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ルキアの視線を追ったチャドに続いてカンナの視線も騒音の中心に向かう。


〈ミンナ、ボクノセイダッテ…〉


遠くにいるのに尚も聞こえる不協和音な笑い声。

肉を断ち切る音も聞こえて――…それ等に交ざって子供の声が聴こえた。


――君のせい?なんで?

ルキアとチャドの耳にも届いたか細い言葉に、全員疑問を飛ばした。遠くで一護が叫んでるのも聞こえる。遠くの方に耳を傾けつつ、インコ――シバタを視界に映す。


〈ボクノセイデ…オジチャンモ…オネエチャンタチモ、ケガシテ…〉

「シバタ…?」

〈ボクガ…ボクガ、ママヲ生キカエラセタイナンテオモッタカラ…〉


あたしは、とてつもない霊圧を感じて、一護がシバタの魂葬に失敗したのかとチャドの身を案じてここへ辿り着いた。

インコに憑りついているシバタという名の霊が、虚となったのではという焦りは杞憂で終わったのだけれど。彼を狙ってる虚は、性格が悪かった。

最近見た虚は、織姫の兄だったから余計に、悪質さが浮き彫りになって。腹が立つ。

彼があの虚に狙われていたのは、虚の話から知ったが、気にしすぎではなかろうかと、あたしは眉をひそめた。


〈ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…〉


シバタの声が泣いていて、心が苦しくなる。


〈ママハ、生キカエッテホシイケド…デモ、ボク…モウ…〉


こんな子供が母親の死をまともに受け止めるなんて酷だ。生き返らせる方法なんて…そんなの奇跡が起きてもあり得ない。


「……待て」

〈……エ?〉

「母親を生き返らせる…だと?それは…誰かが言ったのか…?」


カンナとチャドが言葉を失ってる横で、ルキアは顔を険しくさせた。


「そんな方法があるなどと…誰かがおまえに言ったのか?」

〈…ボクヲ……オイカケテキタ、ヒト…〉


恐らく虚から分裂した小さい生物からヒルが一護に向かって爆発してる大きな音が、地震のように地面を揺らした。


『あの虚の事?』

〈ウン。…ママ…ソノヒトに、コロサレタ〉

『っ』


三人揃って息を呑んだ。

“人”と言ったところからすると、虚となる前に…つまり生前の男に、母親を……そして彼も。


〈ボクモ、ママみたいに……デモ、ボクガ…クツヲ、ツカンダラ……アンナ…オソロシイ姿になって〉


――こんなに小さな男の子なのに。

インコに憑りついている為、姿は視えないが。喋り方も拙く、小さな男の子なんだろうと知りたくなかった残酷な現実に、瞼をそっと伏せた。

ルキアの様子からやはり死神の力を以ってしても、死を覆すことは出来ないらしく。

母の生を望んだこの小さな男の子は、今までアレに追われながらどれだけの恐怖と戦っていたのだろうか。想像すると瞼の裏が熱くなった。


〈ソシタラ…アノヒト、スッゴイ怒ッテ……鬼ゴッコにボクがカッタラ、ママヲ…生キカエラセルッて言ッタ〉

『そんな…、』


言えない。母親を生き返らせるなんて芸当、ヤツに出来るはずがない、……とは口が裂けても言えない。


〈ボクヲ助ケテクレタヒト達も…ミンナ、コロサレタ。ゴメンナサイ、ボクのセイ。ボクのセイナノ〉


ああ…それで、この子を助けようとした死神も、ヤツに喰われてしまったというわけか。

事の経緯を理解しても、納得できなくて。ルキアと思わず顔を見合わせた。彼女の眉間にも皺が寄っている。ルキアもまたこの子に現実を告げるべきか悩んでるみたい。


『…君のせいじゃないよ』


あたしは、その言葉しか吐けなかった。

救えない者の初めて前にして、行き場のない悔しさが腹の底から込み上げる。ぐるぐると渦巻いて。

ソレを表に出さないように拳を強く握りしめて耐えた。







「一撃が決まったようだ」


そう平坦なルキアの声に促されて。

何かに気付いたような彼女の背中を焦って追いかけた。空気が斬られる異様な音がしてる。数秒前は虚の断末魔の叫びが響いていたというのに――…今度は、何が。

後ろでチャドが困惑しているのが揺れる振動で伝わったけど、この先を見てなくてはならないと本能が訴えていたから、息を切らして走った。

この短い時間で、戦闘を繰り広げていた彼等は、遠くに移動していた。


「な…ッ、何だ…一体…!?」


空中に浮いて虚に一撃を決めた一護が振り返った先には。

急所を攻撃されて重力に従って虚の大きな身体が、空間に出来たヒビに向かって落ちていく。


『空にヒビが…』


虚も、死神も、視えるようになって驚きの連続だったが。それを上回る驚きがあたしを襲った。

だって空にヒビが入って、ビキッとあり得ない音がしてるんだ。空がだぞ。あり得ない光景に、現われるだろうまだ見ぬ何かは、虚よりも異様なモノに違いない。

あたしも一護も、目を見開かせて凝視した。


「……地獄だ」

「ぇ」

『じ、ごく…』


ごくりと生唾を飲む。


「斬魄刀で斬ることで罪を洗い流すと言ったな、そうしてソウル・ソサエティへ行けるようにしてやると」

「あ、あぁ」

「だが全ての虚がソウル・ソサエティへと行ける訳ではない。なぜなら斬魄刀で洗ぐことができるのは虚になってからの罪だけだからだ!」


一本の亀裂から音を立てて現れたのは、巨大な扉。

あたし達の倍はある虚が小さく見えるほどの大きな扉。左右対称で、取っ手らしき場所に虚の十倍は大きい骸骨があった。


――地獄に連れて行かれた虚の骨なのだろうか?


