「何だよそれ。俺の知らない所で勝手な相談しやがって。俺はお断りだ。だったら出資の話は無かった事でいいよ」

「そう頭ごなしに拒絶しなくてもいいだろう。別に先方も絶対に結婚しろって言ってるんじゃない。とりあえず見合いしてみたらどうかって言ってるだけなんだし。それで先方もお前も合わないと思ったら仕事に関しての付き合いだけになるだろうさ。そもそも見合いをする事自体、アルフレドにとってデメリットなんて無いだろう。お前、今さっきフリーだって言ったじゃないか」

「……そりゃぁ……そうだろうけど、俺には結婚なんて早いっつうか……」

「はぁ?お前は何を言ってるんだい?もう、30だろ?少しも早くなんかないさ。むしろ遅いくらいだ。もしかしてレイアちゃんと一緒にいる内に自分も彼女と同い年位の感覚でいたんじゃないか?」

明らかにからかいの笑みを浮かべられ、アルヴィンは顔が赤くなったような気がした。思い切り心の中を見透かされてしまった。
レイアと一緒にいる内に、アルヴィンの感覚はいつの間にか彼女と同じようになってしまっていた。
ついつい、レイアと同じ目線でものを見るせいで、彼女との間に11の年の差がある事を失念してしまう。それどころか、今のようについうっかり自分も同じ位の年齢の気分になってしまう事さえある。
その事をバランに見抜かれてしまったのが恥ずかしくなり、悪態をついた。

「うっせー、俺が遅いんだったらお前はどうなんだよ!?」

「はははは、俺はほら、どう考えたって結婚には向いてないタイプだからね。俺と結婚して不幸になる女性が出ないように大人しく研究と結婚しとくよ」

「あー、そうですかー」

顔が赤いのを誤魔化す様に悪態はついたまま、コーヒーを口に運んだ。

そんなアルヴィンを暫く、同じようにコーヒーを啜りながら眺めていたバランは先程までとは語調を変え、身内を見守る雰囲気を漂わせながら口を開いた。

「それにさ、アルフレド。このお見合い、お前にはそんなに悪くないかもしれない。勿論、仕事の面でのメリットが一番大きいんだけどさ、それだけじゃなくて……彼女、」

アルヴィンから視線を写真に移しながら、

「レティシャさんに似てないか。雰囲気がさ」

少し懐かしそうに目を細めた。

「…………」

バランの言葉に促される形でアルヴィンも視線を写真の中、穏やかに微笑む女性へと向ける。
それは確かに、アルヴィンの中に何処か懐かしい気持ちを抱かせた。
漂う雰囲気、微笑んだ表情は幼い日の記憶にある、母の姿にだぶって見えた。
ゆらゆらと心が揺さぶられる気がした。

「会ってみなよ」

バランの言葉を聞きながら、じっと写真を見つめ続けた。

『ねぇねぇ、アルヴィン!』

ふいに、レイアの声が聞こえたような気がしたが、アルヴィンはそれを気のせいだと片付けて、写真から顔を上げた。
頭の中で想像してみた、レイアとの見合いの風景は全くといっていいほどアルヴィンの中で現実感が湧かなかった。
つまり、そういう事なのだろう。

(そうだな……何時までも、このまま、じゃいられないんだよな)

相変わらず、心の中にもやもやとしたものがあったが、見ないようにした。
それも、見合いをすれば消えていくかもしれない。
相手は問題ないどころか、隣に連れて歩きたいと思えるレベルで、その上、仕事でも有益になる可能性があるのだ。確かに、バランの言った通り、独身で、特定の相手もいないアルヴィンに断る理由など無かった。
そう……レイアとは『友達』なのだから何も問題はない……何も。


ほんの一瞬だけ躊躇って、それからバランを見上げ、ゆっくりと口を開いた。

「わかったよ。先方には見合いの話、受けるって伝えてくれ」



モドル


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