「生前に大きな罪を犯した虚は…地獄の連中に引き渡す契約になっている!」


扉に巻き付いていた幾つもの鎖が、じゃらりと動く。


「そら!地獄の門が開くぞ!!」


目の前のあり得ない光景に、ルキアの説明が頭に入って来なかった。ただただ、茫然と。

ギィィィッとゆっくりと開かれた地獄の門から、門と同じくらいの大きさの拳が出てきて――…ひゅうッと息を呑んだ瞬間…地獄の番人らしき拳に握られた剣により、悲鳴を上げていた虚の身体は串刺しにされた。

最早、耳障りだった断末魔の叫びは、気にならなかった。

初めてみる地獄の世界に、恐怖で体が震えて、息を吐くのを忘れていた。


「…地獄に………堕ちたのか」

『っ』


茫然と言葉にした一護に、ようやく息を吐き出すことが可能になった。何だ、アレは。

地獄になんて、絶対堕ちたくない――…闇が広がる底から幾多の悲鳴が響いていた。

中で何が行われてるのか、容易に想像がついて。でもイメージとして頭に記憶したくなくて、その先は考えねぇようにした。暫くは悪夢を見そうだ。





 □■□■□■□



「――どうだ…?」

「…残念だが…」


地獄の存在に衝撃と恐怖を覚えて。頭が現実に戻ってくるのに、時間を要した。

少し離れた場所で鳥カゴを抱えたチャドの元へ三人で戻り、ルキアにシバタを見てもらう。……答えは聞かずとも察していたけれど。希望は捨てきれず。


「因果の鎖は既に断ち切られて…跡形も無い……時間が発ちすぎたのだ…もう体に戻ることは不可能だ…」


真実は言い難かっただろう。

ルキアに告げられ、シバタは震える声を発した。


〈…ソンナ…〉

「シバタ…」

『………』


シバタと接点が無かったあたしには、気の利いた科白も言えやしない。

一護のように戦えず、ホント何しに来たのやら。あたしは、しんみりと流れる空気に耐えられなくて、自嘲した。


「――案ずるな!ソウル・ソサエティは何も怖いところではないぞ!」

〈……〉

「というか、腹は減らぬし体は軽いし十中八九こちらよりも良い処だ!」

「ほー言うじゃねえか。居候のくせに」


ルキアは、ジト目の一護の言葉に詰まった。

落ち込むシバタをなんとか元気づけようとしたルキアを見て、あたしは微笑んだ。

ルキアを見てると懐かしい気分になって、じんわりと温かい気持ちが胸の中に流れ込む。そして思うんだ、何か大切な事を忘れている気がしてならないと。


「…でもまあそうかもしんねーな。少なくとも――…向こうに行けばママに会えるぜ」

〈!〉

「ママをこっちへ生き返らせることはできねーけど…。オマエが向こうへ行くとしたら…今度こそ本当にママがオマエを待ってんだ!」

〈――!!〉


シバタの瞳に光が灯った。

『(流石、一護)』と、口角を上げる。あー…一護の語尾がちょっと感情が込められてたのが気になったけど。今は気にするところじゃなかったなと、場を見守る。


「――さてと…そいじゃ魂葬といきますか」

〈ウ、ウン!〉


――そう言えば…一護の母親は…。


〈オジチャン。いろいろ…ありがとう!〉

「…ム…なんともない…!」


あたしと同じく成り行きを見守っていたチャドが、ぴくりと反応した。


〈おじちゃんがボクのことかかえて走り回ってくれたから…ボクはケガもしなかったんだよ…〉

「…ム…なんともない…!」

〈……それじボクもう行くね…〉


同じ返しに、シバタは悲しそうな表情をした。

これが本当の別れになるのに、もっと気の利いた言葉をあげりゃあいいのに。チャドも不器用な男だな。


〈ほんとに…ありがとう…〉

「…ユウイチ…」


初めて彼の下の名前をチャドを通して知った。


「…俺が死んでそっちに行ったら…もう一度…オマエを抱えて走り回ってもいいか…?」


不器用なりに言葉を選んでそう言ったチャドに、シバタはみるみると寂しそうな表情が消え去り輝いた笑顔になった。

インコの背後に、シバタ本来の姿が視えて。

ふわりと目尻に涙を溜めて、チャドに向かって笑うシバタに、あたしも笑みを零した。

チャドには、彼の泣き笑いは見えてないんだろうけど……きっと声で伝わってる。チャドと彼の間には、あたしには見えねぇ絆で繋がっているのだから。いつかきっと会える。


〈……うん!!〉

「…さあそろそろいくぞ……用意はいいか?」


斬魄刀の柄を額に当てて魂葬して――…一匹の黒い蝶が空を舞った。





《今回も見てるだけ、か》


太陽の光に目を細めたカンナの耳に、もう嫌という程聞き慣れた声がした。

やけに大きく聴こえたその言葉は、いつまでも、鼓膜に残ったのだった。





(知ってるって、)
(言われなくても痛感してる)
(今回もあたしは見てただけ…)

to be continued...

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